〜Fate GoldenMoon〜 

〜刻まれた咎〜



「ただいま〜」

買い物を終えて、衛宮邸に帰る。玄関に入り、靴を脱いでいると、イリヤが廊下を歩いてきた。

「お帰りなさい、シロウ。桜が目を覚ましたわよ」
「ああ――――って、本当か!?」
「本当よ、ライダーが報告してきたの。けど……あ、ちょっとシロウ!」

イリヤの話を聞き、俺は廊下に上がり、別館に駆ける。
そうして、桜の部屋の前に来て、深呼吸を一つ。そうして、ドアをノックした。

「桜、俺だ。起きてるのか?」
「その声は、エミヤシロウですね。鍵は開いています。どうぞ、入ってください」

ドアの向うからライダーの声が聞こえ、俺はドアを開けた。



「先輩……」

照明に照らされた室内。その部屋の主は、ベッドに横たわったままで、俺を出迎えた。
ライダーの立つ、ベッドの傍らに俺は歩み寄る。どこかまだ、青ざめた顔で、それでも桜は笑顔で俺を出迎えてくれた。

「桜、元気か?」
「はい、まだちょっと起きれませんけど、すぐに元気になりますから、安心してください」
「ああ……」

頷く俺を見て、桜は困ったように笑みを浮かべる。

「先輩、お買い物の帰りだったんですね。両手に、荷物を持ったまま」
「――――大所帯になってるからな、買い物とか料理とか、大変だよ」
「いいなぁ……先輩と一緒にお買い物に行って、先輩とお料理をして……何でこんなとき、ちゃんと動けないんだろ」

ため息交じりに、桜は残念そうにそんな事をいう。
ああ、それは俺も残念だ。桜と一緒に買い物に行ったり、台所に立ったり……それは、俺にとって最も身近なものだったのだ。

「そうだな、身体が治ったら、一緒に買い物に行こう。それに、俺一人じゃ欠食児童たちが満足しないだろうから、料理も手伝ってもらうさ」
「ええ、先輩一人じゃ、危なっかしくて任せられません。先輩には、誰か隣に立って支えてあげなきゃ、いけないんですから」

断固とした表情で、桜はそんな事を良い、少し眠たそうに、あくびをした。
まだ病みあがりだし、あまり無理をさせるわけにはいかないだろう。

「まだ本調子じゃないんだ。無理しないで今は休んだ方が良いぞ、桜」
「はい、ちょっと疲れちゃったし、寝ちゃいますね……先輩、手、握っていてくれますか?」

おずおずと、ベッドから手を出し、桜は懇願するような目を向ける。
まいったな……そんな顔されたら、断れないじゃないか。

「少しだけだからな……ほら」
「ありがとうございます……先輩の手、大きいですね」
「――――」

握った桜の手は、ほんのりと暖かく、柔らかかった。
なぜだか、胸が締め付けられるような、不思議な感情がこみ上げてきた。それを誤魔化すために、顔を背ける。

そうしてすぐに、桜は寝息をたて始めた。
だけど、握られた手を離すのは躊躇われ、それからしばらくの間、俺は桜の手を握ったまま、しばしの時を過ごしたのだった。



「それじゃあ、桜の世話を頼むな、ライダー」
「はい、お任せください」

後の世話をライダーに任せ、俺は荷物を持って、廊下に出る。
さて、まずは昼食の準備をしないとな。昼食のレパートリーを考えながら、俺は本邸に向かう。

「お待ちください。シロウ」
「っ!? なんだ、ライダーか……」

いきなり後ろから声を掛けられ、驚いて振り向いた先には、紫紺の髪、漆黒の姿の美女がいた。
だけど、一体どうしたんだろうか、何か俺が、まずいことでもしたのか……?

