〜Fate GoldenMoon〜
〜早朝・イリヤ出立〜
その日、朝日の登る頃、屋敷の前でイリヤ達を見送る事にした。
ちなみに、見送るのは俺一人。あとの全員は屋敷の中で眠っている最中である。
イリヤの護衛はランサー。百戦錬磨の英霊である彼なら、イリヤを護ってくれるだろう。
「それじゃあ、行ってくるわ。もし、話が長引きそうだったら、向うに泊まるかもしれないから」
「ああ、気をつけてな、イリヤ、あ、それと……これ」
「え、これって、お弁当?」
手渡したバスケットの中を覗き見て、イリヤが目を輝かせる。
目を覚ました後、結局、寝付けなかったので、せっかくだからイリヤのためにお弁当を作ってみたのだった。
鳥のから揚げ、レタスと炒り卵のサラダ、それと、ハムと卵、ツナマヨネーズ、デザート用のクリームとシロップのサンドイッチが、それぞれラッピングして入れてある。
量は二人分、朝食も食べないで出立となるので、やっぱりこれくらいは、用意しておくべきだろう。
「ちゃんと二人分あるから、ランサーと仲良く食べるんだぞ」
「うん……シロウの料理だもん、全部、残さず食べるわよ」
俺の言葉に、苦笑を浮かべるイリヤ。何だかんだいって、やっぱりランサーとは、まだ打ち解けてはいないようである。
そのランサーはと言うと、何をするでもなく、屋敷の塀に背中をつけて、出立の命令を待っているようだった。
俺は、ランサーのほうにも近寄ってみる。すると、それが分かっていたのか、ランサーは胡乱げな表情で、俺を見返してきた。
「――――なんだよ、今さら言われるまでもなく分かってるぜ、マスターとして契約を結んだんだ、あのガキんちょは護り抜くさ」
「いや、そうじゃなくて、ほら」
「あ……なんだよ? どう見てもこりゃ、水筒にしか見えないが」
俺が手渡したそれを玩びながら、ランサーは怪訝そうに声をあげる。確かにそれは、どこをどう見ても水筒であった。
困惑するランサーに、俺はキッパリと言い放つ。
「飲み物だよ。サンドイッチとかは喉が渇くだろ? イリヤがバスケットを持つんだから、ランサーもこれくらい持っておけよ」
「お前な……今から遠足に行くとでも思ってんのか?」
「どこに行くにしろ、食料とか水とかは大事だろ? 英雄なんだし、それくらいのことは分かってると思ったんだが」
俺の言葉にランサーは苦笑を浮かべ、呆れたように肩をすくめた。
「はぁ、分かった分かった。まったく、しょーもねぇ事に気をつかうんだからな、お前は。もう少し、嬢ちゃんたちに気をつかわないと、拗ねられるぞ」
「…………? なんだよ、それ」
「ま、言われて治るもんじゃねえって事だ。少しは自分で考えてみろよ」
なんだかよく分からないことを言いながら、ランサーは壁際から離れ、イリヤのもとへと歩いていった。
「さ、それじゃ……そろそろ行こうぜ。聞くところによると、相手マスターは別嬪だって話だしな、善は急ぐに越したことはない」
「あのね…………私たちは話し合いに行くのっ、あなたは黙って、話を抉らせないようにしてよねっ!」
「ああ。といっても、戦闘になったら時と場合に応じて良いんだろ?」
む、と何か言いたげにランサーを睨んだイリヤだったが、それ以上言っても無駄だと思ったんだろう。
一つため息をつき、ランサーの手から水筒をむしり取った。
「お、おい」
「シロウの料理は私が持つわ。片手に水筒を持ってちゃ、いざと言うとき槍を取り出せないでしょうし」
戸惑った声をあげるランサーに、しれっとした表情でイリヤはそう応じる。
その言葉に、ランサーは苦笑を浮かべ、身をかがめた。
「それじゃ、荷物持ちは頼むぜ。ほら、おぶされよ」
「むっ、おんぶって何よ。お姫様抱っことか、他にも持ち方があるでしょ?」
「生憎だが、そういうのは、もう少し抱き心地がよくなってからだな」
そんなこんなでギャ―ギャ―と騒ぎながら、ランサーの背にイリヤは負ぶさった。
長身のランサーに小柄なイリヤが負ぶさっている光景は、なんとなく微笑ましく感じられる。
「それじゃあ、いってくるね、シロウ!」
「ああ、いってらっしゃい、イリヤ。ランサーも、無事に帰ってこいよな」
槍兵の上で手を振るイリヤに声をかけてから、俺はランサーのほうにも声をかける。
イリヤを背に負ぶったままで、それでも余裕綽々な青年は、愉しげな表情で笑みを浮かべた。
「まぁ、そうだな。なんだかんだ言って、ここは居心地がいい。それだけで、帰る理由にはならぁな」
そうして、ランサーは身をかがめると、あっという間にイリヤを乗せたまま、道の向うへと駆け去っていってしまった。
しかし、やっぱり英霊って凄いんだな。普段はギルガメッシュと言い合っていたり、遠坂達にちょっかいを出してるため、そんな凄いようには見えなかったんだが。
まぁ、セイバーにしてからが、小柄な身体でも、俺は一本も取れずじまいだったんだ。強さの格が違うんだろう。
「ともかく、ランサーに任せれば大丈夫……そう思いたいよな」
さて、こっちはこっちでやる事がある。皆が起きる前に、食事の支度をしないと……。
桜も起きてくるし、今日も忙しい一日になりそうであった。
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