〜Fate Hollow Early Days〜 

〜柳洞君のお弁当〜



授業が一区切りつき、昼休みになった。さて、今日は弁当は持っていないわけなんだが、購買にでも行ってみようか……?
なんとなく気分的には、焼き蕎麦パン+フルーツオレの感じだ。よし、思い立ったら吉日だし、早速買いにいこう。

「衛宮、少しいいか? 昼食のことなんだが……」
「ん、ああ。俺は購買でパンを買うけど……生徒会室で一緒に食うなら、一成の分も、何か買ってくるか?」

幸い、バイトで出た金はまだ十分にある。たまには一成におごるというのも悪く無い気がした。
しかし、当の一成はというと、顔を曇らせて口ごもってしまった。

「ん、どうした? なんか都合でも悪いのか?」
「いや、そういうわけでは無いんだが――――衛宮、購買で物を買わずとも、今日は充分に用意できているのだ」
「え、用意、って――――」

そこまで言われて、俺はようやく、一成が手にしているものに気がついた。
かなり大きめな風呂敷包み。大きさと形から察するに――――おせち料理の重箱のような形状のものを包んでいるようだった。

「まさか――――、一成が弁当を作ったのか」
「たわけ、これはキャスターさんが作ったものだ。総一郎兄に弁当を作るので、もののついでに自分にも作ってくださったのだが……」

なるほど、キャスター作のお弁当か。そういえばここ最近は、料理の研究に余念が無かった。
我が家に来ては、散々苦労して失敗ばかりしていたキャスターだったが……あれからどうなったのか、気にはしていたのだ。

「そうか、そういうことなら、御同伴に預かるとしますか」
「たすかる。かなりの量なのでな。一人では捌き切れないと思っていたところだ」

ほっとした様子で、一成は弁当箱――――というより、重箱の包みを抱えなおした。



「さて、それじゃあ頂くとしますか」
「――――うむ」

場所を生徒会室に移し、お茶を入れて昼食の場を設える。キャスターの作った弁当に興味もあり、何となく浮かれている俺。
対照的に一成は、なぜか神妙な表情で、重箱のふたに手を掛けると、弁当を取り出だしたのである。

「へぇ…………」

知らず、感心したような声が出た。重箱は三段。一段目には少々いびつだが、ちゃんと握られた、おむすびが並べられている。
二段目には、少々形は崩れているものの、煮物、玉子焼き、から揚げなどのおかず類。
三段目も半分はおかず類で、デザートとして不恰好だが林檎が複数並べられていた。

驚いた。どんなゲテモノか、キワモノが出てくるかと思ったら……キャスターには失礼だが、ちゃんと形になっているのである。
いただきます、と呟き、割り箸を手におかずをつまむ。味も悪くない。及第点とは言わなくても、普通の料理になっていた。
――――なんだ、やればできるじゃないか、キャスターも。

「うん、なかなかいけるな。これなら一成も満足だろ?」
「――――そんなわけなかろう」

だが、意外にも一成は、どこか怒ったような表情で、それでも弁当に箸をつけていた。
なにか、気にくわない所でもあったんだろうか、ひょっとして、おかずに嫌いな食べ物が入っているとか……。

「衛宮、先に言っておくが、これはキャスターさんの作った中でも、比較的、出来の悪い部類に入るものだ。失敗作といっても良い」
「――――ああ、ちゃんと出来たのは、葛木先生用にしたんだろ? 気にするな、これでも充分うまいぞ」
「そうだったら、これほどまでに気に病むことは無いのだがな……」

はぁ、とため息一つつく、我らが生徒会長。話すべきかどうか……などと呟き迷っていたが意を決したのか、真剣な表情で俺に問いかけてきた。

「衛宮、キャスターさんの料理を食べた事があるか? 何というか、筆舌には尽くしがたい頃のあれを」
「…………一度、キャスターの料理の腕を見たいからって、家で作ってもらったことがある。あれは、後悔した」

そう、最初の頃は、キャスターの料理は何ともいえないシロモノであったのだ。
別に、食べられないわけではない。しかし、魔術の調合薬のような味をする料理ってのは、さすがに身体に良いような悪いような――――。

「そう、それを未だにキャスターさんは、総一郎兄の弁当に作っているのだ」
「へぇ……って、ちょっと待て!」

あんな味の弁当を出すぐらいなら、今、俺たちの目の前にある重箱はいったい何なのか――――。
少なくとも俺なら、多少形が崩れていても、こっちの弁当のほうが断然良いぞ。

「おかしいと思わないのか、キャスターは」
「うむ。自分も今朝、キャスターさんに問い詰めてみた。自分があれを処理するので、総一郎兄にはこの重箱を出したほうが良いではないか、と」
「――――その話の経緯だと、下手をすれば俺も、あの弁当を食わされる破目になってたと思うんだが」
「気にするな。そのときは自分一人がその責を負うだけでよかったのだ。幸い、そちらはそれほど量は多くなかったのでな」

何とも立派なことを言ってくれる一成。キャスターの料理を連日食べて、舌に免疫が出来ているのかもしれないが。

「それで、キャスターはどうしたんだ?」
「うむ、キャスターさんは……笑顔で自分をしかったのだ。あれは参った」
「しかったって……キャスターは、何て?」


『これは総一郎様のために心を込めて作ったものです。練習用の料理を出すくらいなら、たとえ出来が悪くても……自分の精一杯を出した、こちらを出すのが妻の誇りです』


「――――とな。そこまで言われれば、引き下がるしかなかろう」

――――……なるほど、それはぐぅの音も出ないな。
しかし、心のこもった大失敗作と、心のこもらない普通の料理――――究極の二者択一だな、これは。

「しかし、自分だけが……このようなものを食していたら、総一郎兄に示しがつかん。どうすれば良いと思う、衛宮?」
「どうするも何も――――そのままで良いと思うぞ、俺は」
「なに?」

俺の返答が意外だったのか、驚いた表情を見せる一成。ま、葛木先生とキャスターだから言える事だと思うんだが。

「キャスターはああ見えて分かってると思うよ。それでいて、自分の信じるようにやってるんだ。俺たちが口出しできることじゃないだろ」
「しかし、せっかく料理が上達しているというのに、肝心の総一郎兄が得をしなければ、本末転倒のきわみではないか」
「ま、そうなんだけど。それでも、ちゃんと上達はしてるんだ。後は時間だけだと思うぞ」

形はともかく、味はしっかりと様になっていた。この様子なら、いずれは葛木先生に出せる料理を作り出せるだろう。

「まぁ、あと少しすれば……別に一成が気に病まなくても、ちゃんとした弁当を毎日、葛木先生が食べられる日が来るような気がするな」
「――――……それはそれで、少々複雑な気分でもあるがな」

どこと無く寂しそうに番茶をすする一成。
葛木先生とキャスター、そして一成。ちぐはぐな関係は、それでも少しずつ形を変えて、日々を過ごしていく。
そんな事を不思議と感じる、ある秋の昼間の出来事であった。