〜Fate GoldenMoon〜 

〜ややあって、そんな日の朝〜



「んーっ……」

もぞもぞと布団から伸びだして、大きく伸びをする。
暑い夜のせいか、寝間着は水を吸ったように、汗でぐっしょりと濡れていた。

日の差し込む部屋で、大きく伸びをする。どうやら、今日もいい天気のようだった。
さて、皆が起きる前に、朝飯を作っとかないとな。

俺は、普段着に着替えるために、寝間着を脱ぐ。
そうして、何とはなしに部屋を見回したとき……部屋の隅に何かが転がっているのが見えた。

「ん……? 何だこりゃ、って、えぇ――――っ!?」

部屋に転がっているそれに、俺は思わず悲鳴を上げた。魔術師の法衣、金色の髪、安らかな顔で眠っている、それは……。

「ジャ、ジャネット!?」

寝ぼけていた頭が、一気に覚醒する。というか、なにゆえ、ジャネットが俺の部屋に?
呆然とする俺だが、はっ、とまずいことに気づいた。

今、俺は下着姿である、つまり、この状況でジャネットが目を覚ますのは非常によろしくない。
おそらく目を覚ましたら、問答無用で攻撃を受けるだろう。

「と、ともかく、急いで着替えよう……」

慌てながらも、ジャネットを起こさないように上と下と、着慣れた服へと着替える。
身なりを確認、上よし、下よし、ズボンのチャックもちゃんと閉まっている。

「よし、お〜い……ジャネット」

見落としがないか確認して、改めて、ジャネットの身体をゆする。
小柄な身体は、身体をゆすられ、しばらくむずむずと蠢いていたが、ややあって、ぱちりと目を開けた。
覗きこむ俺と、視線が合う。とりあえず、俺はフレンドリーな笑みを浮かべた。

「やあ、おはよぅ……」
「っ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「へ?」

どげしっ!!

跳ね起きざまに、どてっぱらに一撃。二転三転し、俺は壁に激突した。逆さになった部屋の景色の中で、ジャネットが部屋から逃げ出すのが見える。

「そうか、よくよく考えたら、起こさなくても、部屋から出てけば良かったんだ……」

遅まきながら、その事に気づき、俺はガックリと気を失った。
白々しい朝日が、部屋の中に光を投げかける、そんな明け方の出来事であった。



「う、いてて……」

痛む腹部を押さえながら、俺は部屋を出た。気を失ったのは、数秒の事。屋敷の中は、相変わらず静まり返っていた。
ジャネットはどこに行ったのか、周囲にはその姿を見せなかった。庭に面した廊下を通り、居間へと入る。

居間に入ると、そこにはいつもどおり、扇風機の前に陣取り、風に当たるギルガメッシュの姿があった。

「おはよう、ギルガメッシュ……って、どうしたんだ、その顔」
「別に、とりわけ気兼ねする事でもない」

むすっ、とした表情で、明らかに何かあった感じのギルガメッシュは、そっけなく返答する。
しかし、顔にくっきりと拳の痕がついているのは、さすがに、見過ごすわけにはいかなかった。

冷凍庫から、氷を出し、、台所にあったビニール袋にいれ、それを、薄手のタオルで包み、ギルガメッシュに差し出す。

「ともかく、これで冷やしておけよ。何があったか分からないけど、腫れているのは冷やした方がいい」
「ふむ……その言や、良し。そうする事にしようか」

ギルガメッシュは、俺から受け取ったタオルを頬に当て、一息ついた。
何だかんだいって、やっぱり痛かったらしい。その様子を横目で見ながら、俺は台所に入った。



さて、朝食はどうしよう……朝らしく、さっぱりした料理にでもしようか。
台所で一人、頭を悩ませてみる。なにせ、七人分の食事ともなると、けっこうな量になるのである。
それに、いいかげん桜にも何か食べさせないと、食事も取らずに眠っているのは、身体に悪いに決まっていた。

ともかく、メニューとざっと決めると、俺は調理に取り掛かった。
冷蔵庫から卵をパックごと取り出すと、ベーコン、ウインナー、キャベツなど、調理に必要なものを取り出す。

そんなこんなで、調理に取り掛かり始めたとき……



「ぅ〜……」

ふらふらとした足取りで、台所に現れた人影があった。もはや驚く事もない、見慣れたその姿は――――

「おはよう、遠坂。今日も元気そうだな」
「アンタね……この状態を見て、そういうこと言うの?」

不機嫌そうな声で、それでも、覇気のない声で言うのは、やっぱり朝が弱いからだろう。
とはいえ、あまりからかうのも良くはない。この前、朝に弱いなら、俺がきっちり起こしてやろうか? などと、からかい半分に言ったところ、

「……ええ、それも良いかも知れないわね。そのかわり衛宮君、ちゃんと責任取れる?」

などと、ひどく真面目に据わった目で問い詰められてしまったのだ。
つまり、遠坂の寝姿を見て、理性を保てるか、ということだが……俺は返答できず、数日間は遠坂にからかわれまくりの日々を過ごした事もあった。

何にせよ、この状態の遠坂は、頭の働きは通常の七割な分、性格が微妙に歪っているのである。
ここは逆らわずに、無難にやり過ごすのが良いと思ったので、冷蔵庫から麦茶を取り出すと、コップについで、遠坂に手渡した。

