〜Fate GoldenMoon〜 

〜死闘・終結〜



「投影、開始――――」

言葉と共に、光に包まれる。身体を焼こうとする灼熱の光線――――それが触れる寸前、それ以上の光が、俺達を包み込んだ。
いや、包み込むと言うのは、正しい表現ではないだろう。生み出した鞘より、それは世界に浸透し、剣の丘を白く照らし出した。

理想郷――――それはもはやこの世にはなく、それでも誰もが知っている。
包まれた光は、身体の奥底に眠っていた記憶を思い起こす。幼い頃、抱き上げられた腕の温かさ、あの時、抱きついてきた少女の腕の温もり――――。

その光の先――――衛宮士郎の目指した理想が有るかは分からない。それでも、彼女の目指した理想が間違ってはいないと、心底そう思った。
だからこそ、アイツも躊躇いもなくこれを使ったのだろう。

誰しもが望んだ理想――――全てのものに幸いを、全てのものに祝福を……これはそんな願いの、一つの具現。
気がつくと、手に持った鞘は消え、俺達は剣の丘へと戻っていた。そうして、戻った視界の先、悠然と立つ赤い騎士の姿があった。

まるで、誘うかのように笑う、その男。それで、全ての腹が決まった。



「ジャネット、頼みがある」
「――――……」
「ジャネット!」

傍らで、呆然と虚空を見つめるジャネットの肩に手を触れると、彼女はビクッとした様子で、俺の方を驚いた表情で見つめてきた。
それは、いつもの気丈な様子ではない。聖乙女と呼ばれるより前の、彼女の素顔なのだろう。
彼女は、何かを懐かしむように二度、唇を動かし――――、そうして、ため息を一つついた後は、いつもの彼女の顔に戻っていた。

「何だ、藪から棒に」
「ああ、このままじゃ埒が明かない。アイツと直に決着をつけるために、ジャネットの力を借りたい」

俺の言葉に、ジャネットは数度、瞬きをして、不服そうに眉をしかめた。

「私に露払いをしろ、と言うのか? 確かに、この状況では、余力を残すのは私達くらいだろうけど」

乖離剣によって、ある程度数を減らされたとはいえ、魔剣の騎士は、時を経るごとに、またも数を増やし続ける。
圧力が軽くなったとはいえ、バーサーカーもライダーも、その対応で精一杯の状況であった。

「それで、接近戦になって、お前はあの男に勝てるのか、士郎?」
「さあな、そこまで考えていない」

掛けられた疑問に、俺は正直にそう答えた。もとより、勝ち目や勝ち分など、計算した事がない。
だって、自分が有利になるような戦いなど、出来ようはずがないのだ。できるのはただ一つ、命を掛けてその理に抗う事。

「それでも、やらなきゃならないんだ。誰かがやらなきゃ、たくさんの命が失われる。だったら、その役は俺が引き受けたい」
「誰かが――――か」

思うところがあるのか、ジャネットはどこか、納得したように頷いた。
肩に置いた俺の手に、自らの手を添えると、彼女は静かに、聖女のように厳かに俺の手に口付けをした。

「従おう、人々の為、汝に神の加護があらんことを」
「――――ああ、頼む、ジャネット」

頷きあい、立ち上がる。互いに手を取るようなことはしない、それでも、この時、互いの思いは通っているのだと、不思議にそう思えた。
その時、ザッという足音と共に、俺達の後ろに歩み寄った影がある。振り向くとそこには、俺の英霊である、英雄王の姿があった。

「その策、我も参加させてもらおう」
「ギルガメッシュ――――大丈夫なのか?」

俺の問いに、ギルガメッシュは不満そうに、だが仕方ないという風に肩をすくめた。

「是非もないだろう。あの偽者め……我の宝具を、苦もなく防ぐ技を持っているのだ。加えて力を反射するとあっては、違う策を講じるしかあるまいて」
「……参加するのはいいが、背後から打ち抜かれるのは、勘弁願いたいものですね」

ギルガメッシュが信用できないのか、どこか警戒した様子で睨むジャネット。しかし、ギルガメッシュはそんな態度に気分を害した様子もなく、快く笑みを浮かべた。

「さて、その様な事をした覚えはないが、先ほどの一撃を気にしているのか? 取り繕ってはいるが、怒りの地金が見え隠れしているぞ?」
「――――!」
「よせ、ジャネット。ギルガメッシュも、ジャネットをからかうなよな。冗談が通じる相手じゃないんだから」

