〜Fate Hollow Early Days〜
〜学園のアイドル〜
授業の合間の時間、特に何をするでもなく廊下を歩く。ふと、廊下に見知った人影を見つけた。
あれは――――遠坂と藤ねえか。普段、家では何とはなしに見る組み合わせも、学園内では珍しかった。
「あら、衛宮君」
「あ、士郎じゃないの。何か先生に用事?」
「ん、いや……なんとなくぶらついてたら、藤ねえたちが話してるのが見えたから」
俺の言葉に、そっかー、などと頷く藤ねえ。と、何やら妙な考えでも起こしたのか、その表情が急に生き生きとしだした。
こういう時の藤ねえって、碌でもない事を考えていることが多いんだよなぁ……。
「そうだ、もののついでだし、士郎も一緒に今度、進路相談を受けなさい」
「進路相談――――? じゃあ、遠坂も……」
「ええ、概ね決まってはいるんだけど、まだ細かいことは色々あるから――――」
苦笑めいた表情で、遠坂はそんな事を言う。旅先での苦労を思い起こしているようだった。
まぁ、確かに進路のことなら一度、藤ねえとは腹を割って話さなければいけないと思っていた。
保護者だし、人生の先輩として、聞くべき意見も多々あることは確かだったからだ。
「よし、それじゃあ昼休みにでも――――」
「あ、すみません。今日はちょっと用事があって――――後日、衛宮君と二人で話を伺うということで、よろしいですか?」
「あら、そう? ん――――ま、今もけっこう遅れ気味だし、一日や二日は構わないけど……ちゃんと顔を見せてちょーだいね」
藤ねえの言葉に、はい、と頷く遠坂。いつの間にか俺は遠坂の随員として決定済みらしい……ま、いいけど。
用事が済んだのか、藤ねえは話を切ると、そのまま歩いていってしまった。と、廊下の向こう側で、また別の生徒に声をかけられているのが見えた。
「あれでいて、藤ねえ、けっこう頼りにされているんだよなぁ」
「――――ま、同じ目線に立って考えてくれるってのは、けっこう貴重よ。教師としてはどうかと思うけど」
遠坂も同じ事を考えていたのか。俺達がそんな事を思っているとは露知らず、藤ねえは女生徒と楽しく話をしているようだった。
休み時間の廊下には、それなりに人通りもある。そんな時、遠坂と一緒にいると、あちこちから視線を感じることが頻繁にあった。
妬み、やっかみの視線から、興味深げな視線まで様々であるが――――慣れというのは恐ろしいもので、そういった視線を受け流せるようになっていたのである。
「あ、遠坂先輩、こんにちはー」
と、遠坂の顔見知りなのか、女生徒が廊下を歩きながら、遠坂に挨拶をする。すると――――
「はい、こんにちは」
ぱぁぁぁっ
「うぉ」
まるで後光のさすような笑顔に、思わず硬直してしまう俺。そんな俺を、遠坂は訝しげな表情で見つめて来た。
「あれ、どうかしたの? 何か固まってるけど……」
「いや、遠坂――――すごい笑顔だな、今の」
よそ行きの笑顔っていうのは、あまり見たことが無いため、今でも時々、遠坂が見せるたびに硬直してしまうのだった。
なんというか、菩薩の微笑とは違う。どこまでも艶やかでありながら、毅然とした態度の笑み、それは――――。
「なんというか、あくまの笑顔?」
「……言うじゃないの。士郎ったら」
「――――そう思ったんだから、しょうがないだろ? 遠坂はあの笑み、意識してやってるのか?」
俺の問いに、遠坂は、はぁ……と一つため息をつくと、首を縦に振る。どうやら本人はあまり、あの笑顔を気に入ってないようだった。
「意外にね、笑顔っていうのは、声を掛けて来る相手には効果的なのよ。つかず離れずの間合いをつかむのに最適だし」
「確かに、あんな笑顔をされちゃあ、腰が引けるよな……」
普段の遠坂の見せる微笑とは違う。笑顔だというのに、声をかけづらい威圧感があったように思えた。
ま、そうでもなきゃ廊下を歩くたび、藤ねえみたいに声を掛けられては立ち止まるのを、延々と繰り返さなければならないだろう。
「学園のアイドルって、大変なんだな」
「私は普通に過ごしてるだけなんだけどね。周りが煩くって……」
顔を付き合わせ、しみじみとそんな事を語り合う俺達。廊下の彼方には、はたまた別の生徒と話してる藤ねえの姿が見えた。
と、授業の開始をうながす予鈴が響き渡ってくる。廊下を歩く生徒達の姿も急速に減り、藤ねえも用意があるのか、生徒との話を切り上げて、職員室のほうへと走っていった。
「あ、そろそろいかなきゃ。それじゃ、衛宮君――――進路相談のことは、また夜にでも話すから覚えていてね」
「ああ、そうだな。遠坂も色々あるけど、がんばれよな」
「――――うん、ありがと」
そうして遠坂は、いつもの優しい微笑を見せると、早足で廊下を歩き去っていった。
うん。やっぱり遠坂には、ああいう笑顔が一番だよな。さて、授業に遅れないように、俺も教室に戻るとしよう――――。