〜Fate Hollow Early Days〜 

〜蛇とお酒〜



漫画本を片手に、ライダーの部屋に向かう。何とはなしにライダーの部屋にあった漫画本を借りたのは良いが、なかなか面白いので、続きが見たくなったのだ。
俗に言う少女漫画のようだが、どこかコミカルチックな感じで、男の俺でも十分に楽しめたのだ。

「続きが無かったら、新都の本屋にでも行って、立ち読みするか、買って来るかな」

プリ○セス×プリン○スと、ト○イン×トレ○ンなどという漫画本を片手に、俺はライダーのいる和室に足を向けた。
和室の襖は締め切っていたが、中に人の気配がする。ライダーは中にいるんだろう。

「ライダー、入るぞ」

一声掛けて、俺は部屋の中に入り――――あまりの惨状に、愕然とした。
うず高く本が所狭しと並んでいたはずのライダーの部屋。それが今や、無限の酒瓶によって占拠されていたのである。

「うぉ〜、もう呑めね〜」

空になった酒瓶の林の中で、ぐでーっとしたトラが一人。部屋の主は居らず、藤ねえが一人で畳に突っ伏し、うめいていた。
あまりに悲惨な光景に見てられず、俺は倒れ付した藤ねえに歩み寄ると、その身体をゆすった。

「おい、藤ねえ。どうしたんだよ、いったい?」
「ん、がー! お前もトラになるのだ、士郎ー!」

揺すったせいで酔いが廻ったのか、藤ねえは、ろれつの廻らない口調で俺に絡んできた。
すでに出来上がっているのか、俺の身体に密着すると、そのまま投げ飛ばそうと力を入れてくる――――!
く、こういう時は、火事場のくそ力ってのが出るみたいだな。俺は投げられないように必死に踏ん張った。と、

「二人とも、何を――――しているのですか?」

部屋の主である紫紺の髪の持ち主が、そんなタイミングで部屋に入ってきたのだ。
互いに腰を落とし、投げられないように踏ん張っている様は、相撲をしているようにも見えなくも無い。
何にせよ、渡りに船とはこのことだろう。俺は踏ん張りながら、ライダーに向かって声を上げた。

「ライダー、藤ねえを押さえるのを手伝ってくれ! 俺一人じゃ手に負えない」
「事情は分かりませんが、了解しました」
「なにー、二対一は卑怯だぞ〜! ロープ、ロープっ!」

ぐでんぐでんの藤ねえは、そんな事を言いながら、ますます暴れまわる。俺はもとより、力持ちであるはずのライダーも引きずられる始末だった。
…………結局、暴れ疲れて眠るまでに、かなりの手間を要した。今は藤ねえは、ライダーの布団の包まって気持ちよさそうに寝入っている。

「やれやれ、まいったな、まったく――――それにしてもライダー……いったいどうしたんだ? 本が全部酒瓶に変わってるんだが」
「すいません。タイガに酒盛りに誘われまして。すぐに片付けます」
「いや、別に怒ってるわけじゃない。節度を持ってやるんなら、特に注意もしないんだが……そういえば、本は?」

俺の問いに、ライダーは無言で部屋の一角を指し示す。そこには――――ピサの斜塔、もしくは前衛芸術とも言い表せる、微妙な形に本が積み上げられていた。
部屋にあった本を、無理やり一箇所に集めたんだろう。危ういバランスのそれは、触るだけで崩れてきそうだ。

「本を返そうかと思ったけど……あんな置き方したら、本が傷むだろ」
「――――本は読むものですから、文章さえ読めれば、多少痛んでも問題は無いのでは?」

穿った意見を言うライダー。まぁ、ここにある本はライダーの趣味で集めたものだし、とやかく言うことも無いんだけどな。
とりあえず、ライダーに本を返して、俺は改めて部屋を見渡した。和室の畳の上に、数十本の酒瓶が乱立している。
ざっと見渡すが、どれも封が切られており、中身の残っているものも無いようである。

「これ、全部……藤ねえと二人で開けたのか?」
「ええ、と言っても、彼女は後半は半分寝入っていたようなものですし、私が残りを頂きましたが」

平然とした表情で、さらりと問題発言を言うライダー。酒自体には問題ない。どうせ、藤ねえが実家から持ってきたものだろうし。それよりも――――

「ライダーは、それだけ飲んで大丈夫なのか? 藤ねえみたいに酔っ払わないのか?」
「――――体質ですので。セイバーの竜種というのはご存知でしょう? 私は名の通り、蛇の種を身体に宿してますから」

