〜Fate GoldenMoon〜 

〜探索、和洋折衷〜



「さて、まずはイリヤのところにいってみるか……」

俺はそう呟くと、和室の方に足を向けた。最初に担ぎ込んだ和室が気に入ったのか、イリヤは逗留するとき、和室の一室を使っている。
そんなわけで今のイリヤの部屋は和室、そこに荷物を運び込んで、自分の部屋として使っていたのだ。

「イリヤ、起きているか?」

ノック代わりに、襖の向うに声をかける。ほんの少しの間の後、襖が開いた。

「ん……おはようシロウ、どうしたの?」
「いや、朝食はパンにするんだが、焼くほうがいいか、焼かないほうが良いか聞いて回ってるんだけど――――」

イリヤにそう問いつつ、俺は和室の中を覗き込んだ。畳敷きの部屋の中には、敷いてある布団の他に、書棚、鏡台、衣類を詰め込んだ棚などが置いてあった。
部屋の主はというと、薄紫色のパジャマと、小脇にはぬいぐるみを抱えて半分寝ぼけたような状態である。

「パン…………私は焼かないでいいわ。冷蔵庫にジャムがあったはずだし」

さすがに藤ねえに引っ付いて、しょっちゅう遊びに来ているだけあって、好みの食べ物はしっかり把握しているようだった。
俺は頷くと、周囲を見渡す。そうして、半分寝ぼけたイリヤに質問してみた。

「そういえば、ランサーは?」
「ランサ〜〜〜〜? さぁ、その辺にいるんじゃないの?」

俺がそう聞くと、半分寝ぼけているせいか、思いっきり不機嫌そうな声で、そんなふうに答えた。
ぷ〜、とむくれた状態で、ぬいぐるみを胸に抱きながら、イリヤは拗ねたように口を開く。

「本当なら、他の英霊となんて契約したくなかったけど、そうしなきゃ……リンが納得しないでしょ」
「ああ、まぁな。じゃあ、イリヤ、ランサーと」
「うん、仮契約ってことで納得したのよ。でも、出かけるとき以外は、そばにいなくていいって、言っといたから」

今頃、屋敷のどこかに居るんじゃないかしら。と、白い少女はそんなことを言った。
そうして、あくびをすると、目をこする。何だかんだ言って、まだまだ眠そうである。

「まだもうしばらく寝てるから、ご飯できたら、起こしに来てね」
「あ、ああ。おやすみ、イリヤ」
「うん」

俺の言葉に頷くと、イリヤは部屋の中に敷いてある布団に倒れこむように横になり、すぐに寝入ってしまった。
寝入ったイリヤに、掛け布団代わりのタオルを掛けなおした後、俺はそっと部屋を出る。
ともかく、イリヤの身を護れるかという、一つの不安が解消されたので、俺はホッと一息ついた。
歴戦の勇士であるランサー、なんっだかんだ言って、その強さは信頼に値するからである。



次は桜の様子でも見に行ってみるか。
そう思い、俺は廊下を進む。と、脱衣場の方から水音が聞こえてきた。

「? 誰か、シャワーでも使っているのか?」

遠坂じゃないだろう、イリヤはさっき会ったし……と、怪訝に思ったので、脱衣場を覗いてみる。
その時、間の悪い事に、水音が止まり、浴室から誰かが出てきた。それは――――

「よう」
「なんだ、ランサーか」

素っ裸で、水滴を滴らせて出てきたのは、蒼い槍兵こと、ランサーであった。
正直、残念なような、ホッとしたような気分ではある。女性だったら、トラブルは避けれなかったからだ。

「残念そうな面してるな。色っぽい女でも水浴びしていると思ったのか?」
「そんなわけないだろう。そういえば、ランサーって霊体になれるんだよな……それで、覗きとかしていないだろうな?」
「はっ、何でそんなことしなきゃならないんだよ。女ってのはな、抱くから楽しいんだ。覗きなんてする趣味はねーよ」

心外だ、というふうに肩をすくめるランサー。その口調に、嘘はないだろう。
遠坂とか、イリヤとかの着替えを覗きしてたら、それ相応の報復をしようと思ったんだが、杞憂だったようだ。
……ま、報復といっても、料理にちょっとした細工をするくらいだけど。

それにしても、いい体つきだよな。贅肉一つない四肢、筋肉に包まれた胴体と――――

「――――」
「ん、なんだよ」

いや、負けた、とは思わない。しかし、さすがに反則ではないだろうか。
俺が発育途上である反面、ランサーは完成された形をしている。現時点では敗北を認めるしかないだろう。

