〜Fate Hollow Early Days〜
〜☆サプライズ・デート〜
新都の駅前で、待ち人を待つ。時刻は10時前後の、朝とも昼ともいえない時間帯。
日曜日の朝方ということもあり、駅前も徐々に人で混み合いだしていた。腕時計で時間を確認する。時刻はそろそろ、十時を過ぎようとしていた。
「――――……ま、次のバスくらいかな」
ターミナルを経過し、次々と人を吐き出す鉄の塊……平たく言うとバスと、それに乗った人々を見やりながら、俺は一人ごちる。
駅前周辺に……たむろする、同年代の人の中も見渡すが、当然のごとく、そっちには目的の相手は見つけられなかった。
バスターミナルに、新たなバスが入ってくる。停留所で止まったバスの昇降口より、いの一番に降りてきた彼女を見つけ、俺はホッとため息を漏らした。
向こうも、バス内から俺のことが見えていたのか、迷い無い歩調でまっすぐと、こちらへと向かって歩いてきた。
「おはよう――――時間ぴったりだな、遠坂」
「おはよ、本当はもうちょっと早くつきたかったんだけどね。バスがとことん赤信号で止まっちゃうから……まったく、少しは根性見せて速度出しなさいってのに」
俺が先に来てたのが不満なのか、遠坂はちょっと不機嫌そうにそんな事を言う。
とはいえ、そこは切り替えの早い、スッパリとした性格の遠坂――――数秒後には、いつも通りに溌剌とした表情に戻っていた。
「さ、それじゃあ行きましょうか? 今日はトコトンまでこき使うから、覚悟しておきなさいよ、士郎」
「――――程々にしてくれよ」
…………事の発端は、その日の朝、何となく思ったことにあった。なんだかんだいって、俺は――――、
「ここ最近……まともに遠坂と、デートしたことが無いんじゃないか?」
朝早い部屋。まだこの時間には、誰も起きていない部屋の中で、俺は一人呟いたため、返答をする人は居ない。
これが朝食の席だったら、俺の呟きを耳ざとく聞きとがめた誰かによって、大騒ぎになるのは目に見えていた。
藤ねえを筆頭に、イリヤや桜も黙ってないだろうし、場合によってはライダーも騒ぎに加わるのが目に見えていたからだ。
なんにせよ、気づいたからには、どうにかしないといけないだろう。
別段、遠坂自身は気にしていないかもしれないが、俺としては、やっぱり気になる女の子である遠坂と、ちゃんとデートをしてみたいとも思うし。
「今日は、遠坂は……実家のほうだよな。今から電話で連絡して――――って、まてよ……」
思い立ったが吉日、と腰を上げかけた俺だが、妙に嫌な予感がして、動きを止めた。
なんだかこのままデートに誘うと、またデートの直前に何かが起こりそうな、そんな予感がしていたのだ。
それは、虫の知らせだったのかもしれない。とはいえ、遠坂とのデートも、あきらめるのは惜しいし……そうだ、こうしてみようか?