詳しくは分からないが、ライダーは全然、酒に酔わないと言うことだ。匂いを嗅ぐだけでもクラクラする俺としては、うらやましい限りだ……。
なにせ、ちょっと舐めるだけでもふらふらするし……そういえば、この前……遠坂と飲んだときも、途中から記憶が無かったな――――。

「じゃあ、ライダーが酔っ払うことは無いんだ。得な体質だな、それ」
「――――勘違いしているようですね、シロウ。私は酒に酔わないだけであって、ちゃんと酩酊感を感じることもあります」
「そう、なのか?」
「ええ、そもそも酔うとは、身体の中に不純物が入ることによって引き起こされるものです。ですから私も在る物を採れば、きちんと酔いますよ」

――――なんだろう、なんか急に、身体の奥に寒気がしたような――――……。

「たとえば、他人の魔力、魔術行使、それに直接的なものとすれば血え――――」
「ストップ、それ以上言わなくていい」

おや、と残念そうな表情を見せるライダー。黙って聞いていたら、吸血されそうな流れだったぞ、今。
ため息をつき、部屋を見渡す。張本人の藤ねえが酔いつぶれているため、後片付けはライダーがしなければならないだろう。
酒瓶自体は、重さも大きさも、さほどの物ではないが、数が多いため、片付けるのには手間が掛かるだろう。

「ともかく、もう飲むものも無いみたいだし、片付けよう。酒をまとめて運ぶやつがあるはずだから、取ってくるよ」
「ありがとうございます。それでは私は、先に容器を集めておきましょう」

断るのもなんだと思ったのか、ライダーは微笑みながら、分担作業の提案をしてきた。
よし、ひとっ走り土蔵まで行って、酒瓶の入れ物を見繕ってくるか――――。



そうして、それから十数分掛けて、ライダーの部屋を元通りに復元した。借りた本も元通り、部屋の隅に積まれている――――残念ながら、続きは無かったが。
俺たちが動き回っている間も、藤ねえは呑気に夢の中――――時折、夢の中で面白いことでもあったのか、笑い声を上げていた。

「ふぅ、こんなもんか。それにしても、藤ねえはお気楽だよな。酔っ払って寝入って、楽しんでる」
「ええ、しかし、羨ましくもありますね」

酒瓶をまとめた大箱を軽々と、部屋から廊下に出す作業をしていたライダーが、俺の言葉を聞き入ったのか、そんな事を言う。

「私は、酒に酔うことも無い。皆が酔って騒ぐ中、一人だけ醒めた状態というのは、些か気まずいこともあります」
「そっか。まぁ……気にすることも無いんじゃないか? 何も皆と一緒じゃなきゃいけないって事も無いだろ」

……もっとも、酔いやすい候補の筆頭である俺が言っても、これっぽっちも説得力はないだろうけど。
ライダーはもの言いたげに、俺のほうを見ている。どうしたものかと考え、一つ思いついたことがあった。

「そうだな、じゃあ今度、皆で飲むようなことがあったら……みんなに内緒で、ライダーは俺の血を吸って酔っ払えばいい」
「え?」
「ようは、楽しい雰囲気に溶け込むためには、酔うのが必要なんだろ? 俺が倒れない程度に、調節して吸ってくれれば助かるけど」

俺の言葉にライダーは、しばし瞑目し――――そうして、俺に困ったように笑顔を見せた。

「お心遣いだけ、頂いておきます。そのような事をしては、サクラに顔向けできない」
「そうか、名案だと思ったんだがな」
「いいえ、シロウの提案は、確かに一理あります。ですので、その点を踏まえて、リンに相談してみることにします」

お、何やら良いアイディアを思いついたようだ。俺の思いつきも、満更捨てたものでもなかったらしい。
しかし――――酔っ払う、ライダーか……なんか、全然想像できないよなぁ。そもそも、ライダークラスの美女が酔って暴れるのは……ちょっと見てみたいかも。

「シロウ、何やら失礼なことを考えているようですが……吸っていいですか?」
「って、ちょっとまて、桜に顔向け出来無いんじゃなかったのか!?」
「おや、記憶があいまいですね。遅まきながら酔ってきたのでしょうか」

思いっきり素面+棒読みの台詞で、ライダーはとぼける。なんか、ライダーも……どんどん、したたかになってないか?

「ま、まぁ……ともかくその辺は遠坂と相談して、よろしくやってくれ、それじゃ……!」

俺は形成不利と判断し、そそくさとライダーの部屋を後にした。耳朶に響く、ライダー部屋から僅かに聞こえる笑い声。
やり込められて、微妙に屈辱的な気もするが、ライダーの気が少しでも晴れたと言うのなら、それはそれで良いということにしておこうか。

――――さて、集めた酒瓶を土蔵に移して、いつもの日課に入ることにしよう。