〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆サプライズ・デート〜



「――――そういうわけで、遠坂と夕食を食べて帰るから、夕飯は任せるって伝えてくれ」
「なるほど、事情は飲み込めました。サクラには上手く取り成しておきましょう」

家に電話を掛けた時、受話器を取ったのがライダーであったのは、ほんの少し幸運だったかもしれない。
もし藤ねえが出たら、不順異性交遊だー、などと大騒ぎするだろうし、セイバーや桜だったら、口ぶりはともかく、何やら根っこのほうで怒っていそうだ。
イリヤに至っては、バーサーカーに乗って、海浜公園あたりに襲撃を掛けてこないとも限らない。

「しかし、貸しは高くつきますよ、シロウ」
「う……覚悟しておく」

――――訂正。ライダーはライダーで、俺の弱みを握ったら、何を要求してくるのか分からない。
結局、家に連絡を取れば、こうなることは分かっていた。とはいえ、無断でこのまま夜を過ごすなど出来ようもない。
そうして、二言三言会話を交わし、俺は店内に置いてあった受話器を元に戻した。

場所は海浜公園付近のファミリーレストラン。休日の夕飯時であるため、お客はたくさんいる。
そんな中、窓際のテーブルに陣取り、物憂げに夜の風景を眺める少女が一人。俺は彼女のところに戻ることにした。

「あ、おかえり――――どうだった?」
「ライダーが出たよ。上手く取り成してくれるって」
「そう……」

俺の言葉に、遠坂はホッとしたように一つ息をつく。やはり何だかんだ言って、遠坂もセイバーや桜のことを気に掛けていたのかもしれない。

「ま、ライダーに任せれば大丈夫でしょ。あとあと、何か要求されることがあるかもしれないけど」
「そうだな、俺もそう思った。まぁ、愛機(ビアンキ)一号の、一週間レンタルくらいで満足してもらおう」
「びあんき……? 何かの料理名?」

微妙にずれた遠坂の言葉に苦笑し、俺はライダーの乗り物好きの事をざっと説明した。
俺の説明を面白そうに聞いていた遠坂は、話を聞き終えると、興味深そうに小首をかしげた。

「要するに、ライダーは早い乗り物に興味があるのね……その線でいくと、新幹線とかにも興味を持つのかしら」
「いや、それはちょっとどうかな――――なんか基本的に、自分が動かせる乗り物じゃないと興味がなさそうだし」
「何言ってるの、あれだって動かしているのは車掌さんよ? 大きな車と大して変わらないじゃないの」

さりげなく問題発言を言う遠坂。しかし、ライダーの車掌か…………。
プァーーーン、などと擬音が聞こえてきそうな感じで、駅員の制服を身にまとったライダーを想像してみるが――――、

「けっこう、良いかもな」
「…………何が良いって言うの、衛宮君?」

う、遠坂の顔がちょっと険しい。あまり深く、この件に関して考えないほうが良いようだ。
何となく場を持たせるために、運ばれてきた料理に手をつける。味のほうは悪くはないが、なんとなく落ち着かないせいか、味わう事も難しかった。

「そうすると、家にあるキャデラックは見せないほうが良いわね……」
「ん、なんか言ったか、遠坂?」
「いえ、別にたいしたことじゃないわ……。それよりも、そろそろ出ましょうか?」

言われて、俺は遠坂の手元を見る。注文された料理の半分も手をつけていない。俺の方は大半は食べ終わってるのに、少し遅いような気がする。

「出るって……まだ料理が残ってるだろ? 全部食べていかないのか?」

訊ねると、遠坂は少し考え込む様子を見せた後、ひとつ息を吐き、肩をすくめる。
口元に手を押さえ、考え込むような姿勢で料理を見つめると、ポツリと静かに言葉を呟いた。

「別に構わないわよ、お金は払ってるんだし。それに、ちょっと量が多すぎたみたいだから」
「――――そっか、なら、しょうがないけど」

基本的に遠坂は、セイバーや桜と違って、小食なほうだからな……ボリュームのあるファミレスの食べ物は、相性が良くないのかもしれない。
そんな事を考えている俺の目の前で、遠坂は席を立つと、どことなく儚げな笑みを見せて、静かに声を発する。