俺は寝床から身を起こし、とりあえずは朝食の準備をするため、普段着に着替えると台所に向かった。
いつもの皆での団欒のあと、俺は朝食の後片付けをして、廊下に出ると――――設えてあった受話器を手に取った。
暗記できている遠坂邸の電話番号をプッシュする。程なくして、呼び出し音に続き、屋敷の主が電話に出たのだった。
「ん〜……もしも〜し、どなたですか?」
やたらめったら眠そうな声、どうやら遠坂のほうは、起き抜けの状態らしい。
普段、こっちに寝泊りをするときは、朝食の時間には必ず出席するし、規則正しい生活を送っているのだが――――どうも、実家に戻ると気が緩むらしい。
というよりも、他の人、特に桜とかに気を使ってたりするのかもしれないな……わざわざ出される朝食を食べないのももったいないという、貧乏性のせいかもしれないが。
「ちょっと、いたずら電話の類なら切るわよ?」
「あ、ああ、悪い、遠坂。俺だけど」
「――――士郎? どうしたのよ、こんな朝っぱらから」
遠さかの声が、少ししゃっきりとしたものになる。基本的に俺から遠坂に連絡を取るということは、ほとんど無い。
そのため、どうやら俺からの連絡は、何やら重要事項であると遠坂は思っているようだった。まぁ、俺にとっては重要事だけど。
「ああ、遠坂。今日は暇か?」
「ん――――……暇といえば暇ね。一応、ライダーから頼まれた宝石の研磨の仕事もあるけど、特にそれも急ぎって訳じゃないし」
そうか、急ぎの予定も無いというのなら、問題ないのだろう。俺は意を決して、遠坂に誘いを掛けた。
「そっか、それなら新都に出かけてみないか? 遠坂、ロンドンへの留学の準備、少しずつやってるんだろ? 今日は暇だし、何か買うものがあったら、荷物持ち位なら手伝えるけど」
「――――あ、そうなの?」
とたん、遠坂の声が元気になった。どうやら予定外の出来事に、身体のほうも元気を取り戻したようだった。
ここ最近、身体が少しだるいって言ってたからな、これがきっかけで、心身のリフレッシュになると良いんだけど……。
「そうね、せっかくの休日だし、士郎のお誘いを受けるとしましょうか」
おお、さすが即断即決。我らが遠坂嬢は、勇ましくもオーケーの返事を返してきたのであった。
「そうか、それじゃあ集合場所は新都の駅前、時間は――――そうだな、十時くらいでいいよな」
「うん、分かったわ。遅れたら承知しないから、早めに出なさいよ、士郎」
ハキハキした、清涼な物言いで、ぷつっと受話器から音が消えた。
――――ふぅ、何のかんので、約束を取り付けることが出来たようだ。さて、遠坂に比べれば手間取らないけど、俺も顔を洗うなりして、出かける準備をするとしよう。
そういうわけで、俺と遠坂は朝から、駅前デパートのヴェルデを訪れた。
デートという名目じゃないにしても、遠坂と一緒に居るのは楽しいし、これはこれで満足すべきだろう。うん。
「ほら、ぼーっと突っ立ってないで行くわよ」
「ああ、悪い悪い、それで、どこを廻るんだ? 家具売り場とかなら、けっこう良いのを見繕えると思うけど」
まだまだ人の少ないヴェルデ内。店内の見取り図を見ながら俺が問うと、遠坂はざっと見取り図を一瞥し、行く場所を決めたようである。
「よし、まずはあそこから攻めるとしますか。士郎、ついてきて」
「――――?」
遠坂が迷わず直進したのは、下りのエレベーター。あれ、下りって確か――――。
缶詰、お菓子、卵に、肉に、魚に野菜――――大判焼きなどの出店もあるそこは、ヴェルデの地下食品コーナーだった。
そこへと進入した我らが遠坂司令官は、何やら気合満々の様子である。いったいこれから、何が始まるというのだろうか?
「遠坂、食料品売り場に来て、何をするつもりなんだ? 食糧を今から買うにしても、缶詰とか日持ちするやつしか買えないと思うけど」
「別に、買出しするわけじゃないわ。ただちょっと、改めておさらいしておこうと思って」
「?」
よく分からない俺を引っ張りながら、遠坂が進んだ先は、このデパートの一角を占める調味類のスペースである。
塩、胡椒はもとより、何やら遠坂の好みそうな気がする、漢字だけの得体の知れない調味料のラベルがついた瓶などが、所狭しと並んでいる。
「それで、いつも士郎が家で使ってる調味料ってのは、どれと、どれなの?」
「え、ええっと……そうだな、いつもは塩はこれ、胡椒はこれ、あとは――――」
見渡して、自分がいつも買っている愛用の調味類を遠坂に告げる。ここに無いものもあるので、それは口述しかなかったのだが。
「――――煮出しようの煮干類とかは、商店街のほうが充実してるな。あとは……って、何でそんな事を聞くんだ、遠坂」
「ん? もちろん買うためよ。向こうに持っていくのに、調味料ならかさばらないし、士郎の好みを知るのも後々のためだし」
にこやかに言う遠坂。しかし、買い物といって最初に訪れるのが食品コーナーとは、遠坂も所帯じみてるというか、なんと言うか。
そんな俺の心情が顔に出たのか、遠坂は憮然とした表情で俺を見て文句を言う。
「なんか不満そうだけど、これって大事なことなのよ。特に留学してからは、自炊中心の生活になるんだし」
「――――ああ、節約のためか、しっかりしてるな、遠坂も」
「それだったら、良いんだけど…………」
感心する俺とは裏腹に、遠坂は沈痛な表情で黙り込んだ。なにか、困ったことでもあったのだろうか?
