〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・激突? 魔術師 対 虎〜
――――しばしの間、時間の方を巻き戻してみる。
「は〜、疲れた〜! 買出しなんてするもんじゃないわね〜」
士郎たちと別れて、藤ねえと葛木先生が穂群原学園に戻ってきたのは、お昼過ぎの頃。
校庭では数人の生徒が、何をするでもなく屯っていた。
「あ、先生〜!」
「やっぱりどこを探しても、間桐主将の姿は見えませんよ〜!」
どうやら、弓道部の男子生徒らしく、口々に藤ねえに向かってそんな事を言う生徒達。
今朝からずっと、練習返上で桜の姿を探しているのである。さすがに疲労は隠し切れなかった。
「何を情けない事、言ってるのよ? 極寒の冬に……恐怖の寒中水泳を耐え忍んだ選手が、言うセリフじゃないわよっ!」
そんな彼らに、藤ねえは気合を入れろー! と叫ぶが、その反応は芳しくなかった。
「俺ら一年っすから、そんな行事に参加してません〜!」
「というか、本当にあるんすか、その行事?」
などと、口々に不満の声をあげる部員達。それを見て、藤ねえの柳眉がさかだった。
「いいから、キリキリ探しなさ〜いっ!!」
がぉーっ、と虎の咆哮を上げる藤ねえの叫びに、男子生徒達は蜘蛛の子を散らすように散っていった。
「まったく……あ、葛木先生、荷物を持っていただいて、ありがとうございます」
「いや、ついでですので」
淡々とした口調の葛木先生から、藤ねえは荷物を全て受け取った。
どうやら、用事があると出かけた葛木先生に引っ付いて、荷物持ちを頼んでいたらしい。
要領がいいというか、なんと言うか……まぁ、その用事がキャスターに会いに行ったことなので、逆に危険極まりない話なのだが。
ちなみに、校門の影に隠れて様子を見ている人影がいるが、二人とも気づいていなかった。
「それじゃあ、私は弓道場の方に戻りますけど、葛木先生はお昼はどうします? なんなら、一人分くらい用意できますけど」
「…………いえ、所用がまだありますので、落ち着いてから店屋物でもとることにしています」
「あ、そうですか? う〜ん、荷物を持ってもらった、お礼もしたかったけど、それじゃあしょうがないですね」
お礼と言っても、その食事は女性部員が作るのであるが……まぁ、お好み焼き丼というレパートリーの藤ねえ自らが作るよりは、ましなのかもしれない。
そんなわけで、その場はひとまずお開きになった。葛木先生は校内へ、藤ねえは弓道場へ向かう。
その頃、校外を爆走する人影があったが、それに気づいた人は少数であった。
もっとも、それに気づいたとしても、関わろうとする人は皆無だったろう。
見た目は普通の女性だったが、その迫力は鬼神も圧倒するほどだったからだ。
「う〜ん、それにしても……桜ちゃんったら、どこに行っちゃったんだろ」
それからしばらくして、弓道場でじっとしているのも性に合なかったのか、藤ねえは校内をぶらぶらと散策していた。
呑気そうな表情を保っているが、彼女は彼女なりに心配を強めていたのだった。
「これで、実は士郎の家に遊びに行ってました〜、みたいなオチだったらいいんだけどな……」
そんなわけ、ないか。と藤ねえは嘆息するが、実はそのものずばりだから恐ろしい。
そうして、あちこちを見回っていた藤ねえの足が止まる。
「…………おい、誰だよ、アレ」
「いや、俺に聞くなって」
家庭科室の前に、人だかりが出来ていた。十名近い男子生徒が、息を潜めるようにドアの隙間から室内を覗いている。
その顔は、藤ねえの見知った顔ばかり、弓道部の男子部員ばかりである。
「こらっ、あなたたち、なにしてるのっ?」
「ふ、藤村先生……!」
藤ねえが声をかけると、驚いたように飛びのく男子生徒一同。
その様子に呆れたような表情を見せながら、藤ねえは腰に手を当てて、男子生徒を見渡す。
一年生から三年生まで、ものの見事にこの場に勢ぞろいしているので、ともかく、上級生に話を聞いてみることにしたらしい。
「黒桐君、一体どういうことなの? 皆してこんな所にいるなんて。間桐さんはまだ見つかってないでしょ?」
「は、はぁ、先生……でも、ちょっと見て下さい」
「?」
男子生徒に促されるままに、藤ねえは開いたドアの隙間から、室内をのぞき見る。
そうして、一瞬呆けたような表情になり、まじまじとその光景を見て、首をかしげた。
「…………誰?」
「〜〜〜〜♪」
鼻歌を歌いながら、エプロン姿の女性が包丁を片手に、まな板に載せた野菜を刻む。
コトコトと音を立てるのは鍋の蓋、シチューであろうか、室内には心地よい香りが漂っていた。
鍋の中身を小皿により分け、味見をし、満足げに微笑む。
その歳は、二十代前半か、若妻と呼ぶにピッタリの印象のある、美人が家庭科室で調理をしていたのである。
「う〜ん、一体……誰なんだろ? 誰か、知り合いの人いる?」
ひそひそ声の藤ねえの問いに、そろって首を振る男子生徒一同。
ちなみに、何故か大声を出すのは躊躇われ、みんな息を潜めていた。
なんというか、室内のその光景はとても穏やかで、侵しがたい雰囲気を漂わせていたからである。
「とはいえ、このまま放っといていいのかなぁ……? 声でもかけてみようかしら?」
どうしたものか、と腕を組んで考える藤ねえ。それを見て、男子生徒達は顔を見合わせた。
