〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆サプライズ・デート〜



…………そうして、午後は遠坂と一緒に、あちこちに出かけることになった。
ファンシーショップやブティックなどを一緒に廻ってウインドゥショッピングをする。

「ん――――これとかも良いわね、あ、これもなかなか……」

もともと、買い物をするために新都に来たため、手持ちはけっこうあるというのに、遠坂は見るだけで買おうとはしなかった。
けっこう、あの服なんか遠坂に似合いそうなんだけどな――――遠坂イコール赤色というイメージが強いけど、その服はシックな黒色。
手に取った遠坂が前にあわせると、落ち着いた雰囲気とあいまって、深窓の令嬢のようにも見えなくもない。

「あ、これとかも良いかも」

しかし、遠坂は特にこだわりもせず、その服を棚に戻すと、また別の服に手を掛けている。
遠坂自身の服のセンスの良さもあいまって、ファッションショーのような雰囲気が周囲に漂っていた。
クルクルと服が変わる光景は、決して退屈ではなかったが、店に入るたびにこうでは、さすがに疲れてきた。

「なぁ、遠坂――――そろそろ決めないか?」
「決める……? 何を決めるの、士郎?」

ほ? と合点がいってない表情で聞き返してくる遠坂。それでも服を物色する手を止めないのはさすがである。
しかし、このままにして置くわけにはいかない。さすがに店員さんの表情を見る限り、これ以上迷惑は掛けられないし……このままじゃ俺の心が持たない。
遠坂の選んだ服……それを着た遠坂の姿を想像して、よからぬ事を考えてしまいそうだし――――それを遠坂に見透かされるのは、甚だ不味いと思うからである。

「だから、買う服のことだよ。色々と試してるけど、気に入ったものがあるんだろ?」
「ええ、もちろん」
「だったら、それにすれば良いじゃないか。あれこれ悩むのは、遠坂らしくないし」

今まで選んでいた服は、どれも個人的には遠坂に似合ってると思う。だから、どれを買っても問題がないように思えるんだが――――。
遠坂は、あっさりと首を横に振り――――深刻そうな表情でポツリと呟いた。

「全部、気にいっちゃったのよ。今まで選んだの、全部」
「――――それは」

まぁ、好き嫌いのはっきりした性格の遠坂だし、服選びにも妥協がないんだろう。
その分、一度好きになったものには……すごく愛着を持ちそうだよな――――しかし、全部か……。

「それぞれの値段は、大したものじゃないのを選んでるつもりだけど……さすがに全部となると、とても手が出せる値段じゃなくなるから」
「どれか一着……ってのは、駄目なんだろうな」

どれも気に入ったっていうのなら、どれかだけ特別扱いというのも難しいだろう。
好きという感覚は、嫌いという感覚よりもあいまいであり、その境界線というのが著しくあいまいである――――って、どこかの本で読んだことがある。

「ま、そういうわけだから、途中から買うのは諦めて、ウインドゥショッピングに勤しんでるわけだけど……そういえば、今までの服で士郎が気に入ったのは、どれなの?」
「お、俺が気に入ったのか……? そうだなぁ…………やっぱりさっきの黒い服かな。遠坂の新しい魅力が出てる感じがした」
「――――これ? ふぅん、衛宮君はこういうのが良いのかぁ……」

先ほど取り出した服を引っ張り出して、前にあてて見せる遠坂。うん、やっぱり似合っている。
普段は闊達な服装が多い遠坂だけど、こういう大人っぽいのを着たら、すごく似合うんだと思う。
色々と苦労して早熟なせいか、実年齢よりも落ち着いた感じを時折見せるのも、その為だろう。本人にそのことを言ったら、老けてるって言いたいのーって、どつかれそうだけど。

さて、俺の様子を見ながら、遠坂嬢は何やら考え込んでいる様子。
ひょっとして、買おうかどうか考えあぐねてるのか――――? 俺が勧めた手前、買うんだったら割り勘にしても良いかと思うけど。
しかし、声を掛けるよりも早く、遠坂は溜息一つすると、手に持った服を棚に戻したのだった。

「興味はあるけど、やっぱり止めておくわ」
「何でだ? お金が心もとないっていうなら、俺も出すけど」
「申し出はありがたいけど、そこまで欲しいものじゃないし……第一、衛宮君に借りを作るわけにはいかないわよ」

きっぱりと、そんな事をいう遠坂。いや、貸し借りで言うなら、俺が遠坂に借り受けてるものは、とんでもない量に上ると思うけど。
しかし、遠坂が決めたことだし、これ以上追求するのはマナー違反だろうな。
結局、何も買わずに俺たちは店を後にする。店舗から出て、開放感に大きく息をつく俺。その時――――

「――――いっそ、アーチャーに……あの服だけでも投影させようかしら……?」

遠坂が、そんな事を呟いたようにも聞こえたが、聞かなかったことにしておこう。



そうして、一通り新都周辺を見回った後は、未遠川に掛かる冬木大橋を渡り、海浜公園へ行くことにした。
公園の周囲にも複数のレジャー施設が建てられており、俺と遠坂はそちらのレジャー施設も使って目一杯、楽しい時間を過ごす予定である。

そんなわけで、最初に訪れたのはバッティングセンター。
白球の飛び交う戦場に、颯爽と現れた我らが英雄、遠坂。彼女は相変わらずのスラッガーぶりを見せ付けてくれた。

高校球児も真っ青なスイングで、ぽんぽんと白球を空の彼方へと飛ばしている。
俺も負けじと、何本もボールをかっ飛ばしたが、結局後半は、遠坂のバッティングを見ているだけとなった。

