〜Fate Hollow Early Days〜 

〜だいすきですから〜



「ふぅ……」

秋の夜長、夕食の後――――取り立ててする事も無いので、居間で煎餅をかじりながら、何とはなしにテレビのチャンネルを変えてみる。
ドキュメントに、スポーツ番組、あ、クイズ番組もあるな……これにでもしようか。

「――――おや、シロウが先客ですか」

と、湯上りのセイバーが居間に入ってきた。濡れた髪に上気した頬は、何度見ても色っぽい。なるべくそれを意識しないように、うん、と頷いておく。
セイバーは俺の隣に腰を下ろすと、ちらちらと、俺の手元とテレビに視線を移す。興味はもっぱら、お茶請けの煎餅とテレビ番組らしい。

「……セイバーも食べるか?」
「――――はい、お風呂上りの一腹は格別ですね」

などと言いつつ、テーブルの上にある受け皿から煎餅を手に取り、ポリポリと咀嚼するセイバー。
セイバーにとって風呂上りのお菓子は、風呂上りの一杯の牛乳に通じるもののようだ。これが藤ねえなら、間違いなく冷えたビールをお好みだろう。
それはそうと、セイバーは煎餅をかじりながら、なおも落ち着かずソワソワとしている。流れている番組には興味を示さず、こっちを伺っているようだった。
その様子は、けっこう可愛らしいのだけど、あまりそのままにして置くと拗ねてしまうのも確かである。俺はさりげなくセイバーに話題を振った。

「セイバー、何か見たい番組でもあるのか?」
「あ、いえ、それは――――今はシロウが先客ですので、気にしないでください」

一応、我が家の居間にあるテレビは、使用者優先に、番組を変える権利を設けていた。もちろん、場合によっては先達者に交渉をして、チャンネルを変えることもある。
…………さて、口ではああ言っているが、どうやら図星のようだ。セイバーは顔に出やすいからな――――俺は苦笑し、リモコンをセイバーに差し出した。

「別にいいよ。とりわけ見たい番組は無かったし、セイバーが見たいものを決めてくれ」
「そうですか、それでは失礼して――――」

ほぅっ、と安心した表情で、セイバーはリモコンを受け取ると、プチプチとチャンネルを変えて――――そうして画面いっぱいに映ったのは、ペンギンだった。
どうやら、セイバーの見たかったのは、可愛らしい動物達の生態を捉えるドキュメント番組だったようだ。ちなみに、スポーツ番組もお好みである。
ナレーションに合わせ、ペンギンのよちよちと歩く姿に、瞳を輝かせるセイバー。しかし、ふと何かに気づいたように腰を上げかけた。

「ぁ――――そうでした、次の番の桜に、お風呂が開いた事を伝えないと……」

そこまで言って、動きを止めるセイバー。画面では、ペンギンの親子が戯れている様子が微笑ましげに流されている。
セイバーの表情に苦悶が浮かぶ。今、この場で見たい番組を見続けるべきか、ここは堪えて、桜を呼びにいくか――――悩んでしまっているようだ。
俺は苦笑して、立ち上がると、セイバーの肩にぽんと手を置いた。

「いいよ、どうせ暇なんだ。俺が桜に言ってくるよ。セイバーはくつろいでてくれ」
「――――ありがとう、シロウ。お言葉に甘えてよろしいでしょうか?」
「遠慮するなって、それより、夢中になって湯冷めするなよな」

微笑みながら、はい、と頷くセイバー。そうして、彼女の視線はテレビに映るペンギンへと戻る。
セイバーの邪魔をしないように、俺はそっと居間から出た。さて、桜のことだから、自室でくつろいでいるだろう。
んっ、と一つ伸びをして身体をほぐしてから……俺は桜の部屋に行くために、廊下を歩き出した――――。



洋室の並ぶ棟の一番奥にある、桜の部屋にたどり着いた。特にやることもないし、桜と少し話をしてみようか?
あ、でも、お風呂の順番が回ってきたって事は、そんな時間は無いかもな……そんなことを考えながら、俺はドアをノックしてみる。

しかし、予想に反して返事は無い。おかしいな、今日は確かに、家に泊まっていくって言ってたと思うけど……。
俺は、ドアノブに手をかけてみる。鍵は掛かっていなかった。そうして、開け放ったドアから部屋の中を覗き――――机に突っ伏している桜を見つけた。

「――――桜!?」

一瞬、肝が冷える。慌てて俺は、桜のもとに駆け寄ってみると――――

「すー、すー…………」
「桜…………って、寝てるだけか」

勉強道具を机の上に広げて、疲れたのか机に突っ伏して眠ってしまっている桜。手元のノートには、途中から文字だかなんだか分からないものが描かれていた。
そうだよな、桜も来年は受験だし、勉強をしておくに越したことは無いだろう。だけど、こんな状態で眠ってしまうなんて、疲れてるんだろうか?