沈黙してると、このまま黙ったままというのも良くないと思ったのか、遠坂は意を決したかのように、声をひそめて俺に呟いてきた。
「……マズイのよ」
「――――え?」
「だから、不味いっていってるのっ! あっちの料理は、完膚なきまでにっ!」
留学生活の不遇を思い出したのか、遠坂は不満爆発といった風に叫ぶ。幸い、周囲に人はまばらだった為、それほど注目はあびなかった。
ふーふー、と肩で息をし、気を落ち着かせようとする遠坂。落ち着いたのか、額に手を押さえながら、彼女は言葉を続ける。
「そりゃあ私だって、部外者だし、そこまで強く言おうとは思わないわ、しかし、どうなのよ、あの料理は……」
「いや、どうなのよ、といわれても、俺は食べたことが無いし」
「食べちゃ駄目。今まで衛宮君が培ってきた、味覚と価値観が崩壊しかねないわ」
身もふたも無い口調で、ばっさりと切り捨てる遠坂。しかし、そこまでひどい物なのだろうか?
万年放浪者であった切嗣は、よく外国に出かけるが、土産話の中で料理については特に何も言わなかった。それは、言うほどひどくなかったのか、それとも言いたくなかったのか。
「ちょっと、聞いてるの、衛宮君」
「はいっ!」
何やら不穏な空気を帯びてきた遠坂司令官の機嫌を損ねぬよう、直立不動で敬礼する俺。遠坂は満足に頷くと、話をつづける。
「やはりこれは、主食による味覚の違いのせいかしら。我が国のKomeと相手国のPanでは、そもそも調理法からして根本から違う」
「はい、軍曹!」(サー、イエスサー!)
「しかし、郷に入りては郷に従え。我々は正々堂々と、かつ完璧に相手国の食材を調理しきらなければならないの!」
「はい、軍曹!」(サー、イエスサー!)
重大な使命感に燃える遠坂。そんなこんなで、彼女の演説だか説明だか、レクチャーだか分からない高説は、いつ果てるともなく続く。
何となくそのノリが楽しかったため、俺も付き合って騒いでいたら、あっという間に時間が過ぎてしまった。
時刻は流れて、昼過ぎ――――、俺と遠坂は、デパート内のファミレスに陣取って、のんびりとくつろいでいた。
結局、あれだけ大騒ぎして買ったのは、調味料が一つ。店員さん達も、さぞや頭が痛かっただろう。遠坂禁止令とか出なきゃ良いんだが……。
「とにかく、お疲れさま、衛宮君。午後からも付き合ってもらうけど、頑張ってね」
「ああ、遠坂に付き合うのは楽しいし、大丈夫」
カラン、と氷の入った水のコップを、乾杯のときのようにあわせ、俺と遠坂は一服する。
それぞれ、めいめいに注文をしたものをつまみ、たわいない世間話に花を咲かせる事、小一時間。ふと――――、
「そういえば、いったい今日はどういう風の吹き回しなの? 士郎の方から出かけようって誘ってくるなんて」
遠坂が、そんな事を聞いてきた。ああ、そういえば今日は確か…………、
「そうだった、今日は前に流れたデートの分も、遠坂に付き合おうって思ってたんだ」
「デー、ト…………?」
「ああ、この前、デートしようって言ったとき、遠坂が身体の調子を崩しただろ? だから、ちょうど良い機会だなと思って」
もっとも、駅前で遠坂と会ったときには、ほとんどそんな事は、頭の中に残ってなかったけど。
理屈ぬきで、遠坂とは一緒に居るのが楽しい。だから、こうしてなんでもない時間を一緒に過ごせるんだと思う。
「ま、デート一回分の借りには足りないかもしれないけど、これはこれで楽しいし」
「――――……」
「遠坂も、満足――――だ、ろ……」
あれ、なんか遠坂の周りから、黒〜〜〜〜いオーラが立ち上っているような気がするんだけど……なんでだろう?
