〜Fate Hollow Early Days〜
〜サイコロのゆくえ〜
廊下を歩いていると、何かが足に当たり、転がった。それはコロコロと軽い音を立てて少し転がると、ぴたっと止まる。
おそらく誰でも、一度は見たことのある六面体のそれを指でつまみ、持ち上げた。
「サイコロ? 何でこんなところに……」
赤いプラスチックに白いシールが張られている、おもちゃのサイコロは、当然何も答えることはない。
ゴミと言うわけでもないけど、こういうものって使い道に困るんだよなぁ…………。
ともあれ、ここでこうしていてもしょうがない。俺はサイコロをズボンのポケットにしまうと、その場から離れた。
「あっれぇ、おかしいなぁ……イリヤちゃん、見つかった?」
「ううん、やっぱりどこにも無いわよ」
居間に顔を出すと、なにやら妙なものをテーブルの上に出して、藤ねえとイリヤが四つんばいになって畳の上をうろうろと動いている。
居間にはもう一人、セイバーが我関せずといった風に、お茶をすすりながら茶菓子を食べているのが見えた。
「藤ねえ、何やってるんだ、イリヤも」
「あ、士郎。いいところに来たわね。ねぇ、どこかでサイコロ見なかった?」
「――――サイコロ?」
うん、と頷くと、藤ねえはテーブルの上を指し示す。改めてテーブルの上を見ると、そこには――――妙なものが鎮座していた。
なになに……『サイコロ珍道中』??? すごろくの類なんだろう。平たく言うと、和風人○ゲームってところか。
「何でこんなものがあるんだよ」
「遊ぶために決まってるじゃない。イリヤちゃんが、土蔵の中で見つけてきたのよ」
ねー、と頷きあう藤ねえとイリヤ。察するに、藤ねえが年がら年中投棄しているガラクタの一つなんだろう。
包装されていた箱のほうは、埃のついたまま部屋の隅にうっちゃられていたが、幸い、中のほうには被害は及んでなかったようだった。
「遊ぶのにサイコロが必要なんだけど、三つあるはずが、二つしかないのよ」
「イリヤ、土蔵はけっこうゴチャゴチャしてるから、一人で物を漁るのは程々にな……それはそうと」
俺はポケットからサイコロを取り出す。俺の手元を見て、二人はがばっと起き上がった。
「あれ? そのサイコロ……どこにあったの?」
「さっき、廊下で拾ったんだよ。たぶん、箱が古いから、どこか隙間からこぼれたんだと思うけど」
「そっか。よし、これで遊べるわね。イリヤちゃん、早速やってみましょう」
「おー! シロウとセイバーも参加するでしょ?」
嬉々として、席に着く二人。セイバーはというと、キョトンとした表情でイリヤを見つめ返した。
「私も、ですか?」
「ええ、こういう娯楽も得てして新鮮なものだし、貴方も興味はあるでしょ?」
「――――はぁ」
どうも今ひとつ、興味の沸かなそうなセイバー。藤ねえは早々とスタート地点に四つの駒を置いて俺を手招きしている。
「さ、士郎も席について。そうだ、今夜のおかずを一品、一位の人にビリの人から献上ってのはどう?」
「面白い、受けてたちましょう」
あ、セイバーがやる気満々になってしまった。すでに戦闘態勢のように――――って、変わってる――――!?
「お、セイバーちゃん本気ね。鎧姿の本気モードと見た。士郎も早く来なさい。はじめるわよ――――」
どうやら、俺に拒否権は無いらしい。しょうがない、たまにはこういうのも良いだろう。
俺は苦笑しつつ、テーブルにつく。かくして第一回、衛宮家おかず争奪戦が始まったのであった――――。
――――そうして、しばらくの時間が経過し、勝負は終盤戦にもつれ込んでいた。
現状、すでにゴールを決めたのは二人――――……セイバーとイリヤの順である。
セイバーは、サイコロ運に恵まれて、終始トップをキープ。安定した強さでトップを維持していく。
それに食い下がったのはイリヤ。各マスのイベントを駆使し、一気に走破数を伸ばし、セイバーに迫る!
しかし、それも後一歩及ばず、鼻の差でセイバーが先にゴールしたのである。
「――――よし!」
「ちぇっ」
ぐっ、と拳を握り締めるセイバー。イリヤはというと、後一歩のところで勝てなかったのをしきりに悔しがっていたが。
そんなわけで、残ったのは藤ねえと俺である。爆走するお嬢様二人とは対照的に、残った二人の進み具合は遅々たるものだった。
俺はというと、サイコロ運にことごとく恵まれず毎回1マス、2マスしか進めないでいた。
藤ねえはというと、出目こそ普通に出るものの、止まったマスがトラブルばかりで、思いっきり進んだり、激しく戻されたりと、藤ねえらしい波乱万丈ぶりであった。
とはいえ、牛歩の俺と比べるわけも無く。藤ねえはそろそろゴールしそうである。俺はというと、位置的にまだ中程、逆点は無理そうだった。
「ふっふっふっ……セイバーちゃんとイリヤちゃんには負けちゃったけど、ビリは士郎みたいね」
「――――」
「まだ分かんないぞ。セイバーもすまなそうな顔をするなよ。これも勝負なんだしさ」
俺が声をかけると、セイバーは、それもそうですねと頷き、相瞳を閉じた。どうやら今日の晩御飯に思いをはせてるらしい。
イリヤはゴールして暇なのか、俺の隣に座って観戦モードに入っている。
「ふっふっふっ、覚悟するのだ、士郎。人生の先輩の力を思い知れ――――!」
藤ねえの駒が進む。ゴール目前に駒が止まり、イベント札の山から一枚を引く。それを見て、藤ねえは満面の笑みを浮かべた。
「よし、スペシャルイベント――――! サイコロを3つ振って、ぞろ目が出なかったら上がりね!」
「む」
まずい、これで藤ねえの勝ちは決定的か。ゴール目前でそんなカードを引く藤ねえの運もどうかと思うけど。
やおら藤ねえは気合を入れると、えいやっとサイコロを転がす。運命のサイコロは、盤上をコロコロと転がり――――、
「「「あ」」」
俺とイリヤと藤ねえの声が重なる。止まったサイコロは3つとも1が上を向いている。つまりは一ゾロである。
「なんなのよぅ、せっかくいけると思ったのになー。ま、別に失敗したところで痛くも痒くもないんだけどねー」
あはははは、と余裕の笑みを上げる藤ねえ。と、イベントのカードを見ていたイリヤが驚いたように声を上げた。
「あ、タイガ。ここに注意書きが書いてあるわよ『ただし、1のぞろ目が出たときは、最下位の人がゴールしちゃうんですよ〜〜残念☆』」
「え」
藤ねえが硬直する。イリヤの手に持ったカードを見ると、確かにそこには小さな字で、そんなことが書いてあった。
しかし、最下位と言っても、場には俺と藤ねえしか駒が無かった。、
「あー……悪いな、藤ねえ。勝負の世界は非常って事で」
ぽん、と俺は駒をゴールまで一気に移動する。ルールなのでしょうがないが、藤ねえに悪いことをしたような気がしないでもない。
何はともあれ、こうして第一回、衛宮家おかず争奪戦は幕を閉じたのであった――――。
「なっとくいかーん!こんどはチンチロで勝負よ、みんな!」
――――ヒートアップする藤ねえの絶叫が響き渡ったのは、その数秒後のことであった。南無。