「ともかく、ここは人も多いし……もう少し落ち着ける場所に行きましょう」
「そ、そうか」

なんか、今日の遠坂は雰囲気が違うよなぁ……普段よりも大人びているというか、大人しいというか。
いつもの調子が出ないまま、俺達はファミレスを出ることにしたのだった。



夜の闇に包まれた海浜公園。完全な丑三つ時が訪れるまで、そこは夜のデートスポットと化すようである。
4日目の夜ならともかく、今夜は仲睦まじい多数のカップルによって、公園のあちこちから幸せそうな空気が溢れまくっていた。
普段なら尻込みしてしまうだろう、空気だったが……今は尻尾を巻いて逃げるというわけには行かない。何せ、俺たちもそのカップルの一組だったからだ。

「うん、ここなら邪魔が入らないし、ここで一息つきましょう。ほら、士郎も座って」
「――――ああ」

俺と遠坂は、海浜公園のあちこちに置いてあるベンチの一つに寄り添って座り、何とはなしに星空を見上げていた。
周囲は適度な喧騒――――虫の音色と、互いにだけ聞こえる囁きの声……そうして知らず、俺と遠坂も身を寄せ合って、いつもの様な他愛も無い事を口にする。
だけど、なんとなくそれは気恥ずかしくて、いつもよりも心が躍るお喋りだった。会話が進むうち、話題はお互いの進路のことに移る。

「――――そっか、衛宮君は卒業したら進学はしないんだったわね」
「ああ……遠坂はロンドンへ留学するんだろ? 目標へ、一歩も二歩も進んでるんだ……すごいよな」

俺の言葉に、遠坂は照れたように笑みを浮かべる。普段より近いその距離では、いつもよりも……遠坂の笑顔は、より魅力的に見えた。
じっと見つめる俺に照れたのか、褒められたことへの照れ隠しなのか、遠坂は視線をそらしながら、ぶっきらぼうに言葉を放つ。

「まったく、そう思うんなら、士郎も自分の進路をさっさと決めなさいよ? いつまでも、私が面倒見れるわけじゃ――――って、何でそこで笑うのよ」
「ぁ――――すまん。何というか」

似たような台詞を、藤ねえにも言われたことがある。けっこう皆に心配かけてるんだな、俺。
とはいえ、こればっかりはそう簡単に決めるわけには行かないだろう。一応、将来がかかってるんだし、冬が訪れるまでには決めたいところだけど……。

「そうだな、俺もいい加減、皆に負んぶ抱っこじゃ迷惑がかかるか……」
「――――……迷惑だなんて、誰も思っていないでしょうけどね。それで、ものは相談なんだけど」

不意に、遠坂の表情が変化した。今までの甘い表情よりも、もっと甘美な存在(もの)。
知らず知らず、渇きを覚えた喉を潤そうと、唾を無意識に飲み込む。そんな俺を覗き込み、遠坂は静かに妖しく微笑を浮かべた。

「衛宮君、卒業したら、私と一緒に来ない?」
「ぇ――――」

遠坂と、一緒に? それってどういうことだろう……遠坂は時計搭へ留学することが決まっているはずだ。
思わず身を離そうとするが、まるで金縛りの術に掛けられたように、身動きが取れない。
遠坂は少しずつ……俺の方へと、にじり寄ってくる。ああ、まるで網に掛かって捕食される虫のよう。いっそ、一息に食われたほうが、どれほど楽だろうか。

「生活をするにしても、私一人じゃ何かと不便だし、衛宮君が居れば助かるの。それに、等価条件で、私が衛宮君を鍛えてあげる」
「――――……」
「駄目かな……、ね、衛宮君」