「ふぅ、すっきりした」
「お疲れ、しかし凄いな……遠坂。いつも打ちに来てるのか?」

俺の問いは至極当然なものだったが、遠坂は自販機で清涼飲料水を買いながら、首を横に振った。

「そんな訳ないじゃないの。ストレス解消にもってこいと言っても、世間の目も気になるし……来ることはめったにないわ」

もっぱら、身体を鍛えるのは家でやることになるしね……などと申される遠坂。
そういうものか、と納得しつつ、俺達はバッティングセンターを後にした。

一息つきたいので、カフェテラスを訪れて一服しつつ、のんびりまったりと時間を過ごす。
時刻は昼も中ほどを廻っている。秋口のつるべ落としのように、空が暮れ出せば夕方から夜になるのは早い。
幸い、まだ空は青く、時間はあったが……早めに次の行き先を決めて動くのもありだろう。

「さて、遠坂はどこか行きたい所はあるか? まだ時間もあるし、付き合うけど」
「そうね――――特にはないかな。衛宮君のほうはどうなの? 今まで、私が先導してたけど……何か面白いところがあれば連れてって欲しいかも」

う、そう言われると……自分の行動範囲の少なさが悔やまれる。もともと出歩くのは嫌いじゃなくても、積極的にあちこちを見歩くこともない。
だからこうやって改めて聞かれると、自分じゃ気の利いたところは思い浮かばないんだよなぁ――――あ、まてよ、そういえば……。

「一つ、連れて行きたいところがあったけど……いいか?」
「へぇ、士郎がそういうなんて、珍しいわね。オーケイ、その場所に連れてってもらいましょうか」

俺の言葉に、遠坂は気合充分とばかり、すっくと席を立ったのであった。俺も、遠坂に釣られる様に席を立つ。
さて、鬼が出るのか蛇が出るのか――――いや、ライダーが出てこられたらダッシュで逃げるしかないんだけど。



――――そうして、俺達が訪れたのは水族館だった。
この前、イリヤに連れて行ってくれと、せがまれていた事を思い出したのは幸いだった。
休日ではあるが、午後も廻った時分、家族連れは僅かに減って、快適に館内を回れるくらいの混みようである。

「へぇ、話には聞いてたけど、中はこうなっていたのね」
「話には――――って、どこで聞いたんだ、この水族館の事」

きょろきょろと、あたりを物珍しそうに見渡す遠坂に聞くと、遠坂はちょっと考え込むような仕草を見せた後――――、

「そうそう、この前、藤村先生が言ってたのよ。新都の方に、美味しそうな魚が泳いでいる水族館があるって」
「藤ねえ絡みのネタか。しかし、美味しそうって言うのは何なんだ?」
「――――さぁ? 言葉の意味どおりなんじゃない? ここ最近、毎日どこからか魚を手に入れてきてるし、趣味が広がったとか」

大して気にもせず、あっさりと言い切る遠坂。しかし、趣味というよりは――――食べることの方に興味が行きそうだからな、藤ねえは。
そのうち、よく分からない魚の写真を持ってきて、この魚の料理が食べたいぞー、とか言い出しそうで怖いな…………。

「そんなことより、せっかく来たんだし、楽しまなきゃ――――早く行きましょ、士郎」
「ああ、そうだな。とりあえず、あちこちブラブラと廻ってみるか」

遠坂に促され、俺は彼女と一緒に、数多の魚の泳ぐ、水族館の中を探検しだしたのである。
探索自体は、実に滞りなく……大した事件が起きることもなく、あちこちを見て廻ることが出来た。

もっとも、だからと言って退屈だった訳ではない。ゆるゆると泳ぐ魚達は、見飽きることは無かったし、それに見とれている遠坂の横顔も身飽きることは無かった。
遠坂が専ら興味を示したのは、色彩鮮やかな、海の宝石と詠われる魚達であった。

「ふぅん、宝石と言われるだけのことはあるかしら。もっとも――――、加工とかにはあまり向いてなさそうだけど」

一度、ポツリと何やら物騒な言葉を言ったような気もするが、気にしない気にしない。
そうして、あちこちを見て廻って、お互い見るものもないという結論に達したので、水族館を出ることにした。

間が悪いのか、水族館でよく行われるイルカのショーは、今日の公演は終了したと出ていたし、それは後の楽しみということで、二人とも納得していた。
外に出ると、すでに空は鮮やかな夕焼け。時期に夜が来る予兆が、あたりに漂っていた。

「堪能したわね…………久々に、癒された感じがするわ」
「そうだな…………それはそうと、もうこんな時間なんだな……ずいぶん長い時間、楽しんだし――――これで、お開きにして帰るとしようか?」

腕時計の時刻を確認し、呟く。帰って夕食の準備もしなきゃいけないし、今からどこかに行くとすれば、夜になってしまうだろう。
セイバーや桜達をほったらかしにも出来ないし、遠坂としても納得した一日だったろう。などと、俺は勝手にそう思っていた。だが――――、

「うん…………ねぇ、衛宮君」
「どうした? 早く行かないと、バスに乗り遅れるぞ」

最寄のバス停に足を向けようとした俺を呼び止め、遠坂は、ほんの少し躊躇した後――――、

「もう少し、一緒に居たいって思うんだけど――――」
「え」

うつむき加減にそう言われ、俺の心臓は一時停止した。いや、それぐらい驚いた。硬直した俺に遠坂は――――

「……駄目?」

などと、しおらしく訊いてくる。不意打ちに加え、追い討ちも受けて、俺の脳髄は断る理由を生み出すことは出来なかった。
…………そうして、俺と遠坂のデートはもう少し続くことになる。宵闇は海浜公園付近も、ゆっくりと夜色へと染め上げていった。

<夜へとつづく>