〜Fate GoldenMoon〜 

〜朝の風景・桜との朝食〜



コトコトと吹く鍋、まな板の上に野菜を乗っけて刻み、だしをとった汁の中に落とす。
研いだ米を炊いている間に、油を塗ったフライパンにマグロの切り身を落とし、色が変わるまで炒める。

付け合せの野菜の漬物を取り出し、小皿に並べると、その時、居間に入ってきた人影があった。

「おはようございます、先輩」
「――――おはよう。桜、もう大丈夫なのか?」

ライダーを伴って入ってきたのは、見慣れた姿の後輩。いつもと変わらぬ桜の姿がそこにあった。
俺の問いに、桜は気丈に笑顔を浮かべる。

「はい、もう大丈夫です。朝食のお手伝いしますね、先輩」
「ちょ、ちょっと待った。病み上がりみたいなもんだし、いきなりは止めておいた方が良いんじゃないか?」

何の躊躇もなく厨房に立とうとする桜を、俺は慌てて押しとどめる。
言っても聞くかどうか分からないが、桜を働かせていたら、遠坂に甲斐性なし扱いをされそうな気もする。
それに、本調子でもないのに刃物を持たせるのは、やっぱりどこか不安があることも事実だった。

「え、でも――――」
「サクラ、貴方はまだ身体の感覚に不安定な所があります。無理をして倒れた場合、また寝たきりになる可能性もあります。今日は様子を見るべきでしょう」

その時、意外にも桜に意見を述べたのは、彼女に付き添っていたライダーである。
桜自身、思うところがあるのか、ライダーの言葉に、動きを止め、納得したように頷いた。

「ライダー…………そうね、確かに先輩に迷惑をかけちゃだめよね」

そういうと、大人しく居間にある彼女の指定席に座った。
その光景にホッとし、俺は料理を再開する。何のかんのと言って、見知った顔が一人増えただけで、心が軽くなった。

「シロウ、サクラに飲み物を与えたいのですが、どれがよろしいのでしょうか」
「ああ、そうだな……まだ身体が本調子じゃないなら、お茶でも――――」

淹れようか? と、声をかけようとそちらを向き、俺は言葉を詰まらせた。

「シロウ、どうかしたのですか?」
「いや、ライダー、その格好……」

そこまで言って、俺は自分がなんともいえない表情をしているのを自覚した。
先日の夕食の席、服装や眼帯などをランサーに色々言われたせいか、いつもの英霊姿ではなく、俺や桜と同じ普段着の服装に、ライダーは身を包んでいたのだ。
ノースリーブのシャツに、ジーンズと、標準的な服装であるが、スタイルの良さのせいか、その格好はどこか見栄えが良かった。
この場に居ないことを、ランサーはきっと残念がるだろうな、と益体もないことを考える。

「…………やはり、どこかおかしいのでしょうか? 身長に適したサイズの服が少なかったので、画一的なものしか選べなかったのですが」
「いや、そんなことはないんだけど――――その顔は?」

ライダーは、あの眼帯を取っており、その代わりか、メガネをその顔にかけている。それがまた、似合っていると言うかなんと言うか――――、
俺の言葉に、ああ、とライダーはメガネのフレームに手をやり、困惑したような表情を見せる。

「それが……今しがたまでは眼帯をしていたのですが、先ほど貴方の英霊に出会ったとき、『似合わぬな』と言われ、手渡されまして」
「――――ギルガメッシュが?」
「ライダー、飲み物は?」

と、その時に桜が声をあげ、ライダーのと会話は何となく中断する事になった。
いや、このまま話していたら、何となく桜の逆鱗に触れそうでもあったからなんだが……。

「じゃあ、麦茶でいいよな? 桜も元気そうだし」
「はい、桜の体調は安定しています、普通の食事もとることに問題はないでしょう」
「そうか、良かった。あ、それと、改めて……おはよう、ライダー。桜のこと、これからもよろしくな」

感謝の意を込めていった俺の言葉に、ライダーは一瞬呆けたように沈黙し、そして、苦笑なのか口の端を吊り上げた。

「はい、おはようございます、シロウ。それと、今朝はご馳走様でした」
「?」

微妙にわけの分からない事を言いながら、ライダーは居間へと戻っていった。
…………ま、いいか。居間で桜と話すライダーは、面倒見のいい姉さんって感じだし、いちいち気にかけることではないだろう。



料理を続ける。朝食は六人分、イリヤたちが出かけて一人分減ったとはいえ、さすがにその量は多かった。
そうこうしているうちに、今度はギルガメッシュが居間に入ってきた。

「ぁ――――」
「む」

そんな声が聞こえてきたので振り向くと、座っている桜と、立ったギルガメッシュが、にらみ合うように対峙していた。
どこか、怯えたような桜。対するギルガメッシュはというと、桜の傍らのライダーを見て、

