〜Fate Hollow Early Days〜 

〜リズのおつかい〜



午前中の時間帯、ふと新都まで足を伸ばしてみた俺は、さしたる目的も無く街中をぶらついていた。
新都一の大型デパートである、ヴェルデに足を運んでみる。朝の時期、人も疎らなデパートのフロアに一人、どこかで見知ったようなメイドの姿があった。

「あ、シロウだ」
「誰かと思ったら、リズじゃないか、こんな所で何してるんだ?」

こっちの姿を見つけ、トテトテと駆け寄ってくるリズ。チラッと周囲に視線を向けるが、とりわけリズを注視している人はいなかった。
ま、当然といえば当然か。人避けの魔術が掛かっているらしいし、ここは新都、雑多な人々の中には、リズやセラのように毛色の変わった人も多い。

「買い物」
「いや、デパートに来てるんだから、買い物するのは当然なんだが……」

どこと無くピントのずれた応答に苦笑しながら、俺はリズの手元を覗き込む。リズの手に抱えていたのは、ここの地下食品コーナーに売っている大判焼きの袋。
そっけない紙袋にパンパンに、大判焼きが詰め込まれているようだった。俺の視線に気づいたのか、リズは紙袋ごと、手を差し出してくる。

「大判焼き、シロウ、たべる?」
「いや、頂けるならもらうけど、いいのか?」
「幸せのおすそ分け」

そう言うと、リズは一つ大判焼きを取り出すと、器用に紙袋を小脇に抱えながら、両手で大判焼きを二つに割る。
そうして、片方を俺に手渡してきた。早速かぶりついてみる。あっさりとした餡子に、ほのかな甘みの生地の口当たりが心地よい。

「おいしい」
「ああ、うまいな」

半分こした、もう片方を食べていたリズは、紙袋から次の大判焼きを取り出すと、こっちをじっと見つめている。
どうやら、俺が満足するまで、大判焼きの半分こをするつもりらしい。俺は苦笑し、首を振った。

「いや、俺はもういいよ。後はリズが食べちゃってくれ」
「…………そう」

相変わらず、そっけなく頷くリズ。とはいえ、その表情は、何となく寂しそうだったりしたのだが。
結局、リズは大判焼きを一人では食べず、紙袋にしまいなおした。後でお城で、イリヤやセラと食べるのかもしれない。



「そういえば、リズは一人で新都まで来たのか?」
「ん」

俺の言葉に、こくりと頷くリズ。どうやら今日は、一人でこちらまでお出かけしていたようだ。
珍しいといえば珍しい。時折、マウント深山商店街で顔を会わせる事もあったが、こちらでの出会いは初めてだったはずだ。

「こっちには、知らない食べ物が、たくさんあるから」
「ああ、たしかに――――商店街じゃ売ってないものも結構あるよな。お菓子ならクレープとか、あと、お惣菜関係もこっちのほうが充実してるし」

とはいえ、毎度毎度、バスに乗って新都まで買い物に行くというのも手間がかかるし、結局は、深山商店街に落ち着くことになるのだけれど。
そんな事を考えていると、リズは懐から何やら紙片を取り出して、にらめっこしている。

「――――どうしたんだ?」
「買い物のつづき、しないと……セラ、怒る」

ああ、まだ買い物の途中だったのか。大判焼きはどうやらついでのようで、リズにはまだまだ、買わなければいけないものがあるようだ。
ん〜、と考え込んでいるリズ。俺は手元をのぞきこんで見る。そこには流暢な――――というか、ミミズがのたくったような字がびっしり書いてある。

「……何かの暗号文?」
「ううん、セラが書いてくれた、買い物表」

どうやらリズには、メモの内容が読み取れるようだった。しかし、こんな文字なのに、よく読めるよなぁ……以心伝心というやつだろうか?
そんな事を考えている間、リズは紙片に目を通しながら、周囲をきょろきょろと見渡し、何かを探しているようだった。