ギルガメッシュに食って掛かろうとするジャネットの両肩に手を置いて押さえ、俺は英雄王にため息交じりに忠告する。
分かっているのかいないのか、ギルガメッシュは相変わらず、余裕綽々と言った感じで肩をすくめたのであった。



「いくぞ、二人とも」
「ええ」
「うむ」

俺の言葉に、二人は互いに武器を構える。ジャネットはその象徴である聖剣を、ギルガメッシュはその手に太陽剣(グラム)を持つ。
俺は、自らの手に持つ武器を思い起こした。脳裏に浮かぶは、一振りの剣。

物質の基礎粒子を解明し、そこにまつわる骨子を組成し、汲み上げる材質を再現する。
剣を生み出した者の意思を汲みあげ、使い手の思いに感応し、細部に至るまで、完全に再現した。
それは、鞘から離れた一振りの剣。名の象徴のように、求めるべき勝利を求め――――俺はその剣を生み出した。

勝利すべき黄金の剣(カリバーン)は、この場の特性か、投影の呪を紡ぐ必要もなく、その手に握られた。
背に僅かな熱を感じるのは、身に余る剣を生み出した代償か――――それでも、その剣は俺の手にしっくりとなじんだ。

剣を手に持ち、俺達は駆ける。目指すは、世界の中心に立つ、赤い騎士。
俺達が近寄る事で、危険性を感じ取ったのだろう。剣の騎士達は、その半数が矛先を俺達に向け、飲み込もうと複数の騎士が向かってきた。



「はっ!」
「下郎が、我に刃向かおうなど、奢りも甚だしい!」

二つの騎士が剣の舞を見せる。華麗に両手に剣を持ち、舞踏を踏むように剣を切り裂くのは聖乙女、ジャネット。
利き腕に燦然と輝く太陽剣を持ち、荒々しく騎士達を相手にするは、黄金の王、ギルガメッシュ。

迫り来る無数の剣に対し、二人の剣士は圧倒的な強さを見せた。
それは、剣の差か、使い手の技量の差か、純白の女騎士と、古代の英雄王は息も一致するかのように、亡霊の壁を蹴散らしていく。

離れていたアーチャーまで、あと少し――――いける、と思ったとき、頭上が翳った。
いつの間に展開していたのか、俺達の頭上には無数の刀剣。魔剣を呼び出すのを止め、アーチャーの生み出したそれは、遥か頭上より、悉く俺達に狙いをつけている。

そして、それに気づいたのと、ほぼ同時――――降り荒ぶ豪雨のように、刃が俺達に殺到する――――!

「ギルガメッシュ!」
「舐めるな、これしきの事!」

言葉と共に、ギルガメッシュの周囲に即座に無数の武具が浮かぶ。しかし、間に合うか――――、

「飛ぶぞ、捕まれ!」
「なっ!?」

その時、抱きつくようにジャネットが俺の身体に腕を回し、思い切って跳躍をする!
着地を制御する事も出来ず、地面に叩きつけられる、俺とジャネット。耳朶には無数の武器がぶつかり合う、轟音が響いてきた。

「ギルガメッシュ!」
「振り向くな!」

立ち上がり、ギルガメッシュの方を向こうとしたその視界を、ジャネットが遮った。
純白の鎧は土に汚れ、その身体には幾つもの傷跡がある。それでも、ジャネットのその姿は神々しいとさえ思った。

「前に進むのだろう、ならば、私達の思いを無駄にするな!」
「――――」

にらみ合うように、俺とジャネットは互いに見つめあい――――剣を振るう!
俺達の周囲に群がってきた騎士達を、その剣を持って、悉く蹴散らす!

「いけっ、ここは私が引き受けた!」

ジャネットの言葉を背に受け、俺は駆ける。
群がる騎士達を無視し、ただただ、視線の先に見える赤い騎士を目指して掛け続ける。

あと少し、もう少しでアーチャーに肉薄しようかというその時、一つの騎士が目の前に立ちふさがった。

「邪魔だ、どけえっ!」

右手に持った、カリバーンを振るう。背中に、焼きごてを押し付けられたような痛みと共に、刃は剣を粉砕し、騎士の亡霊すら粉塵へとせしめた。
アーチャーの周囲には何者の護りもない。あるのは無数につきたった剣の墓標――――、一振りの剣をその手に持って、アーチャーは俺を迎え撃つ!

「アーチャーぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「はあっ!」

躊躇もなにもない、全力の一撃は、アーチャーの振る、同じカリバーンによって防がれた。
背骨に痛みが走る――――皮膚が焼かれ、黒こげるような感覚を受けると共に、背から腕へ、脳へと痛みが感染していく。

「ぐ、うっ……」
「無茶をする。いかにこの世界といえど、王の剣を呼ぶにはお前は早熟なのだ、衛宮士郎。このままでは、自滅するぞ。剣なら、いくらでもあるだろうに」

アーチャーの言葉通り、地には無数の剣が立っている。しかし、それを使うわけには行かない。
幾ら名剣の類といえど、俺にはその剣の完全な使用法は、理解できていないのだ。他の剣を使えばアーチャーも同じ剣を使用し、力の差は決定的になる。

剣合は尚も続く。十合、二十合と打ち合うたび、背は焼かれ、脳は痛みを訴える。
このままでは勝てない――――しかし、折れるわけには行かない。たとえ身体が砕けようと、思いまで負けるわけにはいかなかった。

彼女を思う、彼女の剣を思う。自分に彼女ほどの技能があれば、いや、そんなものは望まない、だって俺は、彼女の――――、



「う、あぁぁ――――――――っ!」

全魔力を手に集中し、アーチャーに剣を持った右手を振り下ろす! かわされれば、それまでの、思いを込めた一撃を、アーチャーは真っ向から受け止めた!
火花が散る。全体重を掛けて打ち下ろす一撃を、地に踏ん張って耐えるアーチャー。そして、その力が流れる。

受け流された刃は空を切り、俺は体制を崩し、そのままの勢いで、アーチャーの前に無防備な背中をさらす。
剣が振り上げられる。俺に止めを差そうと両手で剣を持ち、万感の思いでそれを振るおうとするアーチャー。
そう、それが最後の一撃。アーチャーの、そして、俺の――――俺は、背骨も折れんとばかりに、さらに身を捻り、『左手』を振るう――――!

「――――!?」

ドズッ!

何が起こったのか、理解できない表情のアーチャー。その脇腹が切り裂かれ、それはめり込んでいた。
ぶっつけ本番で、これ以上は形を保っていられない――――そして、制御を失ったそれは、アーチャーを切り裂くかのように、暴風を放つ!!

「ぐ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

全身を切り裂かれ、苦悶の声をあげるアーチャー。そうしてそれは、その姿を現した。
金色に光り輝く剣、彼女の剣、『約束された勝利』の名を冠する剣は、アーチャーの脇腹に深々と突き立ち、その姿を現した。

それが、自分に出来る最後の手段――――彼女の鞘を持ち、記憶すら共有した俺の出来る、詰みの一手。
全魔力を左手に集め、エクスカリバーを最初から見えない状態で取り出し、影に隠れるように、かわしようもない一撃を放つ。
これで倒せないとなると、俺にはもう、打つ手が――――、

「後、少しだったな――――」
「…………届かなかったか」

その声、自分の詰めの甘さに舌打ちしたくなった。地面に腰を下ろした、俺を見下ろすアーチャー。
あと少し、上を狙っていれば心臓を撃ちぬけただろう。しかし、あと少し、それが俺とアーチャーの違いのように思えた。

「もはや、手段も残っていないだろう。これまでだな」
「ふざけるな、俺は――――」

身を起こそうとして、力が入らないことに気づく。
魔力を遣いきったからではない。なれない二本の剣を使った反動か、背中に力が入らない。

身動きの取れない俺が出来る事は、やつを睨みつける事だけ。そして、アーチャーは剣を振り上げる。
その時、一つの影が、この場に駆け込んでくるまでは、俺は覚悟を決めていたし、アーチャーも勝利を疑わなかっただろう。



完全な死角、戦いが激烈さを増し、誰もが自らの事で精一杯で、他のことには気を回せなかった、その時。
彼女はその戦いをジッと見つめていた。想いは誰に向けたものか、願いはどこに向けられたものか――――、

少年と青年――――二人の戦いを彼女は見つめる。どうしたらいいのか、何をしたらいいのか。
普段の明敏な頭はこれっぽっちも働かず、彼女はまるで、世界から置き去られた迷子のようなもの。

そうして、全ての決着がつこうという時、彼女は知らず知らずのうちに駆けていた。



「遠――――坂……?」

呆然と、俺はその光景を見た。アーチャーの胸元に、遠坂の腕が伸びている。その手に握られているのは、アゾット剣。
その柄に埋め込まれている宝石に、見覚えがあった。あれは、確か買い物をした時の――――

「――――――――」
「――――――――」

アーチャーは、動かない。遠坂は泣きそうな表情を一瞬浮かべ、アーチャーから飛び退ると、その手に魔力を込め……、

「――――"laβt"

決別の言葉のように、その呪文を口にした。
小さな爆音。しかし、それは狙いたがわず、アーチャーの心臓を吹き飛ばした…………。


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