〜Fate GoldenMoon〜
〜僕達の想いの影〜
”惟時一四二九年 旭日は再び高く輝きぬ”
”我、クリスティーヌ 一一年を泣き暮らし 尼寺深く篭りたり”
”乙女はただの羊飼いなれど 武勲はいかなるローマ人にも勝れり”
”乙女が武勇の名をあげそめしは そはオルレアンの包囲陣なりき”
”大いなる勝利と権勢に包まれ シャルルはランスにて王冠を載けり”
”かくも大いなる不可思議は たえて話にも聞きしことなし”
―――――――――――――――――クリスティーヌ・ド・ピザン
「馬鹿ね」
俺の話を聞き終わり、遠坂が開口一番に言った言葉はそれであった。
まぁ、確かにそう言われても仕方が無いだろう。なんだか随分前にも、同じような事で注意された事もあるんだし。
「遠坂に呆れられるのも最もだけど、それが俺の本心だしな……ギルガメッシュはどう思う?」
「――――ふむ、我としては、最終的に勝ち残りさえすれば、マスターの嗜好など、どうでも良いのだがな」
ギルガメッシュに聞くと、そんなそっけない返事。そういえば、聞いてはいなかったけど――――
ギルガメッシュにも、何か聖杯を手に入れられなければならない目的があるのだろうか?
「なぁ、ギルガメッシュは聖杯を手にしたら、何を望むんだ?」
「――――再生と、安寧」
「?」
ギルガメッシュのその言葉に、俺は内心で首をかしげた。表現が曖昧で、何を願っているのかが……理解できなかったからだ。
ただ、支配とか破壊とかの物騒な響きでないし、問題は無いんだろう。
気を取り直し、俺は遠坂に向き直った。
「まぁ、そういうわけで、思いっきり平手を喰らったんだけど、ジャネットの戦う理由って、遠坂は知ってるのか?」
「当たり前じゃないの。相互理解は親睦の第一歩だし。そもそも、いままで自分の英霊の願いを知らなかった、士郎の方がどうにかしてるのよ」
「む――――」
あっさりと、そう言われ、さすがにショック。
だけど、遠坂はそれが当然というふうに、商店街への道を歩きながら、言葉を続けた。
「ジャネットにしてみれば当然よ。彼女は命を賭け、この戦いに勝ち残り、望みをかなえようとしている。なのに、聖杯なんていらないなんて、公言するんだから」
「ああ、それは分かっている」
「……分かってないわね。ジャネットはこの戦いを勝ち残るのに必死なのよ。目的が、命より大事なくらいにね」
全てを敵に回すくらいの覚悟――――あの時、ジャネットは確かにそう言っていた。
遠坂以外の相手には、一線を引いた対応をしていたのも、そのせいだろう。
しかし、そうなると、やっぱり気になることがある。
「それで、ジャネットの願い事ってのは一体なんなんだ?」
「――――……」
そう聞くと、遠坂は表情を曇らせ、唇を噛んだ。何と言うか、苦い薬を飲んだかのように、その表情は晴れない。
遠坂は一つため息をして、俺のほうに顔を向けた。
「衛宮君……ジャンヌ・ダルクについて、貴方はどれくらい知っているの?」
「ジャンヌ……? 学校の授業で習ったくらいだからな……フランスの英雄で、イギリス軍を破ったけど、最後に捕まって火あぶりにされた、くらいだな」
「そう、その程度なのよ。歴史に対する人間の反応なんて」
遠坂は、辛そうに、それでも淡々と冷静な魔術師の顔で、事実を述べた。
街を歩く。そこには無数の人が住んでいる。だけど、誰も彼女の事を知らない。過去を求めない、今は、そんな時代。
「ジャネットの願いはね……歴史の修正。といっても、たいしたことは無いわ。ただ、魔女と呼ばれない事、それだけ」
「……え?」
「そう、歴史が彼女を魔女だって記しているのは、書籍の中の一部分。ただ、それを修正するだけが、彼女の願いなのよ」
その言葉に、俺は呆然となった。それはつまり、どういうことなんだろう……頭では理解できるけど、感情では理解できなかった。
過去になんらか影響を与えるわけではない。未来への望みを求めるわけではない。
それは、些細な自己満足に値するもの。小さな、小さな願いである。
「英国だと、未だにジャネットのことを魔女だって評する事もある。それが、ジャネットには我慢できないんですって」
「――――」
「本当に、呆れるわよ。無視しても良いくらいの悪口を、全力で否定しようとするんだから……」
キャスターの少女。騎士としての装いをその身に纏い、それでも、聖杯には魔女として呼ばれるようにしか記されていない。
彼女は、自らの存在を訴える為に、自らを魔女として呼ばせないために、今も戦っているのか……。
「なんだか、重いな」
「そうね……本人じゃなきゃ、笑い飛ばしそうな理由よ」
口ではそう言っているが、遠坂の表情は真剣そのもの。
意味の無い事に全力を傾ける。こだわりの為に、その身をささげるその覚悟……。
それは、ある意味でとても気高く、哀しいものであったのだから。
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