〜Fate Hollow Early Days〜 

〜プロローグ〜



伽藍が組みあがる。完成間近の美しい伽藍。宝石のごとく宙に浮くそれは、九分九厘完成している。
組みあがったそれは、二度と砕かれることはない。完成を待つ、美しい泡沫の螺旋。
明確な闇を照らす、至宝の宝玉……どこまでもそれは、美しい彩をしてその存在を知らしめていた。

伽藍を見上げる。もはや綻びは数少なく、それが埋まるのも時間の問題と言えた。
遠い日々は色あせ、太陽は地に落ちる。美しい存在はそのままに、虚構を狂繰る(くるくる)と巡り続ける。
埋まったものは、元には戻せない。いかな方法をもってしても、覆った水は盆に帰らないように――――。

その美しい光景を見上げる瞳が一つ……二つで一対ではない、ただ単一の瞳。
それは、涙を流すこともない瞳。何ものも映さず、何ものにも囚われぬ無垢な瞳。

まるで、夜空に浮かぶ月を見上げるように、瞳は虚空を見上げ続ける。胸に飛来する思いは酷く混濁したもの。
それは、サーカスのクライマックスが近づき、映画のテロップが流れ、野球の最終回を迎えたような、そんな感覚。

「――――だけど」

まだ、終わらない。ようやく覚えた言葉を口にして、それは思いをめぐらす。
隙間は埋まり続ける。用意された可能性の数は、限度がある。幾万と、幾億と繰り返せば、用意された料理など、あっという間に平らげてしまう。

だから、それは一つのことに思い当たった。それは、とても簡単で、誰でも思いつくものだった。
ゆえに、盲点。美しい伽藍に満ちたこの世界――――数多ある夜空と、白と黒の月光が降り注ぐ螺旋の世界で……唐突に、それは発生した――――。




ちゅん、ちゅん、……ち、ち

「ん……んん…………」

埃っぽい空気に眉をしかめ、俺は身を起こす。周囲には見慣れた光景。ガラクタとガラクタにもなっていないもので溢れかえった土蔵。
……どうやら、またやってしまったらしい。故障品の修理をしながら、気が向いたら横になってしまったのがいけなかったのだろうか。

昨夜は――――何をやってたんだっけ?

「――――そうそう、夜中に町を巡回してきたけど、寝付けなくて……それで土蔵にこもったんだっけか」

自分でそこまで言って、はて、と首をかしげる。どうして俺は、夜中に町を見回ってたんだろうか。
…………徘徊癖があるわけではないから、きっと何か理由があってのことだろう。しかし、それが一向に思い出せないのだ。

「――――ま、重要なことならそのうち思い出すだろ。それより、今、何時だ?」

寝ぼけ眼で周囲を見渡す。朝の鮮烈な空気が身を撫でる。初秋の朝は、夏のときと違い、身を清めるような清々しさに満ちている。
外は、まだわずかに暗い。遅めの太陽が放つ陽光が、ゆっくりと緩慢に、しかし確実に朝の陽気と熱を地上に分け与えていた。

なんとなくではあるが、おそらくは――――いつも起きるくらいの時間だろう。
自分の体内時計が正確かどうかは分からないが、もし合っているとするなら、そろそろ起きたほうが良いだろう。
我が家には朝から食欲旺盛な相手が、たくさん居るのだ。厨房を預かる身としては、腕の振るいがいがある。それに桜に迷惑をかけるわけにも行かないし。

「んっ……」

一つ伸びをして、俺は立ち上がる。無理な体勢で寝てたせいか、身体の節々がぎこちなく音を立てた。
さて、顔を洗ってさっぱりしたら……朝食の支度に取り掛かるとしよう――――。