だから、早く声を掛けようって言ったんだよ……などと、呟きが漏れるが、幸い、藤ねえの耳には入っていないようだった。
「でも、あそこまで堂々と料理してるんだし、許可でももらってるのかしら……?」
そんな感じで藤ねえが呟いたとき、廊下の向うから見知った人影が歩いてくるのが見えた。
その人物は、堂々としているわけでも、オドオドとしているわけでもなく、ただ悠然と廊下を歩いている。
まるで流れるような歩みで、廊下にたむろする藤ねえ達のもとに着いたその人は、静かに彼らを見渡し、口を開いた。
「藤村先生、どうかされたのですか? なにやら、尋常でない空気を感じたのですが」
「ああ、葛木先生……いや、なんていうか……そこの家庭科室なんですけど」
「家庭科室……?」
藤ねえに促され、葛木先生は家庭科室の中を見て、しばし沈黙した。
普段は何事にも動じない彼だが、さすがにその光景は予想外だったのだろう。
ほんの少し、僅かに眉根をひそめると、確かめるように今一度、室内の光景に目をやる。
「あれは、一体なにをやっているのか……」
そう呟くと、止める間もなく、ドアを開けると葛木先生はドアの中に入っていった。
「ちょ、ちょっと……葛木先生!?」
慌てたように、藤ねえはその後を追い、室内に入る。
「こんな所で、何をしている」
「そ、宗一郎様……」
室内に入ってきた葛木先生に、キャスターは慌てたようにオロオロとした表情を見せるが、後に入ってきた藤ねえを見て、ムッとした表情を見せた。
「校内の設備を使用する時は、学校側の許可を得なければならない。調理をしたければ、前もって私に言っておけ」
「はい……すいません。その、宗一郎様……その女の人は?」
「ああ、藤村先生か……同じ職員仲間だが?」
「そう、ですか。なんだかとても親しそうですね」
きっ、と藤ねえを見るキャスターの視線はかなり鋭い。しかし、藤ねえの方はと言うと、その視線より、室内に漂う料理の香りに気を取られていた。
野生の虎の如く、獲物を見つけたかのように、するすると鍋の方に移動すると――――勝手に鍋の中身をすくって、口をつける。
「どれどれ……わ、おいしいっ! 葛木先生もどうです?」
「な、何を勝手に――――!」
傍若無人な振る舞いに、怒りの声をあげそうになるキャスターだったが、葛木先生が鍋のもとに歩み寄ったのを見て、緊張したように口を噤む。
葛木先生は、鍋の中身をすくい、小皿に分けると、それを一口、味わうように口に含み、そうして、小皿をコトリと置いた。
「……味付けが濃いな。もう少し薄めの方がいい」
「は、はい」
葛木先生のその言葉に、毒気を抜かれたような表情になるキャスター。その顔をマジマジと見ていた藤ねえだったが、何かに気づいたようにポンと手を打った。
「あ、ひょっとして、葛木先生の話してた婚約者って、この人?」
「――――」
藤ねえの言葉に、キャスターは驚いたように葛木先生を見る。少なくとも、自分ではそう言っているが、当の葛木先生が肯定した事はなかったのだ。
キャスターの視線の先、葛木宗一郎は静かに頷く。そうして、荘厳な口調で彼は言葉を放った。
「ええ、まだ日本の風習に慣れてはいませんが、おいおい教えていこうかと思っています」
「ふーん、やっぱり結婚相手が外国人だと、色々大変なんですねー。私の場合、恋人自体がいないから、なんともいえませんけど」
「――――」
葛木先生と藤ねえが話し込んでいる間、キャスターは呆けたように立ち尽くしていた。
頭の中では、先ほどの葛木先生のフレーズが繰り返し流されているようである。
「えっと、メディアさん、だっけ?」
「は、はい?」
藤ねえに声をかけられ、戸惑ったようにうろたえるキャスター。
そんな彼女の手を取って、友達よろしく、ブンブンと振る藤ねえ。
「相手は朴念仁な方だし、大変そうだけど、応援するからがんばってね」
「は、はぁ……あの、宗一郎様との関係は――――?」
「ん? 葛木先生の事? 同じ教師仲間だけど」
キッパリと言う藤ねえ。どうやらここに来て、ようやっとキャスターも藤ねえがライバルでない事を確認できただろう。
その表情も少し和らぎ、温和な笑みを浮かべた。
「――――そうですか、宗一郎様をよろしくお願いします」
「ええ、そりゃもちろん。大船に乗ったような気で任せてちょうだい」
そんな風に親睦を深める二人に背を向け、葛木先生は家庭科室の出口に足を向けた。
「宗一郎様……?」
「まだ、仕事が残っている。昼食は店屋物を取るのをやめるから、そのまま用意を続けてくれ」
「……はいっ!」
嬉しそうなキャスターの言葉を背に受けて、葛木先生は廊下に出る。
そこには、どうしたものかと廊下でたむろしている男子生徒たちの姿があった。
「お前達、見せ物ではないぞ」
静かな台詞だが、その一言は、男子生徒たちを怯ませるほど凄みがあったりする。
葛木先生のその一言で、男子生徒達は三々五々に廊下から逃げ出していった。
「……あれは、照れ隠しね。葛木先生にしては珍しいわ」
「そうなんですか……私には、よく分からないんですが、そうだとしたら、嬉しいですね」
顔を見合わせて笑う、藤ねえとキャスター。
そうして、一連の騒動はこうして幕を閉じたのである。
余談ではあるが、後の昼食時、藤ねえはちゃっかりその場に参加して、同伴に預かったのは言うまでもない。
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