〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・彼女の決意〜
一通りの話を終えた後、私は衛宮君の部屋を出て、自分の部屋に戻った。
桜の体調は、予想よりも多少は悪いが、それでも深刻というわけではない。
そもそも、聖杯戦争の戦いに敗れたら、身の安全どころか、命の危険にさらされるのである。
戦いに負けていながら、それでも五体満足にいられている桜は、幸運と言えた。
半年前、言峰に不意打ちを喰らったとき、ランサーの元のマスターの左腕をぶった切って、令呪を奪ったと言っていた。
今回のマスターの中にも、そんな方法をとる危なっかしいヤツがいるかもしれないのだ。
そう考えれば、今回の桜の状態は、最悪よりは……よりましな状態と言えた。
「ま、そういうわけだから、桜の治療に聖杯を使うかもしれないから、そこんとこよろしく」
「話は分かりました。ですが、本当に信頼してよろしいのですか?」
「それは、士郎の事? それとも、イリヤか桜か……」
「端的に言って、他の相手の全てに対してです」
私の話を聞いて、ジャネットは頑なな表情で話した。
どうも、彼女は衛宮君に対し、反感を持っているみたいだった。
まぁ、彼を見てると私でもヤキモキする時があるのだ。
敵に対して必要以上に甘いと言うか、来るものは誰彼構わず、去る者は引き止め……自分を殺そうとしたイリヤすら、かわいそう、の一言で受け入れてしまうのだ。
そのくせ、自分の身には危機感が一切ないし、頼まれ事は無制限で引き受けるから、厄介ごとが四六時中付いて回るのだ。
まったく、私の十分の一でいいから、要領の良さを持ちえて欲しいものよね……!!
「あの、マスター……?」
っと、ジャネットと話している最中だった。彼女は怪訝そうな表情で私を見ている。
それにしても、ここまで他に対して警戒が強いと、困り者かな。私以外の相手と親しく話してるのを見たことないし……。
「なんでもないわ。ともかく、今は状況を推移するのを見るしかないのは、変わらないから」
「ですが、最後の一人まで戦うのが聖杯戦争なのでしょう? 周りが敵ばかりと言うのに、どうして落ち着いていられるのです?」
「敵、敵、敵っていうけど……今回は、敵になるかは分からないわよ」
「?」
怪訝そうなジャネットに対し、私はそれ以上は説明しなかった。
あくまでも仮定の話……聖杯戦争の歴史、ライダーの話していた大聖杯、そして、大魔の飽和した街。
そこから導き出される、一つの結論を、私はまだ誰にも話していなかった。
「それはそうと、ジャネットに言っておきたい事があるわ」
「――――はい」
私の口調がガラリと変わったのに気が付いたのか、ジャネットも表情を改め、返事をする。
雄々しき騎士の佇まいを身に秘める彼女に、私は目元を引き締め、厳かに宣言した。
「これからの戦い、私が斬れと命令した相手は、容赦も情けもなく斬り捨てなさい」
「――――それは、どのような相手に対しても、ですか?」
「ええ、衛宮君は、実力的には申し分ないけど、悪を自称する相手にはともかく、それ以外の相手には止めを刺すのを躊躇うでしょう」
そう、これは私の役割。どんな損な目に会おうと、戦いを勝ち残らせるためには、非情さも必要なのだ。
だけど、衛宮士郎には、それがない。それは、致命的であるが、同時に私の好きな部分でもあった。
故に、血に染まる覚悟を固める。それが、魔術師として、そして……人としての、遠坂凛の出した結論だった。
「重ねて問いますが、『どのような相手に対しても』ですね?」
「ええ、二言はないわ。でも、他言はしない事。いいわね」
「――――承知しました。マスター」
首肯するジャネットを前に、私は決意を固める。
何としてもこの戦争を生き残る。そして、あの、おせっかい焼きの青年や、アインツベルンの娘――――。
そして…………離れ離れになっていた実妹も、護ってみせる。
「やってやろうじゃないの……」
少々贅沢な決意かもしれないが、こちとら何時も、貧困にあえいでいるのだ。
だからこそ、これくらい豪勢な決意をしないと、割には合わないと思ったのである。
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