「だから、なんなんだよ、人の身体をジロジロと見やがって、俺にはその気はねーぞ」
「安心しろ、俺もない……それより、朝食のパンを、焼くか焼かないか聞いて回ってるんだが」
「はぁ、パンか……? そうだな、中まで火の通るようにあぶってくれ。焦げ目がある方が美味いんだ」
「分かった、焼きだな」

頷くと、俺は踵を返した。そうして、ふと思いついて、ランサーに向き直った。

「そう言えば、イリヤのこと、説得してくれたんだってな」
「ああ、というか、俺は何も言っちゃいねーよ。あのチビがわめくのを、ずっと聞いてただけだ」

最終的に決めたのは、あの子供だ。と、肩をすくめるランサー。

「あと五年もすれば、いい女になるかもな、もっとも、それを見届けることは無いだろうがな」
「そうか、ま、ともかくイリヤの事をよろしく頼む」
「ああ。出来るだけのことはするさ。それにしても、お前のその台詞……何だか世話好きの馬鹿兄って感じだぜ」
「ほっといてくれ」

憮然とした表情で、俺は踵を返した。何だかんだ言って、やっぱりランサーは俺の苦手なタイプであった。



改めて、桜の様子を見るため、別館に足を運ぶ。
コンコンとノックをして、桜の部屋に入る。すると――――

「ん――――」
「――――!?」

灯りの消された室内。眠っている桜に覆いかぶさるようにする、長髪の影。
触れ合う唇、人形のような少女の唇を、愛撫するかのように、這い回るは妖女の唇。

それは、まるで神話の一部を切り取ったかのように、神聖でありながら、どこか物悲しさを感じる情景であった。
呆然とする俺の視線、その視線に気づいたのか、ライダーが顔を上げ、こちらを見る。それで、圧迫したかのような空気が弛緩した。

「失礼、桜の体調を整えていたものですから」
「あ、ああ……ライダー、それで、桜の様子は」
「……正直、芳しくありませんね。専門の知識は、桜の祖父である臓硯が一手に握ってました。私は、桜の身体を一時的に癒しているに過ぎません」

ライダーの言葉には覇気がない。桜の状態は相変わらずで……ライダーが言うには、眠っていた方がむしろ、身体に負担がかからないらしい。
結局、家に担ぎ込まれてから、桜が目を覚ます事はなかった。

「まぁ、遠坂もイリヤも居るんだ。きっと何とかなるだろう。ライダーも、少しは休んだ方がいいぞ」
「そうですね、医者の不摂生という言葉もあります。時折、休息は挟む事にしましょう」
「ああ、それで、朝食なんだが、ライダーも摂るんだろ? パンにするんだが、焼くか焼かないかを聞いてるんだが……?」

俺の問いにライダーは考え込むと、ややあって、お任せします。と呟いた。

「特に好みというのもありませんので、適切な判断をお願いできればよろしいのですが」
「お任せか……わかった。そういえば、桜の食事はどうするんだ? 眠ってるけど、何も食べないのも身体に悪いだろ?」
「……流動食であれば、私が桜に食べさせますので、そちらの方もお願いできますか?」
「そうだな……後でお粥を作るから、桜に食べさせてやってくれ」

俺の言葉にライダーは頷く。桜にはライダーが付いているし、大丈夫だろう。
さて、あとはジャネットか……今朝の一軒もあるし、会うのは気が引けるが、そういうわけにも行かないだろう。

「そうだ、ライダー、ジャネットを見かけなかったか? 彼女にも要望を聞こうと、探しているんだが」
「ジャネット……リンの英霊ですね。いえ、見かけませんでした。私の居た土蔵にも、誰も来ませんでしたから」

見かけていない……か、それじゃあ庭のほうだろうか、それとも――――



そうして、屋敷の中を巡った最後に、俺はそこにたどり着いた。
板張りの床、換気のため、開け放たれた窓、その場の中心に跪き、少女は何かに祈りを捧げていた。

道場に一人佇むその姿は、どこか、見覚えのあるような光景。
思い出の中にある、あの少女をどこか思い出す光景であった。

「そちらで見ているのは分かってます。入ってきたらいかがですか?」
「…………まいったな、気づかれていたのか」

苦笑を浮かべ、俺は道場に足を踏み入れる。
どこか、警戒するような視線を向ける、魔術師姿の少女は、いつもどおりの遠坂の英霊、ジャネットの姿だった。


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