言葉を失う俺に、遠坂はコトンと寄りかかってくる。遠坂の、体が熱い、俺の身体がどうかしてしまったんだろうか。
まるで火のように、遠坂の体は熱く――――急に、それに気づいて俺はハッと我に返った。

「遠坂!」
「きゃ……衛宮君……!? あの、いきなりは、ちょっと――――」
「いいから、じっとしてろ」
「ん…………うん…………」

俺が肩をつかむと、遠坂は観念したかのように目を閉じた。滑らかな桃色をした、遠坂の唇……それに触れたい欲求を抑え、俺は遠坂の額に手を当てる。
そうして予想通り――――その部分は、他の部分よりもさらに、ひどい熱を帯びていたのだった。

「やっぱり、遠坂、ひどい熱だぞ」
「……へっ?」

自覚が無いのか、ぼうっと俺を見返す遠坂。くそっ、いつからだ――――そうだ、さっきの食事の時、何か様子がおかしかったんだよ。
あの時、気づくべきだった。ともかく、このまま寒空の下に居るのは拙いだろう。
俺は、覚悟を決めると、いつかのように遠坂を抱きかかえた。無論、遠坂には無許可である。

「ちょっ、いきなりどうしたのよ、士郎!?」
「ひどい熱なんだよ、遠坂。風邪でもぶり返したのか? ともかく、家に戻ろう。横になって安静にしなきゃ……」
「なっ、何なのよ、それはっ……そんなことで誤魔化そうっての!?」

ともかく、遠坂を家に連れ帰ろうとしたのだが、遠坂は何故か、とても怒っているようだった。
熱のせいで力もあまり入らないのに、無理やりジタバタと、まるで駄々っ子のように手足を暴れさせるので、危なっかしいことこの上ない。

「うわ、動くなって、遠坂……!」
「おろしなさいっ! 身体の調子がちょっと変な事くらい分かってるわよ! それでも頑張ったのに、返事もないわけ!?」
「ああ、もう――――少しは、おとなしくしろ!」
「ん、むっ……」

何というか、半ばやけっぱちな気分のまま、俺は遠坂の唇にキスをして、彼女の動きを強制停止させた。
いや、ムードもへった暮れもない状況だな……せっかくの遠坂とのキスなのに、残念なことこの上ない。
しばらくして、遠坂も落ち着いただろうと、俺は顔を離す。開口一番の遠坂の台詞は――――……。

「――――60点」
「いきなり点数をつけるなよ……それになんか、前よりも減点されてないか?」
「同意もしないで、女の子にキスをするもんじゃないわよ、まったく……ま、そんな強引なとこは、衛宮君らしいかもしれないけど」

機嫌を直したのか、遠坂の表情は幾分、穏やかなものに戻っていた。
俺は遠坂を一度地面に降ろし、改めておんぶの格好で背負いなおすと、海浜公園を後にした。

俺の肩に手を置き、遠坂は大人しく……俺の背中で、背負われるままになっている。
不意に、彼女はポツリと――――俺の耳に唇を寄せて、優しく囁きを告げた。

「衛宮君、さっきの誘い、本気だからね。受けるにしろ断るにしろ、ちゃんと真面目に応えてね……」
「ああ、分かってる。でも、とりあえずは、遠坂の風邪を治すほうが先だけどな」
「こんなの、寝てれば治るのに……でも、厚意はありがたく受けることにするわ」

くすりと笑って、それきり遠坂は俺の背で沈黙した。眠っているのか、黙っただけなのかは判断しづらい。
俺は遠坂を背負い、家路を急ぐ。冷たい風が幾度か吹いたが、背中に背負った体温のせいか、それほど苦にはならなかった。

さて、いろいろ波乱もあったけど、これでデートは終わりにしよう。
帰ったら、遠坂の看病をしなきゃいけないし、色々と忙しくなりそうだった……。