「その、なんか俺、変な事でもしたのか?」
「いえ、貴方の言にはおかしな所などありませんでした。むしろ、あそこまで桜を元気付けれたのは、驚嘆の一言につきます」

ライダーの言葉に、ともかく俺はホッと胸をなでおろした。
しかし、だとしたら一体どうしたんだろう。俺に声をかけてくるには、それなりの理由があるはずだ。

「それだからこそ、貴方には伝えておいた方が良いと思いますので……実は、サクラの下半身の、感覚がなくなっています」
「――――!?」
「かろうじて、動かす事は出来ますが、それも意識しての事。下手をすれば、このまま全身の感覚が無くなる事もありえます」

呆然と、俺はライダーのその言葉を聞いていた。
本当に、何でこんな事になったのだろう。桜が何をしたというのか……あんな優しい笑みを浮かべる事の出来る桜が何故こんな目にあうのか。
理不尽な運命、刻まれた咎……それに怒りを感じ、俺は壁を殴りつける。だけど、そんな事では何の解決にもなっていなかった。



結局、その日の昼食は手につかなかった。
いや、料理自体は普段よりもうまく出来たくらいで、遠坂やイリヤに褒められたのも覚えている。

しかし、それはまるで、どこか離れた世界を垣間見ているようだった。
何をするでもなく、午後は部屋に戻って、何をするでもなく……じっとしていた。

「全く、何をやってるのかと思ったら、ものの見事に塞ぎこんでるわね……」
「――――」

閉ざした視線の先から、聞きなれた声がする。
いつでも自信満々の、彼女の声。今はそれを聞くことすら煩わしく、心に蓋をし、聞き取った言葉を無視する。
何も聞きたくない、そんな時――――唇に、妙な感触があるのに気づいた。

いぶかしんで目を開けると――――そこには、遠坂の顔があった。
閉じられた瞳、長い睫、そうして、間近に感じる彼女の香りと、柔らかな唇の感触が――――

「う、うわっ!?」

びよーん、と、部屋の隅まで飛び退る。
遠坂は幻でもなんでもなく、やっぱり部屋の中にいる。それを確認し、頭の中が一気に沸騰した。

「ふぅ、やっと正気に戻ったのね……ま、欝屈してる時には、ひっぱたくより、こっちの方が良いかと思ったけど」
「な、なな……なにするんだ、お前――――っ!!」
「何よ、不満そうな顔して、私とキスするのが、そんなに嫌だったわけ?」
「う、いや、そんなことは全くない、けど」

だけど、何でこんな事をするのか。
戸惑う俺の表情を見て、遠坂はあきれ返る半面で、非常に嬉しそうな表情を見せた。
う、だからその表情は反則だろう。落ち込んでた気分が、そこそこ安定していくのが分かった。

「何を気にかけてるのか分からないけど、一人で落ち込むのはやめなさいよ。頭数がそろっても、協力し合わなきゃ意味が無いんだから」
「――――」
「さ、何を考えてるのか話してみなさい。金銭面以外なら、相談に乗ってあげるから」

遠坂の言葉に、俺は観念する。ああ、こいつは人一倍厳しくて、それでいてお人好しなんだ。
こうまで言われて、話さないのは、遠坂に失礼だし、そんな気はなくなっていた。

「分かった、話すよ。でもその前に、一つ言っておきたいんだが……正気に戻すためにキスをするってのは、どうかと思うぞ」
「ぅ……なによ、大体、方法なら他にもあったけど、士郎が相手だから……」
「へ? なんだって?」

ゴニョゴニョと語尾を濁し、よく聞こえなかったので、思わず確認のため聞き返したのだが……どうやら失敗したようだ。
遠坂は急に真っ赤になり、慌てたようにオロオロしたかと思うと――――、

「――――っ、いいから、さっさと話しなさいってのっ!」
「わ、分かったから、ガンドの構えはやめろ――――!」

急に怒りながら詰め寄ってきた遠坂に、たじたじになりながらも、俺は桜のことを話し出す。
遠坂は真剣に、聞き逃すまいと聞き耳を立てている。そうして俺は、事の次第を……遠坂に伝えたのだった。


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