〜Fate GoldenMoon〜 

〜夕餉の席・今後の方針〜



夏休みの課題をこなしたり、桜の様子を見に行ったり、部屋に遊びに来たイリヤに構っているうちに、夜になった。
今日の夕食は、辛めのキムチと豚のおじや、夏野菜を使ったサラダ、剥き海老のあんかけ、蛸とトマトの煮込みなどの和風である。

「それじゃあ、いただきます」

遠坂の言葉を皮切りに、皆銘々に、賑やかに食事を始める。
俺も、食事をするために箸を手に取り、ふと心づいて、ライダーに声をかけた。

「いただきます……そういえばライダー、桜はどうなんだ、食事の時くらいこっちに連れてこれないのか?」
「――――そうですね、明日の朝には多少は動けるようにしますし、食事のときはこちらの方がよいかもしれませんね」

その言葉に、幾分ホッとし、俺は食事を始めた。
何だかんだ言っても、食事は皆一緒のほうがいい。桜一人だけ、部屋に残してるのは、どうもスッキリしなかったからだ。

「おーおー、優しいな、ボウズ。だけどな、時には焦らすのも良いかもしれないぞ、女ってのは」
「それは、貴方の偏見でしょう、ランサー。優しくされて、嬉しくない女性などいません」
「ま、そうかも知れんが、物足りなさを感じるのも事実だろう? 意外にそっけない方が、相手の気を引くときもある」

ランサーの言葉に、思うところがあるのか、ライダーは沈黙する。
と、その話を聞いていたイリヤが、呆れたように声をあげたのはその時だった。

「そうよね。既婚してる上に、他国に愛人がいる貴方だもの、そう考えるのも当然でしょうね」

ぶっ、と吹き出したのは、誰だったか。イリヤの言葉に、みんな驚いたようにランサーを見る。

「ランサー、アンタって、結婚してたの?」
「なんだ、その偏見は。だいたいなぁ、英雄だって結婚くらい――――」

遠坂の言葉に、ランサーは周囲を見渡し、なんとも言えない表情で沈黙する。
ライダー、ジャネット、は未婚である。ギルガメッシュは……どうだったか、そのあたりの史実はあまり詳しく調べてない。
今度、文献でもあさって調べてみようか……?

「まぁ、ともかくな、結婚してたって、恋愛はできらぁ」
「結婚……ということは、貴方も結婚式を挙げたということですか?」

と、珍しくも興味深げな声をあげたのは、ジャネットであった。
これは、ひょっとしたらチャンスかもしれない。ジャネットが打ち解ける事の出来る――――、

「ん、ああ、結婚式か……あんだけ血生臭い出来事も、なかなか経験できないだろうけどなぁ」
「血生……!?」

ランサーの言葉に、ジャネットは硬直する。
その後の話は……まぁ、筆舌にし尽くしがたい話だった。

火を吹く城、燃える城壁、兵士の屍を乗り越えて、お姫様を連れ去り、そうして結婚したと言うのである。
それって、略奪婚とか言うんじゃないだろーか……? もっとも、ランサーとそのお姫様は相思相愛であり、結婚に反対したやつらを蹴散らしただけと言ってるが。

「まぁ、なかなか骨の折れる話だよ、結婚ってヤツは……ん、どうした?」

話し終えたランサーが、怪訝そうにジャネットを見る。彼女の身体は、傍目ではっきりを分かるぐらい震えていた。
どうも、怒りで我を忘れかかっているらしい。伏せた顔の下にある目が、どんな事になってるか、怖くて確認できなかった。

「そんな話……、結婚式でも何でもありませんっ!!」

怒りの声をあげ、ジャネットは部屋から飛び出していってしまった。

「おかしいな……なんで怒ってるんだ、あの娘は」
「そりゃ怒るでしょ、恋愛もよく分からない、結婚に憧れてる少女にあんな話をしちゃ」

はい、と言いながら、遠坂はランサーの前に蛸とトマトの煮込みを置く。

「今の話を聞いて、食欲がなくなったわ。あなたがこれを食べてちょうだい」
「――――おいおい、なんだよ。俺が悪いってのか?」
「どう考えても、あなたが悪いでしょ。あ、私の分もよろしくね」

不満そうな声をあげるランサーに、イリヤも同じように蛸とトマトの煮込みを置く。
真っ赤な煮込みは……確かに今の話を聞いた後じゃ、食欲もわかないだろう。

ちなみに、ギルガメッシュとライダーは平然とした顔で食事をしているあたり、精神の強さが違うのだろう。
ため息をついて、俺は食事をすすめる。なんだかんだでジャネットが皆と馴染むまで、しばらくかかりそうではあった。



そうして、食事の後、俺と遠坂、イリヤは居間に残り、今後の方針について話すことになった。
とはいえ、あちこちに英霊が大量発生しているこの状況で、取れる行動はそう多くなかったが。

「それじゃあ遠坂は、今のまま、しばらく様子を見るべきだって言いたいのか?」
「ええ、ともかく注意すべきは、英霊を大量に召還した、その少年のグループね。それに対抗するには、数を集めなきゃ話にならないわ」

遠坂の言葉に、イリヤも頷く。

「リンに賛成。相手の強さがわかんないんだし、ここでジッとしていれば、他のマスター達は、勝手に潰しあってくれるでしょ」
「それは、まぁ、そうだけど……」

今ひとつ、納得できないのは、このまま座して待つだけと言う事である。
こうやって守りを固めている間に、他の場所で戦いが、確実に行われているのだ。

「たとえば、他のマスターとも協力するとか……」
「あのねえ、聖杯戦争は聖杯の奪い合いと殺し合いなのよ。リンやサクラならともかく、他のマスターなんて危なっかしくて、組めるものじゃないわ」