「ライダーの、マスターか」

そうとだけ言って、興味をなくしたかのように自分の指定席に座ってしまった。
まぁ、ギルガメッシュにしてみれば、桜は人畜無害に見えるし、そうそう気に掛ける相手でもないんだろうな。

さて、あとは遠坂とジャネットで全員か……そう考えていたとき、

「……おはよ〜」

ふらふらとした足取りで、遠坂が居間に入ってきた。遠坂は脳味噌が覚醒していないのか、幽鬼のように危なっかしい足取りで、冷蔵庫までたどり着く。
そうして冷蔵庫を開け、しばし沈黙…………あ、そうか。麦茶の入れ物は、ライダーがさっき持っていったんだった。

「う〜…………」

何で飲み物がないのよコラ、事と次第によっちゃただじゃおかないわよ、といった視線を向ける遠坂。
俺は苦笑を漏らし、ちょいちょい、と居間の方を指差す。

「おはようございます、遠坂先輩」
「…………桜!? アンタ、身体は大丈夫なの?」

驚きのせいか、一気に目が覚めた様子の遠坂。
そんな遠坂に、桜は優しい微笑を浮かべ、頷く。うん、やっぱり桜は、笑っていないとな。

「そう、心配したけど、大丈夫だったみたいね、ライダーのおかげかし――――」

ら、の部分で遠坂は言葉を急停止させる。彼女の視線の先には、桜の傍らに座ったライダーの姿。
その姿をまじまじと見て、遠坂は寝起きのせいか、額に手を当て、頭痛をこらえるような仕草を見せた。

「そうきたか…………予想してなかった分、破壊力はあるわね」

それだけ言うと、遠坂は居間を出て行こうとする。

「あ、遠坂。ジャネットを呼んできてくれないか、もうちょっとで朝食が出来るから」
「――――わかったわ。すぐに用件をすませるから、ちょっと待ってなさいよ」

そういうと、遠坂は決然とした口調で居間を出て行ってしまった。
急に不機嫌になったみたいだけど、一体どうしたんだろう……?



「よし、ま、こんなもんかな?」

味噌汁の味見をして、俺は調理を終える。とにもかくにも、朝食は出来上がった。
本日の朝食は、ご飯に、鮪と胡瓜の炒め物、人参とごぼうのキンピラ、大根と豆腐の味噌汁、付け合せにラッキョウの漬物を用意してみた。

あとは、居間のテーブルに並べるだけである。

「あ、先輩、お手伝いしますっ」
「いや、桜は今日は休んでいた方がいいよ。俺一人でも出来るしさ……」
「でも……」

もの言いたげな表情で、桜はライダーのほうを見る。ライダーは苦笑をして、

「…………そうですね、運びづらいものは避けるとして、小皿などの食器なら、運んでもよろしいのではないでしょうか?」
「――――ありがとう、ライダー。先輩、許可がでました!」

そう言いつつ、立ち上がる桜、これはどれだけ止めても、押し通りそうだよな……。

「ふぅ、分かった分かった。そのかわり、無理はするなよ。桜には、明日から頑張ってもらうんだからな」
「はい、分かりました、先輩!」

嬉しそうに笑いながら、厨房の方に歩いていく桜。俺はもの言いたげにライダーを見る。
俺のその表情に、ライダーは苦笑を浮かべ、すまなそうに眉をひそめた。

「いいたい事はわかります。ですが、貴方の役に立ちたいというサクラの願望は、理解できなくはないでしょう?」
「まぁ、そうなんだけどな……」

眉をひそめながら、視線をそらす。そこには、我関せずといった風に、扇風機に当たる金ぴか。
何となく旗色が悪いので、思いついたことを聞いて話をそらす事にした。

「そういえば、ギルガメッシュ。ライダーの掛けているメガネなんだが」
「ああ、概念破却の瞳の事か? 我の収集の中に、ちょうどあったのでな。そこの娘に貸し与えたのだが?」

それがなにか? といった表情でギルガメッシュは訊いてくる。

「いや、何でそんなことをしたのかなぁ、って聞いてるんだが」
「何もないだろう? 我のそばにいて、雅な姿を台無しにしているのを見るのは、直視しがたい。故に、要らぬ世話を焼いただけの事だ」

つまりは、今のライダーの格好にあの眼帯は不釣合いだから、メガネをプレゼントしたって事か……。
まぁ、確かに似合ってるけどな。それにしても……、

「ガイネンハキャクって何なんだ?」
「名の通りだ。そのものが持つ概念構想……石化や魅了などの力を捨てるという事だ。もっとも、その瞳を掛けている間だけの事であるのだがな」

