〜Fate Hollow Early Days〜 

〜奇襲・お嬢様ダイブっ〜



「ん…………」

もぞもぞと、布団の中で身体を動かす。今日は早秋にしては、まだ夏の日差しが生きているような暖かい朝だった。
いや、夏の日というよりも、これくらいが秋の朝なんだろう。ここ最近は何かごたごたしているせいか、夏か秋か冬か、分からない気候になるときがある。
それでも、春が来ないというのは、何か意図的な物を感じないでもないけど…………。

「あー…………」

布団の中で寝返りを打つ。日々の疲れがたまっているのか、身体はなかなか言うことを聞いてくれない。
まだ頭の配線が繋がっていないのか、起きようとする頭とは裏腹に、身体の末端はしびれたように動かない。
といっても、このまま寝てるわけにはいかないんだが――――。
そんなことを考えていると、ととと……と、廊下を走ってくる音が聞こえてくる。どうやらこっちに近づいてくるようだ、と思ったそのときには、それは襖をガッと開けると――――、

「おはよう、お兄ちゃん!」
「ぐはっ!?」

どすっ、と俺の布団にダイブしてくる影一つ。思わず反射的に、腹筋に力を入れていて助かった。まともに受けたら、都合何日かは鈍痛に悩まされたことだろう。
何はともあれ、このような起こし方をするのは、俺の知り合いの中ではただ一人である。俺は文句の一つでも言おうかと、上半身を起こした。

「こらっ、朝から何するんだよ、イリ…………ヤ――――?」
「…………」

しかし、そこで言葉は止まる。俺の布団に半ば倒れこむように覆いかぶさり、俺を覗き込んでいるのは黄金の髪、翡翠色の瞳…………セイバーだったのである。
呼吸が止まる。普段ありえない光景が目の前に展開されているからか、脳髄は一片たりとも命令を運ばない。いや、命令をすることすら思い浮かばなかった。
そんな俺の様子をじっと見詰めていたセイバーだったが、しばらくして気まずそうに視線を逸らすと、布団から離れた。

「――――すまない、シロウ。今のことは忘れてほしい。ええ、是が非でも」
「え、え…………って、ちょっとまてっ!」

言うだけ言って、部屋から出て行ってしまったセイバー。俺は着替えるのも、もどかしくて――――布団から飛び起きると、廊下に飛び出した。



「あ、起きたみたいね。おはよー、シロウっ」
「おはようございます、士郎」
「…………」

幸い、セイバーは部屋の前の廊下にいた。何の間違いか冗談か、イリヤとライダーも一緒である。ということは、さっきの事も見られたんだろうか。
聞くのも怖い気がしたが、聞かないでいるのも後々問題になりそうだったので、俺はセイバーに話を振ってみる。

「セイバー、さっきのは、その――――」
「……聞かないでほしい、いくら実践不足とはいえ、イリヤスフィールの意見に耳を傾けた私が、愚かだったのです」

ふっ、とやさぐれた雰囲気でため息をつくセイバー。自分の名前が出たイリヤはというと、あれ? という表情で目をぱちくりさせる。

「でも、こうしてちゃんとシロウは起きたじゃないの。効果はちゃんとあったと思うけど」
「――――ええ、起きましたとも。ですが、貴方の言うように、甘ったるい不思議空間(スイート・スイート・スポット)とやらは発生しませんでしたが」
「そのようですね。そのような固有結界が起こるとはどうしても思えなかったのですが……何かしらの要因があるのでしょうか?」

セイバーの後に続き、疑問の声を上げるライダー。こちらは何か別の期待をしていたかのようだった。
しかし、どういう取り合わせなんだろうか、これは。朝っぱらから異様過ぎる組み合わせである。

「なぁ、それで3人ともこんな所で顔をつき合わせて何をやってるんだ?」

「え? 私はお兄ちゃんを起こしに来ただけだけど」
「居間に行ったのですが、シロウの姿が見えなかったので、様子を見に来たのですが」
「私はサクラに頼まれて、士郎を起こしに来ました。サクラは朝食の用意をしてくれています」

俺の質問に、三者三様の答え。どうやら経緯は違えども、みんな俺を起こしに来てくれたらしい。
果報者といえば、そうかもしれないが…………それがどうしたら、ああなるんだろうか?
俺に覆いかぶさるセイバーの姿を思い起こし、気恥ずかしいような、むず痒いような気分になった。

「で、せっかくだから――――いつもとは違う起こし方をしてみようと思ったの」
「――――……」

邪気の無い顔で笑うイリヤと、気まずそうなセイバー。なるほど、イリヤが監督、セイバーが主演俳優といったところか。

「しかし、起きてしまったのは残念ですね。次は私が、イリヤスフィールの提案する方法を試してみようと思ったのですが」
「――――勘弁してくれ」

微笑むライダーに、俺は、げんなりした。セイパーだから良かったものの、ライダーが圧し掛かってきたら、体格差で潰されかねない。
いや、それ以上に朝からそんなことをされては、石化どころか心臓が止まりかねないぞ――――。

「ま、ともかく……三人とも、おはよう」

気を取り直して、挨拶を返すと、それぞれ穏やかに微笑んでくれた。明け方の幕間劇は、こうして慎ましやかに幕を閉じたのである。

「さ、それじゃあ朝飯の準備をしないとな。桜を待たせるのも悪いし、行くか」
「――――そうですね。行きましょう、シロウ」

歩き出す俺と、その横について一緒にセイバーが歩く。そんな俺の背後から――――、

「今度は、リンも誘ってみようかしら」
「おや、面白そうですね。それでは私は、サクラに誘いをかけてみましょう」

などと不穏な声が聞こえていたのだが、俺は聞こえない振りをして、速やかにその場を立ち去ったのである。
願わくば、明け方から遠坂と桜がそろって、俺の布団にダイブして来るような日が来ませんように――――。