「シロウ、整髪料って、わかる?」
「ん? ひょっとしてリズ、どこに整髪料が売ってるのか分からないのか」
「この建物、何か、変だから。お城と違って、迷いそう」

俺が聞くと、そんな風に返答するリズ。確かに、初めて来る人にとっては、デパートは迷路みたいにも思えるだろう。
雑多な商品が溢れ、各階に所狭しと商品が並んでいる。そんな中で、お目当ての商品を探し出すのは、慣れている人にとっても大変そうだ。
従業員の人とかに聞けば、ある程度は分かるけど……初めてデパートを訪れたとき、そういう発想に、すぐに行き当たる人間は、そういないだろう。

「よし、じゃあ俺が案内するよ。ついでだから、荷物も持つからさ」
「――――、いいの?」
「ああ、構わないよ。別に暇だったし……とりあえず順番に回ってみるとしますか。リズはどんな商品が必要か、通訳してくれ」

そう言うと、俺はリズの手を引いて歩き出した。さて、まずはどこから手をつけようか……。
緊張感もなく、ほのぼのとした雰囲気は――――なんとなく、子供の買い物の付き添いをやっているような気分である。
最上階から地下の食品コーナーまで一通り、あちらへこちらへと、俺達はヴェルデの中を歩き回って買い物に精を出したのであった。



それからしばらくして、買い物が一段落し……俺とリズは両手一杯の荷物を持ってヴェルデの外に出た。
結局、俺一人では荷物を全部持ちきれず、仕方無しにリズにも持ってもらうことにしたのである。

「ふぅ……それにしても、一人で買い物する分には――――大変じゃないか、これ?」

両手に掛かる重みに辟易しながら、俺はリズに問いただしてみる。俺の持っている分もかなりの量だが、リズも負けず劣らず大荷物である。
普段はめったに町に出ないで城に籠もっている分、こういった買い物のときは、大変だろう。

「ううん、なれてるから」

しかし、リズはというと、何を言っているのか、という風に、キョトンとした顔を俺に見せながら、小首をかしげる。
両手に下げた荷物の重さなど、まるで苦にしていない。意外にも、リズはかなりの力持ちのようだ。

「しかし、食料品はともかく、市販のシャンプーに、化粧品か……こういうの、イリヤが使うとは思えないし……リズ達が使うのか?」
「使うのは、セラがほとんど。セラ、こういうのすきだから」

先導するようにブンブンと腕を振り、歩くリズ。幸い、荷物の中で壊れやすいものは。俺が持っていたため……さしたる心配は感じない。
街中を闊歩する、リズの後について歩きながら、どこに向かうのかと思っていると――――街中の一角、月極駐車場にリズは入っていった。

「この車。シロウ、荷物、入れちゃって」
「あ、ああ」

リズが指し示したのは、いつか小耳に挟んだメルセデス・ベンツェ300SLである。なんと言うか、やはり傍から見ると威厳すら感じる車だ。
しかし、リズはというと……そんなことにはお構いなく、ポンポンと車内に物を放りこんでいる。
あまり、そういった事に頓着しないイリヤならともかく、セラがこの光景を見たら、間違いなく卒倒しているだろう。

「――――ふぅ、これで全部だな。それじゃあ俺は行くから、リズも気をつけて帰るんだぞ」

そんなこんなで、俺もリズに協力し、荷物を車に詰め込んだ。一段落して時計を見ると、まだ昼過ぎにもなっていない。
さて、時間つぶしもできたことだし、そろそろ家に戻ることにしようか――――。

「うん、ダンケ……ありがと、シロウ」

お礼を言うリズに手を振り、俺は深山町へ戻るため、バスターミナルに向かうことにした。
その途中、歩く俺の傍らを滑らかな動きで、リズの運転する車が走り抜けていくのが見えた。

「あ、そういえば――――どうせ行くのは同じ方向だし、乗せてってもらえばよかったんだよな」

今更ながらそのことに気づき、ちょっと失敗だったかなぁと思ってしまった。
ま、いいか。車内は物だらけで座る場所を探すのも大変だったし、もし機会があったら、今度は乗せてもらうことにしよう。