〜Fate Hollow Early Days〜 

〜☆美綴と海蛇〜



特に何も無い午後の昼下がり、新都に出たのは良いが、これからどうしようか。
時間を潰すなら、映画を見るとか他に色々とあるけど、さて、何をするか――――。

「……そういえば、プールの無料券ってまだ残っていたっけか?」

ふと思いつき、ふところを探ってみる。すると、一枚だけであるが、例のわくわくざぶーんの券が出てきたのだった。
見ると、使用期限は、あと数日となっていた。ちょうど良い。いつもは誰かと行っているが、今日は一人でのんびりと過ごすことにしよう。



かくして、やってまいりました常夏の場所。わくわくざぶーんは、今日もそこそこの賑わいを見せていた。
ウォータースライダーの歓声、ビーチで戯れる恋人達。家族連れが、子供用プールではしゃぐ声。そんな喧騒を聞きながら――――俺は流れるプールに浮かんでいた。
水流に任せてあっちにこっちにと、クラゲのようにプカプカと移動していると、心が安らぐと言うか、何というか――――。

と、そんな事を考えてたのが、いけなかったのだろうか。周囲を気にしてなかったので、他の人とぶつかってしまった。

「っと、あぶないねぇ、気をつけなよ」
「ああ、すみません――――って」
「おや」

顔を見合わせて、互いに驚きの声を上げる。世間は狭いのか、こんなところでも見知った相手と遭遇してしまう俺だった。
どことなく凛々しい顔立ち、面倒見のよい姉御肌な気質のその人は、美綴綾子その人だった。



場所を変え、俺達はビーチ付近で休息をとることにした。そろそろ一度、プールから上がろうと思っていたところだが、それは美綴も一緒だったらしい。
出店でスポーツドリンクを二つ買うと、俺は座ってくつろいでいる彼女の所へと戻った。

「はい、お待たせ」
「ん、ありがとね。しかし、こんな所に来て衛宮と会うとはねぇ」

そういって、闊達に笑う美綴。抑え目な感じのオレンジ色のビキニを、彼女はものの見事に着こなしていた。
砂浜に腰掛け、スポーツドリンクを飲む様は、まるでテレビCMの一画面のように、様になっていた。

「それは俺も思っていた。美綴は、良くここに来るのか」
「いや、たまたま無料券が手に入ったからね。良い機会だから一度、覗いてみることにしたのさ」

夏の日差しに負けない、まぶしい笑顔を美綴は見せる。うーん、こうしてみると、美綴もセイバーたちに負けてはいないよな。
プロポーション的にいえば、桜にも負けてないだろう、特に一部の部分も。

「衛宮のほうは、どうなの? 誰かと待ち合わせでもしてる?」
「いや、俺も無料券が手に入ったから、ものの試しに来ただけだよ。そもそも、誰かと来てたら、こうやってのんびりは過ごせないだろ」
「ああ……わかるわ、それ。セイバーさんや間桐、遠坂と曲者ぞろいだしねぇ」

そういう美綴も、かなりのものだと思うけど――――口に出すのもどうかと思うので、黙っていることにした。
とりとめも無い会話をしながら、俺たちは時を過ごす。頃合を見計らって、美綴が立ち上がったのは、しばらくしてのことだった。

「さて、それじゃあ独り者どうし、一緒に楽しむのはどう? どうせ衛宮もすることは無いんでしょ?」
「そうだな、俺は別に構わないぞ。それじゃあ、どこから廻ろうか」

――――深く考えず、頷く俺。そうして俺と美綴は、午後の時間をめいいっぱい使って遊ぶことになった。
ウォータースライダーに挑戦し、出店で買い食いをしつつ、あちこちのプールを廻る。
どきどき感は無いものの、美綴と一緒に遊びまわるのは、男友達と遊ぶような気安さがそこに有った。

「ふぅ、しかし明日は、筋肉痛かな、こりゃ」
「だらしないね、衛宮。これくらいで参るなんて、運動不足じゃないの?」

疲れきってプールサイドに設えたビーチチェアに横になる俺を、美綴は呆れたように見下ろしている。
さすが弓道部員。もと弓道部員の俺とは体力からして違うのかもしれない。

「ほらほら、起きて。次はあっちのプールで泳ごう……ほら!」
「っと、引っ張るなって。分かったよ」

ぐいぐいと片手で手を握り、片手で腕を引っ張られ、俺は根負けして身を起こす。しかし、本当に元気だよな……イメージ的に、夏の女って感じだ。
正直、こうやってじゃれあうのは悪い気はしない。とはいえ、ここは新都内にある建物。下手をすれば知り合いに見つかる可能性もある。
そうなっては、話がややこしくなるだけだし――――適当なところで距離を開けるとしようか?

