〜Fate Hollow Early Days〜
〜海の聖女〜
船の無い港、寂れた波止場に佇む、灯台が一つ。その傍らに――――見知った少女の姿があった。
潮を含んだ混じりの風に、髪を揺らして、イリヤは何をするでもなく、海を見つめている。
――――なんだろう、その姿はどこか哀しく、声をかけるのが躊躇われるものだった。
それは、ひどく歪な風刺、最もこの世界を夢見たのは誰であったか、時の風車は廻り続ける。
少女は、どこまでも悲しみを含んだ瞳で、海より彼方、そこから先は何も無い海の果てへと思いを馳せているようだった。
海の聖女、男達を魅了してやまないとされる、彼の女性も、時にはこうして一人、物思いに耽っていたのかもしれない。
「ローレライ……か」
「――――あれ、シロウ。どうしたの、こんな所で」
ポツリと呟いたのが、きっかけだったのだろうか……一人、波止場で海を眺めていたイリヤは、俺に気づき、微笑む。
――――なんとなく、彼女はここにいては、いけない気がした。
ここは、過去を見返し、自らと向き合う場所。若々しい草花には、ここの空気は冷たすぎる。
「ん、いや――――特にやることも無かったからぶらぶらと……なんとなくここに、な」
「そう、奇遇ね。私も特に理由はないわ。でも、シロウに会えたのなら、ここもまんざら、悪い場所じゃなくなったかも」
冗談めかした口調で、イリヤは愉しげに笑う。それは、まどろみの中で赤子が微笑むような無垢な笑み。
不意に、胸が締め付けられるような、切ない気持ちが胸を満たした。理由も無く、イリヤが見せる微笑が、とてもかけがえの無いものに感じたのだ。
「あ――――……それじゃあ、暇人どうし、これからどこか出かけるか? まだ日は高いし、新都の街中を散歩するくらいならできるだろ」
「え、いいの? やったー、シロウとデートねっ!」
とたん、ぱぁっと顔を輝かせるイリヤ。うん、やっぱりイリヤには、この笑顔が一番だ。だからこそ、張り切りがいがあるのである。
イリヤは待ちきれないという風に、港の外へと駆け去っていく。俺はほっとして、灯台を見上げる。
幾多の出会いと別れ、邂逅を見つめている灯台は……相も変わらず、無機質の塊として、そこに在ったのである。
「ほら、シロウ、早く早く――――!」
「ああ、分かったよ、イリヤ」
急かすイリヤに笑いながら、俺は……その場を立ち去ることにした。
海の聖女の歌声は、もうこの場には響かない。次にくるときは、新たな出会いが繰り返されるだろう。