〜Fate GoldenMoon〜 

〜朝食後・在りし日の齟齬〜



朝食を終えてすぐ、藤ねえは出かけるというので、俺は藤ねえに付き添って、玄関まで見送る事にした。

「それじゃあ、いってくるわ。合宿は続けてるから、元気になったら来るように、桜ちゃんに言っておいてね」
「ああ、わかった。藤ねえも、あまり部員に迷惑を掛けるんじゃないぞ」
「だいじょうぶよぅ、私だって先生だもん。生徒の事は、よく分かってるんだから」

えっへんと胸を張る藤ねえ。この自信満々なところが怖いんだが……誰も突っ込めないところが、藤ねえの人徳といえよう。
この後、藤ねえは一度家に戻り、荷物をまとめて合宿に向かうそうだ。合宿は、あと一週間ほど行われる。
どうも藤ねえは、合宿に最後まで参加するつもりらしく、士郎のご飯もしばらく食べられないわね〜、と、残念がっていた。

…………といっても、合宿に飽きるか、腹が減ったらひょっこりと屋敷に戻ってくるだろうし、過度の期待は厳禁だが。
それでも、聖杯戦争に巻き込まれる確率は激減するだろう。

「あ、なによ、そのホッとした顔は? 私のいない間に、桜ちゃんや遠坂さんと間違いを起こす気じゃないでしょうね?」
「ばっ……藤ねえ、いきなりなに言ってるんだよ!? だいたい、屋敷には桜や遠坂の他にも、ギルガメッシュや他の皆がいるんだぞ――――……」

出来るわけないじゃないか……と、語尾に行くほど小さくなった俺の言葉に、藤ねえは半信半疑といった様子であるが。

「…………ま、大丈夫か。士郎の場合、自分の恋愛ごとよりも、他人の世話の方が性にあってるみたいだし、今の状態は、むしろ安全かな?」

などと、訳の分からないようなことをいって納得をしている。
なんだか、内心を見透かされたようで、非常に落ち着かないんですが。

「藤ねえ、質問しておいて、一人で納得しないでくれ。明確な答えを希望する」
「だーめ。これは、士郎自身の問題なんだもん。外側からよく見えるからって、おいそれと声を掛けて良いものじゃないもの」
「?」

首をかしげる俺に、藤ねえは苦笑を浮かべ、ま、しょうがないか……と呟いた。

「ともかく、根を詰めるのは、ほどほどにしておきなさいよ。誰に褒められるわけでもないし、無理をしたって良い事なんかないんだから」
「…………別に、俺は無理していないぞ」
「そう思ってるのは、士郎だけって事よ。あ、そろそろ時間だ。それじゃあ、行ってくるから」

あらためてそう言うと、藤ねえは玄関を出て、外に出て行ってしまった。
取り残されるような形になった俺は、釈然としないものを感じつつも、その場を離れる事にしたのだった。



――――さて、見送りもすんだし、居間に戻ってみようか。
遠坂達は食事の後、調べたい事があると自室に戻ったが、桜は身体の調子がいいらしく、そのまま居間に残っていた。
ギルガメッシュとライダーもいることだし、のんびりと話をするのには、ちょうどいいだろう。

「…………?」

居間に入る廊下、部屋への数歩手前で、俺は眉をひそめて足を止めた。

「ですから、一体どういう了見で先輩に近づいたんです!? 私には思わせぶりな事を言っていたし……」
「くどいぞ。我は呼び出しに応じて、召還されたに過ぎぬ。姦計を謀るべき理はないと思うが」

この声は、桜とギルガメッシュか……なんだか揉めてるみたいだけど、珍しいな。
我が人生に敵なしといった感じの、ギルガメッシュはともかく、桜が声を荒げるなんて……そうそう無いのではないだろうか?

ともかく、取っ組み合いの喧嘩とかにはならないだろうけど、止めておいたほうが無難だろう。
ギルガメッシュの逆鱗に触れた場合、敵味方なしに大損害をこうむるのは、容易に予想できた事だったからだ。

「藤ねえは出かけたぞ……って、一体どうしたんだ?」
「ぁ――――」

俺が居間に入ると、しまった、という表情の桜と、相変わらず悠然とした表情のギルガメッシュが俺を出迎えた。
桜の傍らにいたライダーは、苦笑めいた視線を俺に送るあたり、先ほど俺が聞き耳を立てていたのに気づいていたのだろう。

「なんだか揉めていたみたいだけど……なんか、あったのか?」
「いや、なにやらこの娘が……我の事を疑ってかかってな。我としては別段、気にもしないのだが」
「そ、それは――――……」