思いつきで言った言葉に、速攻で駄目出しをしたのは、イリヤである。
しかし、遠坂や桜ならともかく、って事はイリヤも二人のことを、仲間と認めてくれたんだろう。
まぁ、その点は良かったと思うんだが……。

「リンもシロウに言ってよ。これ以上、仲間を増やすのは危ないって」
「……そうね。確かに、そうなんだけど」
「?」

曖昧に言葉を濁す遠坂に、怪訝そうな表情を見せるイリヤ。
遠坂は、しばし考えこんだ後、俺の方を見て、言葉を投げかけてくる。

「他のマスターと協力って事は、士郎には心当たりがあるんでしょ?」
「あ、ああ。ヒルダさんとシグさんって言って、新都の件で俺達と一緒に戦った、銀髪の二人組なんだけど」
「あ、やっぱりその二人なんだ。まぁ、知り合いなら……士郎もほっとけないでしょうし」

遠坂は、チラリとイリヤを見る。対するイリヤは、思いっきり不機嫌そうに首を振った。

「いやよ。大体、本家の方から散々言われたのを断ったのよ。今更、手を組めなんて言えるわけないじゃない……!」
「は? 本家の方って……イリヤ?」

俺の言葉に、イリヤはハッと、しまったという感じの表情を見せた後、しょうがないといった風に話し出した。

「今回の聖杯戦争も、アインツベルンは参加者を出してきたのよ。もっとも、私にとっては無関係だからって、会うのを断ってたんだけど」
「その相手の事は、前に聞いたわ。銀髪の二人組みで、片方はセイバーのランクの英霊、でしょ?」
「ええ、もっとも……士郎が言うまで、知り合いだとは思わなかったけど」

遠坂の言葉に、イリヤは頷く。どうやら、互いに情報を常に交換し合っていたらしい。なんだか仲間はずれにされたようでちょっと寂しいが……。
しかし、ヒルダさん達と知り合いなら好都合なのかもしれない。

「なぁ、イリアの方で連絡がつくなら、ともかく話だけでもしてくれないか? 味方になれとは言わなくても、この状況を伝えるくらいなら」
「…………はぁ、どうしてこうもおせっかいなのかしら、シロウって」

これ見よがしに、ため息をつくイリヤ。そばで、遠坂もうんうんと頷いている。
その言葉の意味は、なんとなく分かったが、性分なので仕方がない。

「じゃあ、イリヤ――――」
「ええ、彼らはアインツベルンのお城のほうに逗留してるわ。明日にでも、話し合いにいってみる。ランサーがいれば、いざとなったら逃げ切れるでしょうし」

その言葉に、俺はホッとする。なんにせよ、あの二人組を敵に回したくはなかったからだ。
数度会っただけの関係ではあるが、俺はあの二人組を、どうしても嫌いになれそうになかったからだ。
そうして、ともかく話しは纏まりそうになったのだが――――、

「その代わり――――シロウは今日、私と一緒に寝ることっ!」
「は?」
「へ?」

俺と遠坂とで呆気に摂られた声を出す瞬間、イリヤが俺に抱きついてきた。
う、いや、いきなりそんなことをされても、非常に困るんだが――――遠坂の視線が非常に痛いし。

「いや、ちょっと待て、イリヤ」
「駄目? 外は危険がいっぱいだし、今日くらいは甘えておきたいと思ったんだけど……」

と、縋るような目をするイリヤ。
だから、そんな表情をしないでくれ。断れないじゃないかっ……!

「……駄目?」
「駄目……じゃない」
「やったっ」

根負けしました。ええ、後でなんと言われても、女の子を泣かす事のないように切嗣に言われてますし。
と、嬉しそうに再度、抱きついてくるイリヤとは対照的に、遠坂が部屋を出て行くのが見えた。

「遠坂……?」
「――――ロリコン」

その言葉には容赦なく、その表情には笑みはなく、遠坂は本気で怒っているのがよく分かった。
背筋が寒くなるが、反論する事も出来ず、そのまま遠坂は居間を出て行ってしまった。

「どうしたの、シロウ?」
「いや、なんでもないんだ、イリヤ」

キョトンとするイリヤに罪はないだろう。
ええ、罪深いのはきっと俺です。わかってはいますが、なかなか治るもんじゃありません。

「苦労しているようだな、マスターよ」
「って、ギルガメッシュ、いたのか!?」

呆れたような声に、慌てて振り返ると、そこにはいつもどおり、扇風機の前に座るギルガメッシュの姿があった。
あまりにいつも通りの光景のため、皆して背景か何かと一緒くたに考えていたらしい……。

「うむ、聞くべき話かどうかは分からぬが、一部始終もな」

流れる風に髪をたなびかせ、ギルガメッシュは面白そうに俺を見る。

「その、ギルガメッシュ……他のマスターとかの話なんだが――――」
「ああ、そのことか。良いのではないか? 自らが望んで担ぐ荷ならば、決してそれは、卿の負担にはならぬだろうよ」

そっけなくそれを言うと、扇風機の電源をOFFにして、部屋を出て行こうとするギルガメッシュ。

「明日は早いのだろう、ならばその娘を寝かしつけるのが、今の卿の役割だと思うがな」

部屋を出る前にそういったのは、気を利かせてのことだろうか……いや、余計な事のような気もするぞ。

「それじゃ、シロウ。一緒に寝ましょ。あ、その前に、一緒にお風呂に入るのもいいかな〜」
「…………」

だから、何故そこで頬を染めますか?
襟首をつかまれ、イリヤにズルズルと引きずられながら、俺は反抗できないのを直感していた。

この上はせめて、何事も起こらずに翌朝を迎える事の出来るように祈ろう。
夜はまだ長く、朝はでは……まだまだ時があった。


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