〜Fate GoldenMoon〜 

〜互う違いの思い〜



「――――!」
「――――!?」

アーチャーのその言葉を聞いたとき、何故か回りの皆が驚いたような表情を浮かべたのが、俺には分かった。
イリヤ、ライダー、そして、ギルガメッシュも驚いたような表情で、俺とアーチャーを見比べていた。
遠坂だけは、表情を変えない。ただ、何かを悟ったかのような、沈痛な面持ちで、静かに佇んでいる。

「うそ――――なんで、シロウと同じ声が出せるの?」


――――?


イリヤも、妙な事を言っている。俺は、今のアーチャーみたいな声を出した事なんで一度もない。
…………いや、ちょっと待て、確か自分の出した声ってのは、他人には違うように聴こえていると、聞いたことがある。
だとすると、アーチャーのその言葉は、俺の言葉にそっくりだったんだろう。

だけど、何でその程度の事で、皆は驚いているのだろう。
声が似通っているくらいで、そんなに驚くことではない。声が似通っているくらい――――

「昔、一人の子供がいた。その子供は、幼い頃の記憶を覚えていない、昔の記憶と言えば、焼け跡に転がる自分と、見上げた空」
「!?」
「そして、自分を助け上げてくれた、大人の腕――――それから、その子供は、その大人に憧れ……正義の味方を目指すようになった」

心臓が、止まるかのようだった。それは、まるでパンドラの箱のように、開けてはならないかのような――――。
しかし、身体は動かない。まるで、束縛されているかのように筋肉は緊張し、脳裏には酷く鈍い頭痛が感じられる。

「成長し、少年は一人の少女と出あった。不器用で真っ直ぐで、どうしようもないほど美しい、英霊の少女。彼は彼女と協力し、聖杯戦争を勝ち残った」
「――――」
「少年はその後も、頑なに自らの求めた道を行き、そして、一つの現実に突き当たった。正義の味方など、所詮……夢想の産物しかないと言うことに」

ピースが、埋められていく。パズルに描かれた絵が完成するかのように、予想と事実が重なり合っていく。
互いに向かい合うは、自らの虚像か実像か――――ただ、俺は、凍りついた口を動かして、目の前のそれに詰問をする。

「それは、アンタの過去の話か、それとも――――」
「ふん、流石に鈍感といっても、察しはつくか。そうだ、これは俺の過去であり、お前の辿る道の話だよ。衛宮士郎……私とお前、共通の人生のな」

なんなら、お前の生涯を詳しく、ここで述べても構わないが、と、赤い外套の騎士は冷たく応じる。
知っているのも当然、似通った業を使うのも当然だった。目の前に佇むその男は、俺自身――――衛宮士郎の未来の姿だったのだから。

「それ故に、私はお前を屠るのだ。他の誰にも譲れぬ、下らぬ夢想を貫く衛宮士郎(きさま)を殺すのは、衛宮士郎(わたし)の役割だからな」
「――――……」

なんと言っていいのか、分からない。いきなり未来の自分が現れ、自分は碌でもないから、今のうちに死んでくれ……そんな無茶を言われてるのは分かった。
一つ、疑問に思ったことがあり、俺はアーチャーに質問してみた。

「アーチャー、お前は後悔しているのか?」
「後悔、だと? そんな生易しいものではない。この世に衛宮士郎などという、出来損ないが存在しているのが、私には耐えられないのだ」

それは、俺に向けられた言葉か、それとも自らに向けられたものか――――分かることは一つ、目の前のそいつは、もう後戻りする気はないということだけ。
いや、そんなことは当たり前か。俺自身、後ろを振り返ることよりも、今は前を目指す事で精一杯なんだし、歳をくっても変わるものじゃないということだろう。

なんとなく、話しているうちに頭が冷えてきた。いや、未だに肝心な部分を納得する事は出来ないが――――、
目の前にいるそいつが、どうしても俺を殺したいと言うのは話の節々から、理解できたのである。



「…………アーチャー、止める事は出来ないの?」

その時、俺とアーチャーの会話に割って入ってきたのは、遠坂であった。
遠坂は、どことなく縋るような表情で、アーチャーを見る。それは、普段の遠坂とは対称的でありながら、それでも遠坂らしいと、不思議にそう思った。

「凛、私はこの為に生きてきたのだ。英霊となり、時の中に自らを磨耗しながらな……今さら、私を止めてくれるな」
「だけど、それって――――」

遠坂の言いたい事は分かる。目の前の青年のとった道は、なんと愚かな事か。
それでも、俺にはアーチャーの気持ちは何となく理解できた。それは、届かぬ空を掴もうとするような、途方もない願い。ただ――――、