ギルガメッシュの言葉に、気まずそうに沈黙する桜。しかし、どういうことだ?
いや、それより何より……気になる事なんだが――――、

「ギルガメッシュと桜って、面識あったのか?」
「――――さて、どうであったかな」

ギルガメッシュはそういうと、桜にチラリと視線を投げかける。
桜はどこか怯えた様子で、落ちつかなげにオロオロと視線をさまよわせる。そんな彼女に、ライダーは顔を寄せ、一言二言呟いた。

「……え、本当?」
「――――はい、先ほどの英雄王の応対を見る限り、おそらく間違いないかと」
「桜?」

ライダーの言葉に、表情を輝かせた桜は、俺が声を掛けると、ハッとした表情でこっちを見た。
そうして、慌てたように苦笑を浮かべる。

「あの…………すみませんっ、私の勘違いみたいでした」
「そ、そうなのか?」

とって繕うようなその言葉に、俺は困惑した顔で桜を見た。
先ほどの激しいやり取りは、何かしら、根拠があってのことだと思ったのだが…………。

「シロウ、桜は起きたばかりで、まだまだ不安定です。いまいちど、休息させる必要があると思いますが」
「そうか、ライダーがそういうなら、休んだ方がいいんだろう」

俺が頷くと、桜はどこか、ホッとしたような表情を浮かべた。何となくそれが気になったが、追求する事もできない。

「それじゃあ、先輩。私、少し寝室で休んでますから」
「ああ。後で様子を見に行くから、大人しくしてるんだぞ」
「はい」

桜は俺の言葉に微笑むと、ライダーを伴い、居間を出て行ってしまった。
そうして、居間に残ったのは俺と、一部始終を無表情で見つめていたギルガメッシュだけである。



「…………逃げたな」
「え、逃げたって…………桜のことか?」

ギルガメッシュがそう呟いたのは、桜たちが部屋を出て行って、しばらく経っての事であった。
俺の問いに、ギルガメッシュは、うむ……と頷き腕を組み、憮然とした表情を見せた。

「あの娘、確実に我の事を認識した上で、質問を投げかけてきた節がある。勘違いなどあろうはずもない」
「という事は、やっぱり桜のことを知ってるのか?」
「我が知るわけないだろう? 面識を持ったのは今朝の事だ。多分ではあるが、半年前の一軒に関係があるのだろう」

半年前の聖杯戦争……つまりは、セイバーに敵対していた、その頃のギルガメッシュが、桜と面識があったということなのだろうか……?
しかし、そう考えると妙な事もある。一体どういう繋がりが、両者の間にあったのだろう?

「全く、以前の我は……一体何をしていたのだろうな? 思い出せないより、知らないという方が不快感が増す」
「まぁ、大した事じゃないんだろう……桜だって、しつこく問いただしはしなかったじゃないか」
「どうかな? 卿が現れたので、ひとまず矛を収めたように、我には見えたのだがな」

く、と面白げに喉の奥で笑うギルガメッシュ。その言葉を聞き、なんだか不安になってきた。
やっぱり、桜を問いただした方が良いんじゃないだろうか? 桜が声を荒げるなんて、よっぽどの事だろうし――――、

「止めておけ、本人が隠そうと必死なのだ。見て見ぬ振りをするのが、華というものだろう」
「っ、だけどな……やっぱり心配じゃないか」

機先を制するように、静止の声をギルガメッシュに掛けられ、俺はうめくように呟きを漏らす。
俺の言葉に、ギルガメッシュは興味深げに目を細め、微笑か苦笑か……唇の端を吊り上げた。

「誰にとて誇りはある。卿の心意気は良いが、その心積もりが、いずれあの娘を追い詰めるぞ」
「じゃあ、放っておけって言うのか? 桜に何かあったら、どうするんだよ」
「なに、そう長くはないだろう……あの娘が自ら語るまで待つことだ。其れが最も妥当な方法だろうからな」

落ち着いて語る、ギルガメッシュのその言葉は、強く自信に満ち溢れていた。
何だかんだで、ギルガメッシュ自身も、こういった問題を抱えていたことがあったんだろう。

「そうだな……分かったよ。桜が話してくれるまで待つことにする。それにしても……」
「む、何だ?」
「意外に面倒見がいいんだな、ギルガメッシュ。他人なんて、どうでもいいって考えてると思ってたんだが」

俺の言葉に、ギルガメッシュは一瞬、ポカンと呆然とした表情をし――――不服そうに顔をしかめた。

「我の事を何者だと思っているのだ? 迷う民衆を護り、導くのが王であろう? 我とて、王の責務は果たしているつもりだ」

その言葉には誇りが溢れ、仕草には自信が満ち、その目は迷わず、前を見つめている。
ああ、確かにコイツは王様なんだなと、その姿を見て、理由もなく思った。

其れは、半年前のギルガメッシュにはなかったもの。
長い時を磨耗し、民というものに絶望し、その志を捨てる前の青年が、今、ここにいたのである。


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