「と、遠坂…………」
「満足なんか出来るか――――っ!!」
どごーん、と爆発する赤いあくま。店内にいたお客さんが、何事かとこっちを見ている。
しかし、憤懣やるせないのか、遠坂はそのことに気づいていないようだった。
「衛宮君、デートならデートって先に言いなさいっ! ああもうっ、そうと分かってれば、あれとかこれとか準備できたってのにっ!」
「――――」
「そもそも、普段着って――――うぁぁぁぁぁっ、もうちょっと気を使うべきだったし――――!」
頭を抱えて、ツインテールをぶんぶか振りつつ悶絶する遠坂。なんと言うか、見てて面白いが、さすがに恥ずかしい。
いい加減、周囲にも迷惑を掛けるわけにもいかないし、ここは蹴たぐり倒されても、遠坂を止めるべきだろう。
「と、ともかく遠坂、落ち着いて――――」
「ちょっと、待ってなさい! 衛宮君!」
しかし、遠坂は一足早く、俺の制止を振り切ると、洗面所に駆け込んでいった。
レストラン内は静かになり、ようやく普段の喧騒が戻りつつあった――――と、
「お客様、出来れば静かに食事を楽しんでもらいたいのですけれど」
「す、すいません、すいません……」
奥から出てきた偉い人に怒られてしまった。明らかに全面的にこっちが悪いので、俺は平謝りに謝るしかなかったのである。
…………そうして、しばらくして。
「おまたせ」
気を落ち着かせたのか、遠坂が席に戻ってきたのは、かれこれ数分が経過してからだった。
遠坂は席に着くと、まだ怒っているのか、こっちをじいっと見つめてきた。
「な、なんだよ、遠坂」
「――――衛宮君、どう? 私……何か変わったように見える?」
「え…………」
言われて、俺は遠坂を見る。先ほどと変わらない服装の遠坂。しかし、言うからにはどこか変わった所があるんだろう。
俺はじいっと、彼女を観察してみるが――――いかんせん、勝手が分からない。そもそも、変わったところなんてあるのか?
「すまない、遠坂……俺はどう見ても、さっきと変わらない様にしか見えないんだが……」
「――――正解」
にこっ、と俺の問いに遠坂は笑みを浮かべた。ひっかけかよっ。
「適当なことを言ったら、ガンドを撃とうかと思ったのに、ちょっと残念ね」
「いきなり物騒なこと、いうなっ」
「ちょっと位、良いじゃないの。こっちだって、恥をかいたんだし」
これでおあいこね。などと、遠坂は微笑んだ。ま、何はともあれ、遠坂の機嫌も直ってよかった。
あのまま、バーサーカーすら怯みそうな遠坂に付き合うのは、精神衛生上、かなり遠慮したかったし。
「さて、午後からだけど、買い物の予定は全てキャンセルしましょう。改めて、デートに行くって事で」
「ぁ――――、そう、だな」
遠坂の笑顔が、まぶしい。正直、照れくさくなり、俺は視線を逸らした。
うう、仕切りなおしといっても、遠坂とのデートは、やっぱり緊張するぞ…………気恥ずかしくて、俺は残りの定食を一気に食べつくした。
「うん、士郎もやる気、充分見たいね……時間も惜しいし、早く出ることにしましょうか」
「そ、そうだな」
ちゃっかり自分の分を完食していた遠坂は、すくっと席を立つ。俺も追って席を立とうとして、ふと、鼻腔に僅かな香りを感じた。
あ、ひょっとして、これって――――。
「どうしたの、士郎?」
「遠坂、ひょっとして、香水つけたのか?」
さっき、少し間があったのは、その為だったのか――――遠坂はちょっと驚いた後で、照れくさそうな微笑を浮かべる。
「もしもの時の、嗜み(たしなみ)ってやつよ。ほら、行きましょう、士郎!」
「ああ、そうだな」
すっきりとした、ミントの香り――――、それが、不安定な心を落ち着かせてくれた。
それでも、気持ちは踊り、高ぶっている。さて、午後からは本格的なデートだ。遠坂に振り回されるだろうけど、頑張って愉しむとしよう――――。
<午後へとつづく>