「はい、喉が乾いてるんだろ?」
「ん、ありがと。でも、私は牛乳の方がいいんだけど……」

などと言いながらも、ちゃんと麦茶のコップを口に持ってくあたり、素直なのか捻ているのか分からない。
コクコクと、喉を鳴らす遠坂。ちなみにその格好は、見慣れた赤の私服である。

遠坂のポリシーなのか何なのか、俺は今まで、遠坂の寝間着姿を見たことがなかったりする。
ま、正直な話、見たことなくて正解なのかもしれない。遠坂と俺の関係は、親友以上、恋人未満というところである。
いや、この前の件で、恋人役を仰せつかったから、親友以上、恋人以下って所だが……やっぱり、意識して付き合わないといけない存在だった。

「あれ? 今日は洋食なの?」
「ん、ああ……和食でも良かったんだけどな、やっぱり、大所帯となると、洋食派が多いような気がしてな」

遠坂の質問に、答える俺の手元には、暖められて白くなっていく卵。
油の乗ったベーコンの上に置かれた卵は、程よく熱を通して半熟に、それを切り分けて、水洗いしたキャベツと共に、お皿に盛る。

返す刀でウインナーを炒め、同じようにお皿に盛り付ける。
パンは焼かないほうがいいか……あとで、それぞれに、焼くか、トッピングするか、どうするか聞いてみよう。

冷蔵庫の中を調べ、買い置いたばかりのフルーツサラダがあるのを確認し、一つ頷く。
食パンと、ベーコンエッグに付け合せのウインナーとキャベツ、フルーツサラダに、飲み物は牛乳……っと、まぁ、こんなところだろう。

「相変わらず、どんどん手際が良くなるわね……いっそ、どこかの料理人にでも弟子入りした方がいいかも」
「よしてくれよ……俺は別に、料理人になりたくて料理をしてるわけじゃないんだ」
「ふぅん……じゃあ、なんでよ」

なんで、か……普段ならいつも質問するのは俺のほうで、遠坂は答えるほうだった。
そんな遠坂からの質問である。適当な答えなら遠坂を怒らせかねないし、ここは真面目に考える事にしよう。

最初に料理を始めたのは、成り行き上……親父が死んで、だだっ広い屋敷に一人になった。
食べなくても生きていけるなら、きっと、そうしていただろう。ただ、やっぱりお腹が減ったら、何かを食べなきゃならなかった。
下手な料理でも、ともかく口に入れなきゃどうしようもない。そうやって作っているうち、少しずつコツみたいなものが分かってきた。

そうやって生きているうちに、藤ねえが家の様子を見に来るようになり、二年ほど前から、桜も家へと訪れるようになった。
昨今では、イリヤや遠坂も食卓へと加わる事が多くなり、和気藹々とした場がつくられている。
今では、食事の時間は腕を披露する格好の場所となっている。それは、どうしてか……

「ああ、なんだ、そういうことか」
「何よ、一人で納得して」
「いや、結局は……遠坂や皆が好きだから、努力してたんだな、俺」

皆が楽しんで、食卓が明るくなるのを見るのが、凄く好きだから、料理の腕にも力が入ったのだ。
誰に対しても、素晴らしい料理を出せる料理人とは違う、衛宮士郎の料理とは、そういう料理だった。

「――――、あ、あのねえ……! 涼しい顔してそんなこと言うもんじゃないでしょう……!」
「ん? 何か変なこと言ったか、俺」
「言ってるのよっ……! まったく、意識してるんなら性質が悪いし、無意識なら、なお悪いわ」

すっかり、目の覚めた様子で、なにやら憤慨した様子の遠坂。
突っ込んで聞きたいところだが、報復がありそうな気がするので、さすがに重ねて問うのはよそうと思った。



「それで、遠坂はどうするんだ?」
「な、何がよ?」
「いや、食パンだけど、焼くのか、焼かないのかだけど――――って、なんだか、怒ってないか?」

俺の問いに、虚を突かれたかのように遠坂は呆然として、そのあと、なにやら不機嫌そうに睨みつけてきた。
思わず怯んでしまった俺を見て、遠坂はボソッと、

「焼いてちょうだい、両面はカリカリに、中はふわっと、よ」
「あ、ああ……遠坂は焼き、な。ギルガメッシュはどうするんだ?」

キッチンから、ギルガメッシュに問う。それに対する返事は、あっさりしたものだった。

「調理の事は、料理人に任せるもの。卿の判断に任せるから、宜しく頼むぞ」
「つまり、お任せってことな。オーケー」

さて、あとは、イリヤに桜、ライダーとランサーと……そういえば、ジャネットはどこにいるんだろう。
これは、屋敷中を探してみるしかないか。

「遠坂、料理の方、並べておいてくれるか? 他の皆にも、聞いておきたいから」
「分かったわ。イリヤと桜はそれぞれの部屋にいるでしょうけど、他のは探すしかないでしょうし……がんばってね」
「ああ、できるだけ早く聞いてくる事にするよ」

遠坂の言葉に頷き、俺は居間から外に出た。すでに明るくなった庭先は太陽の光に白く輝いている。
蒼穹の空には太陽が出でて、今日も日の光を存分に浴びせてくれる。

「さて、皆を探さないとな」

日に照らされる庭先の光景に、目を細めながら、俺はゆっくりと足を踏み出した。

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