「分かったから、手を放せよ。美綴も歩きにくいだろ?」
「駄目。衛宮を信用してない訳じゃないけど、このまま次の遊び場所を決めるまで、逃がすつもりは無いからね」

周囲の好奇の視線など意にも介さず、カラカラと笑いながら、美綴は俺を引っ張って歩く。
自然と、身体が近づくので、何となく落ち着かない。まったく、少しは慎み深くしてくれ、俺も男なんだからさ。

「ん? どうしたの衛宮?」
「いや……美綴も女だったんだなぁって」
「あっはっはっ、やだねえ衛宮ったら、今更そんなことに気づいたのかい?」

にこやかに笑う美綴。だけど、口調はともかく――――、俺の手を握る手には、万力みたいにギリギリと力が入っているんだが…………。
ひょっとしなくても、俺はどうやら美綴の機嫌を損ねてしまったらしい。確かに良く考えたら、さっきの発言は失礼だよなぁ。

「――――ごめん、無神経だった」
「まったくだよ。アタシだったから良いものの、桜とかに同じ台詞を言ったら……落ち込んで水の底に沈みかねないわよ」

うわ、確かにありえるかも。けっこう思い込むと激しいからな、桜は。
最近、ショックを受けると石化する体質になってからは、さらに思い込みに拍車が掛かったような気がする。
それはひとえに、英霊である彼女の影響を色濃く受けて――――ん? なにやら、その彼女の姿が見えたような……。

「聞いてるの、衛宮? 大体、アンタは少々無神経と言うか、こっちにも女としてのプライドってものが……」
「あ、ああ。分かったから、少し離れてくれると嬉しいんだが……」
「――――だから、人の話を聞きなさいって……!」

どうも逆効果だったのか、ずずいっと顔を近づけて、睨みつけてくる美綴。
俺が逃げられないように、腕を抱え込んで密着するのはいいが、そうされると、何というか柔らかい物が当たったりしてるんだが――――。

「アヤコ…………」
「「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」」

その時、である。唐突に背後からぼそりと、地獄の亡者の囁きのように呟く声が聞こえてきた。
俺と美綴はシンクロするように、そのままの体勢で飛び退くと背後を見やる。そこには、やっぱりと言うか何というか……ライダーが居たりしたのだった。

グラマラスなバディに、黒いビキニタイプが映える格好のライダー。普段なら見とれてしまう俺なのだが、何やら不穏な空気のせいか、この時は戦々恐々とするだけだった。

「ら、ららら、ライダーさんっ!? どうして、ここに!?」

恐怖のせいか、俺の腕にギュッとしがみつきながら、美綴はライダーに問う。
ライダーはというと、その光景が面白くないのか、じとっとした目でこっちを睨んできた。あれ、そういえば裸眼なのに石化しないな、何でだろう?
――――……まぁ、実際に石化しなくても、その視線たるや、俺の魂まで凍りつきそうな視線だったのだが。

「どうして、と言われても……私は良く、ここに遊びに来ますから。もっとも、この場所でアヤコに会えるとは思いませんでしたが」
「そ、そうですねー……あは…………はぁ……」

苦笑が溜息に変わる美綴。気持ちはよく分かるぞー。ひと時の平穏が、ものの見事にぶち壊されたときの感じってのは、こういう時をいうのだろう。
そんな脱力した感の美綴を見ながら、ライダーは、もの言いたげな表情で俺を見つめてきた。

「な、何だよ、ライダー」
「何だよ、ではありません。シロウこそ何をしているのですか。こんな往来の真ん中でアヤコと腕を組むなど」
「う」

確かに、周囲には多数の人目がある。かなりの美人の美綴と腕を組み、ライダーに責められる俺の様子は、周囲にはどう映っているんだろう?
何やら、周囲の囁きに、「愛人」「二股」「痴話げんか」などと、不穏なキーワードが聞こえたような気がする。
そんな周囲の様子など耳に入らず、ライダーの説教はなおも続いていた。

「不謹慎だと思わないのですか? そもそも、私だってアヤコと腕を組んで歩いたことなんてなかったのに!」
「って、そっちかよ!」

あー、なんだ。つまりはライダーは……美綴を俺に取られたと思って、焼きもちを焼いてるんだろう。
桜は別格として、美綴はライダーのお気に入りだしな。機嫌が悪くなるのもしょうがないか。さて、どうするか……考えても結論は一つしかないよな。

「つまり、ライダーは美綴と遊びたいんだろ、だったら、好きにしてくれ」
「ちょっ、衛宮!?」
「ふふふ、話が早くて助かります、シロウ。それではアヤコ、私とめくりめく真夏のワイキキでも楽しむとしましょうか?」

ぎょっとした表情の美綴。対照的に、ライダーの顔が活き活きとしだしたのは見間違いではないだろう。
いや、何というか、獲物を見定めた蛇というのはああいうのをいうんだろうなぁ……などと納得してしまった。

「アンタ、あたしを売る気なの!? この売国奴、非国民っ!」
「……すまん、俺だって本意じゃないんだぞ。だけど、こうなったライダーに逆らえるわけも無い……とりあえず、逃げたほうが良いと思う」
「――――――――ああ、もうっ! 勘弁して――――!」

だっ、と駆け出すと、波のプールに飛び込んで、泳ぎだす美綴。向かってくる波を掻き分けて泳ぐのは、火事場の馬鹿力のなせる業か。
と、ライダーはゆったりとした動きでプールに入ると、スイスイと何の苦もなく美綴を追いかけだした。
いや、なんか波の抵抗を受けて無いみたいなんですが……反則だろ、あれは。

「どうして逃げるのです、アヤコ? 一緒に楽しみましょう」
「アタシは普通に楽しみたいのに――――!」

お、美綴のスピードが上がった。がんばるなぁ、美綴も。とはいえ、水蛇の如きライダーから逃れれるとも思えなかったが。
ま、もって十分ぐらいだろう。俺にできる事といえば、美綴がライダーに喰われそうな時に助け舟を出すくらいか。

新たに何本かスポーツドリンクを購入し、俺はプールサイドに座って、微笑ましくも必死な鬼ごっこを見物していたのだった。