つまりは、あのメガネをしている間は、ライダーは特殊能力を使えないという事か……つまりアレは、一種の魔眼封じなんだろう。
ということは、つまり――――、

「伊達や酔狂でプレゼントしたわけじゃないんだな」
「いや、伊達や酔狂だからだ。そうでなくて、何故、我が贈り物などをせねばならぬ?」

フン、と鼻を鳴らすギルガメッシュ。
…………王様の性格は、素直なのか捻れているのか、未だによく分からない部分があった。



そんなこんなで、準備も出来、皆で席に着くが、その間、遠坂とジャネットは居間に入ってこなかった。
しばし待つが、どうもやってくる気配が無い。なんか、あったんだろうか。

「遅いですね、遠坂先輩」
「ああ…………ちょっと、探してくるよ。皆はそのまま、食事を始めてくれ」

そう言って、俺は席を立つ。だけど、俺の言葉に桜は首を振った。

「ううん、待ってます…………こうやって、皆がそろって食事をするときは、誰が欠けても駄目なんです。そうでしょ、先輩」
「――――ああ、そうだな。よし、ちゃっちゃと探してくるか!」

桜の言葉に感じ入るものがあり、俺は意気込んで居間を出ようとして――――、

とんっ


「っと」
「す、すみません……!」

居間に入ろうとした人影とぶつかった。俺は反射的に、その姿を見下ろして、目を見開く。
白色のシャツに、襟元にはワンポイントの赤色のリボン、腰から下は、白磁めいた絹色のズボン。
金色の髪のその姿は、まるでかつての面影を髣髴とさせるような、男装とも取れる姿。

「セイ……………………ジャネットか?」
「ふふん、驚いたでしょ、衛宮君」

掛けられた声に視線を移すと、そこには――――ものすごく満足げな遠坂の姿があった。

「これは、お前の仕業か。一体なんで……急にこんな事をしたんだ?」
「ん〜…………なんでかしら? 一種の対抗心、ってやつ?」

そういうと、遠坂はさぁさぁ、と、俺達を押すように部屋の中へと入ってくる。
テーブルにいた一同は、またまた困惑したような表情。それを代表するように、桜が口を開いた。

「あの、遠坂先輩……その人は?」
「紹介するわ、桜……私の英霊、ジャネットよ。どう? 貴方のライダーより、可愛らしいと思わない?」
「そ、そんなことありません、ライダーのほうが、綺麗なんだから!」

互いに互いの英霊を見やり、む〜…………と眉根を寄せる、遠坂と桜。
なるほど、ジャネットを着飾らせたのは、ライダーへの対抗心か。分かりやすいというか、なんと言うか。

「やはりここは、第三者の意見を重要視するべきよね」
「はい、その意見には、賛成しますっ」

そういって、遠坂と桜は何故かこっちの方を向いた。非常にいやな予感が、します。

「……じゃあ、俺はこれで」
「どこに行こうっていうの、衛宮君」
「どこに行こうっていうんですか、先輩」

ダブルで俺の動きを止める、冷たい声。このまま逃亡したら、良くない結末が待ってそうなので、逃走を断念した。
仕方ないので、外に向けていた足を室内へと向ける。

それで、殺気こそなくなったが、重圧の方は相変わらず続いていた。



「大丈夫、即答しろとはいわないわ。そうね、朝食の間……考える猶予期間を与えましょう」
「そうですね、ここはじっくり考えて、慎重に答えてもらわないと」

もはや後には引けないのか、火花を散らしながらそんなことを言う、遠坂と桜。
ああ……救いの手は訪れないのか、そう思い室内を見渡すが、

「――――――――」

何故か、ライダーまで真剣な表情でこちらを見ている。
いやもお、選ばなかったら後が怖そうな目つきで見られたら、魔眼封じなど意味の無いように思えてくるから不思議だ。

「……………………」

で、ジャネットはというと、もの言いたげではあるが、遠坂の迫力に、どうしていいのか分からないようだ。
う〜む、まさに四面楚歌……これでは逃げ場など、ないじゃないか。

「苦労しているようだな、マスター」
「ぎ、ギルガメッシュ……!」

そうだ、俺には最大最強の味方がいるじゃないか! ギルガメッシュなら、何とかこの場を押さえてくれるかも……、

「ふむ…………助けるのも良いが、こういった問題は後々ついて回るのだし、今のうちに決めておくのだな」
「おい」

救う気全くなし、忠誠心ってものがないんですか、この英雄王は。

「もともと、自らの身から出た錆であろう。だとすれば、解決するのは自らが行うべきだ。何、命までは取られはせぬよ」

いや、命どころか、魂まで吸い取られそうな雰囲気なんですけど、マジに。

「さぁ、衛宮君!」
「さぁ、先輩!」

遠坂と桜に詰め寄られ、どうしようかと頭が真っ白になる。
まぁ、いくらプレッシャーを感じるといっても、本当に白髪になるわけはないし、殺される事もないだろう、多分……。

それに、いい点もいくつか。
遠坂に引っ張られたせいか、桜はすっかり元気を取り戻しているようだし、これから先、食卓が華やかになるのは事実だったからだ。

そんなこんなで、桜も交えた食卓は、こうして始まったのである……。

戻る