「それよりも、衛宮士郎(それ)に関わっても、君には何の特権もないぞ、凛。どのみち、君と衛宮士郎(その男)が結ばれる事はないんだからな」
「!」

その言葉だけは、容認も納得もするわけには、いかなかった。
凍りつくように、身をこわばらせる遠坂に、そいつは、さらに追い討ちを掛けるように、言葉を吐き捨てた。

「ああ、君が好意を持っている事は知っていたさ。それでも、理想を求める限り、衛宮士郎は必ず君の元を離れていく。そんな男に、何を肩入れする必要がある?」
「――――……」

その言葉に、意味もなくムカついた。それは、事実でありながら、決して事実ではありえない矛盾。
薄ら笑みを浮かべるアーチャー、目に涙を浮かべ、それでも泣こうとはしない遠坂……そして、俺は一歩を踏み出した。

「なるほどな、よく分かったよ」
「理解したか、自らの辿った未来、その故に行き着いた私が、お前を殺そうとした理由を――――」

愉悦か、優越か、見下すように俺を見るアーチャー。
その様子が、酷く癪に障る。改めて理解した…………俺は、こいつが嫌いだ。

「ふざけんな、分かったのは、そんなことじゃない。俺は、お前じゃないって言ってるんだよ」
「なに?」

俺の言葉がそれほど意外だったのか、信じられないものを見たかのように、アーチャーは俺を睨みつけた。
その視線――――突き刺すような視線に、負けないように足を踏ん張る。そうして俺は、その男を真っ向から睨み返した。

「俺は、お前みたいにはならない。理想を捨てる事も、遠坂を泣かせる事も、俺はしない。断言してやる――――お前は、俺じゃない」
「愚劣な知能と思ったが、これほどとはな。お前の未来は決まっている。それは、変えることも出来ぬ事実だ」
「知るか、そんなこと。ああ、確かに一部は合ってるさ。遠坂のことは好きだし、最近は自分の理想に疑問を持った事もある。でもな――――」

それでも、決して捨てる事は出来ないものもある。そう、この聖杯戦争で改めて理解した、皆との絆。
遠く離れようと、いかに絶望しようと、その思いがある限り、希望を捨てることはないだろう。

「あいにく、お前みたいに諦めのいい性格じゃないんだよ、俺は。進めなくなっても、立ち止まればいい。周りを見渡せば、きっと答えがあるって気がついたから」
「――――――――」
「お前も知ってたはずだ。ただ、それに気づかなかっただけ、俺とお前の違いはそこなんだよ」

そう、そいつも分かっていたはず。あの日、あの時、冬の夜明けのなかで、彼女と共に合ったあの日を心に刻むのなら。
けっして、自分の進む道、進んだ道に絶望することはあっても、希望を捨てる事もないだろう。

「俺は立ち止まらない。この道を進むって決めたから。未来に何があっても、進んでいける」



「――――いいたいことは、それだけか」
「ああ、そうだな。ここから先は、命の張り合いだな」

その言葉に、互いに静かに、頷く。もともと、話し合いで解決するとは、お互いに思っていない。ただ、自分の正当性を相手に伝えたかっただけ。
稚拙で、矮小で、ちっぽけなプライドと共に、生きてきた命。最後に掛けるのは自分の命しかないだろう。

「では、始めるとしよう。先に言っておくが、孔を制御するものがいなくなり、付近一帯では無制限に魔力が集積している。孔が開ききれば、十年前の災厄が再現されるだろう」
「それが、お前の出した答えか、アーチャー」

今さら驚くに値しない。目の前の青年は、自らを殺す為に手段を選ばないのは、理解するより先、直感で分かっていた。
山の上から流れ出た魔力は、土石流の如く、ふもとの町を飲み込むだろう。その光景は十年前の、地獄絵図を何十倍にも拡大した悪夢。

「ああ、お前を殺すと同時に、お前が護ろうとする周りの人々も悉く、消去しよう。正義の味方など、無力な理想でしかないのからな」

それを起こそうとするのは、衛宮士郎。止めようとするのも、衛宮士郎。
いかにして食い違ったのか、互いに違う思いを持ちながら、俺は俺と対峙をした。

「投影、開始――――」

呟きと共に、俺は自らの刃を生み出す。無骨な黒と白の双刀、自らの手になじむ生涯の愛刀を、俺は構える。
大聖杯の祭壇――――悪夢の篝火が噴出す魔力のもと、最後の戦いの火蓋は、

"Mywholelifewas――――unlimited blade works"

前もって編みこんでいたのだろう、アーチャーのその一言より断ち切られた。

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