〜Fate Hollow Early Days〜 

〜働く槍さん(魚屋編)〜



お昼前のこの時間…………昼食を作るには材料が心もとないため、今のうちに食材を買いだめにいくことにした。
大人数な我が家の食卓は、準備だけでもけっこう手間が掛かる。冷蔵庫を空けたら、何も入ってないということも時々はある。
今まさに、冷蔵庫内は隙間風の吹きぬける空洞――――藤ねえとセイバーの連合軍によって崩壊した荒野が広がっていた。

「すみません、シロウ。まさか、冷蔵庫に入っていた缶詰類が、今日の昼食用のものだったとは……」
「まー、過ぎちゃったことを、くよくよ悩むのは良くないわよ、セイバーちゃん。いくら調子に乗って、パンを片手に全缶詰を完食しちゃっても」
「そういう大河こそ、野菜類をおいしそうに食べてたではありませんか。私が目をつけていたヨーグルトをドレッシングに……!」

……なんにせよ、このままでは昼食を作ることもままならない。原因の追究は後回しにして、補給の確保が急務だった。
さて、どちらに行くかな――――俺は、屋敷から出た場所……車の往来の無い路上で考えてみる。

まだこの時間なら、新都へ行って買い物を済ませ、戻ってくることもできる。新都のほうが、様々な食材を手に入れることができるのは確かだ。
しかし、商店街に比べて多少割高な部分と、往復のバス賃を考えると、得策とはいえないか…………。

「そうだな、今日も妥当に商店街を巡ってみるか。どこか必ず安売りの店もあるし」

結局、いつも通りの結論に達し、俺は主夫よろしく、普段着に買い物籠、買い物用の自転車二号に乗って商店街に向かうのだった。
時刻はのんびりとした、昼の手前――――セイバーたちを飢えさせる訳にも行かないし、手早く買い物を済ませて帰るとしよう。



「よし、こんなものか」

肉に卵に野菜――――ついでに切らしていた醤油の瓶も買って、俺は自転車を押しつつ歩く。
まだまだこんなものじゃ、冷蔵庫が完全に埋まるほどじゃないが、足りない分は折を見て継ぎ足していけば良いだろう。

さて、買うものも買ったし――――って、あれは……何やらどこかで見たような蒼い人が、エプロンをつけて店先に立ってるのが見えた。
しかし、おかしいな……この前見たときと、明らかに店先が変わっている。普段なら無視するところだが、興味本位に、つい声を掛けてしまっていた。

「おい、アンタ花屋でバイトしてたんじゃなかったのか」
「――――ん、ああ、誰かと思ったら坊主か。何だ、昼間っから所帯じみた格好してるな。いい年した男が、小姓の真似事か?」
「ほっといてくれ。それより、何でここにいるんだよ。この前は、花屋でバイトしてたじゃないか」

そう、確か美綴と一緒に、花屋でランサーを目撃したことがあった。あの時も見事に雰囲気に溶け込んでいたが……。
今度も、ものの見事に店先に違和感なく立っている――――ただし、場所は花屋ではなく魚屋だったが。

俺の質問に、ランサーは苦々しくげっそりとした表情で肩をすくめた。

「ああ、あの店ならクビになったんだよ。どうも店主とそりが合わなくてな」
「へぇ、それで、魚屋にバイトを?」
「そういうことだ――――何なら見ていけよ。どうせ買い物の途中なんだろ?」

そういって、店先を指し示すランサー。花屋の時も、そうだったけど、ランサーはこういった事に意外と凝り性なのだろう。
先日までは何の特徴も無い魚屋の店先が、大幅に変化を見せていた。
ピカピカに磨き上げられている台。店先は掃き清められ、魚は元気に泳いでいる――――。

「って、何で泳いでるんだよっ!」
「あ? 産地直送だからに決まってるじゃねえか。もっとも、あまり係わり合いになりたくない、奴らからの贈り物も混じってるが」

店先の一角――――そこを占拠した大きな水槽に、複数の魚が泳いでいた。
サバやイナダなどの魚達……なぜか水槽には、金色の紙にべっちょりと黒い墨のついた魚拓が張られていたりする。
産地直送って、いったいどこの産地――――あ、あそこかっ……!

「ひょっとしなくても、港の魚をそのまま売ってるのか!?」
「おう、元手がいらねえからな。かなり安いと思うが――――不満か?」
「む」

いわれて口ごもる。確かに、売られている魚達はかなり安い。加えて、釣れたばかりの魚はかなり活きが良さそうだった。
本能的に、この魚で料理してみたいと思っていた。それは、料理人とすれば、誰でも考えることだったかもしれない。

「そうだな、それじゃあサバをもらおうか」
「あいよ、サバ一丁!」

俺の注文に、ランサーは水槽からサバを取り出す。ずいぶんと元気な魚だなー、などと考えてる間にも、ランサーは手に赤い槍を持って――――、

「なっ……?」

止める間もない。ランサーの操る朱い槍が、サバの頭部につきたたっていたのだった。
ランサーは一つ頷くと、槍を引っこ抜く。不思議なことに、血はほとんど流れ出はしなかった。必要最小限の動きで、急所のみを貫き通したらしい。

「ほらよ、本当はバラす事もできるが、ま、お前には必要ないだろ」

などと言いながら、テキパキと梱包して一丁上がり。実に手馴れた様子で、ランサーはサバを差し出してきた。
受け取りながら、お金を手渡す。しかし、ずいぶんと手際が良いよな。ま、サバイバル生活を送っているらしいし、手馴れるのも当然か。

「お、そこ行く美人の奥さん、どうだい、一つ見ていっちゃくれないか?」

と、俺がそんな事を考えていると、ランサーは次なる獲物を見つけたのか、道行く主婦に声を掛けていた。

「え、私……? どうしようかしら」
「おお、悩むその姿、良いねぇ、実に良い」

呼び込みしているのか、ナンパしているのか分からないランサー。どうもお邪魔のようなので、俺は黙ってその場から離れることにした。
しばらくして振り向くと、今度は別の奥さんと雑談をしているランサーの姿が見えた。ずいぶんと生き生きとしている。

ふと、思ったんだが――――。

「まさか、花屋の時も、ナンパしまくって首になったんじゃないだろうな……?」

だとすれば、このバイトも長続きしないだろうな――――自転車に乗って家路に急ぎながら、予感めいたものを感じていた。
嗚呼……ランサーよ、お前は今度は、どこへ行くというのだろうか――――。