「――――ま、そうだよなぁ……」

俺は思わず、歎息混じりに呟いてしまう。朝夕の食事や洗濯、加えて弓道部の部長をこなし、他にもいろいろな家事の雑用を受け持っているのだ。
疲れが溜まらないわけは無いよなぁ……桜は我慢強い性格だし、そういったことを口に出すタイプじゃないから、余計に溜まってしまうんだろう。
ともかく、このままにしては置けないな。まだ秋とはいえ、夜はそれなりに寒い。起こすのは忍びないし、肩に何か掛けてあげようか…………?

「ん…………ぅ…………?」
「あ、起きちゃったか、桜」

気配に気づいたのか、桜が身じろぎをしながら目を開ける。桜は一瞬、呆けたように俺を見ると――――、

「あ……れ、先輩――――ええっ!?」

慌てたように、ばばっ、と机からベッドの上へと飛びのいて、桜は慌てたように自分の身体をチェックし――――なぜか、残念そうな表情になった。
何でかよくは分からないが、とりあえず、声をかけておいたほうが良いだろう。

「あ〜……あのな、セイバーが風呂が開いたって言ってたから、桜に伝えに来たんだけど」
「そ、そうなんですか……あの、先輩――――いつから部屋に?」

おずおずと、桜はそんなことを聞いてくる。誤魔化してもしょうがないので、俺は正直に答えた。

「たった今、来たとこだよ。ドアをノックしても返事が無いから、様子を見ようと思ったら、桜が居眠りしてるのが見えてな」
「ぁ――――ぅ――――」

もじもじと、恥ずかしそうに身じろぎをする桜。やっぱり、桜本人は自分がいつ眠っていたのか自覚はないようだった。
やっぱり、あまり桜に無理を掛けられないよな……居眠りくらいなら良いが、風呂場で水没されたりしたら非常に困る。

「なぁ、もしかしなくても……疲れてるのか?」
「え? いえ、そんなことは無いですよ」

真顔で返答する桜。疲れてるのに自覚が無いのか、それとも本当に平気なのか判断がつけがたい。
まぁ、これは良い機会だし、ちょっと桜に提案でもしてみようか――――、

「あのな、もしよかったら、明日から桜の仕事の分、俺が代わりにやっとくけど」
「ぇ――――どうして、そんな事を言うんですか?」
「いや、桜はなんだかんだ言って疲れてるみたいだしさ、少しは羽を伸ばしたらどうかと、料理なら遠坂がいるし、力仕事ならセイバーが、他にも……」

良かれと思って言ってみたが、桜はというと、泣きそうな顔になってしまった。俺、何かまずい事言ったか……?
戸惑う俺に、桜は縋るような目を向けてきた。そんな目をされちゃ、それ以上、この話を言うわけにもいかなかった。

「――――まぁ、今のは冗談だ。もし本当にそうなったら、今度こそ俺が、過労死で死にかねない」
「そ、そうですよね。今の大所帯は、私と先輩じゃなきゃ捌ききれませんからっ」

俺の言葉に元気を取り戻したのか、桜はえっへん、と胸を張ってそんな事を言う。
どうやら桜にとっては、我が家の家事を行うのは日課になっているのだろう。正直、俺も家事をやるな、などといわれたら結構ショックだろうし。

「それはそれとして、本当に無理はするなよ。手伝える範囲なら、遠慮なく手を貸すから」
「ありがとうございます、でも。私はいまの生活が好きですから――――先輩に、こうして気に掛けてもらえるのは嬉しいですけど」

やんわりと笑顔を浮かべながら、桜はあくまでも頑固であった。さすがに姉妹だけあって、こういう所は遠坂と似ているな。

「先輩が大好きですから、へっちゃらです」
「あー、そうか……………………へ?」

いま何か、さらりと問題発言が聞こえたような気が――――、

「あ、いえ、違うんですっ! 先輩と一緒にお料理や洗濯をするのが大好きなのであって、別に深い意味は、無いことも無いような気がしないような――――」
「さ、桜…………?」

バタバタと、一人でコンフュってる桜。いや、メダパニってると言ったほうが良いか…………? どっちも一緒だけど。
大慌てでベッドの上で両手を振り回し慌てる桜。なんと言うか、普段見れない桜を見ることができて、それはそれで嬉しいけど……。

「あ、そうです、私っ、お風呂行ってきます。先輩はお構いなく、くつろいでいてくださいっ!」
「ぁ」

止める暇もなく、桜は電光石火の早業で扉から飛び出していってしまった。そして、桜の部屋に取り残される俺。
急に静まりかえった部屋で一つため息をつき、俺は桜のさっきの言葉を思い出す。

――――だいすきですから。

「……言われて、悪い気はしないよな」

なんとなく、むず痒い気分になり、俺は頬をポリポリと掻いた。さて、このまま部屋にいるわけにもいかないだろう。
女の子の部屋にずっといるのも、気分的に落ち着かないし、こんな状況を誰かに見られたら、いろいろと厄介事になりそうなきがする。

「行くとするかな……」

落ち着いた風情の部屋に後ろ髪を引かれながらも、俺はそそくさと、桜の部屋を退散したのである。
さて、気分を落ち着かせるために、土蔵に籠もって日々の日課を済ませるとしようか――――。