〜Fate GoldenMoon〜
〜夏月、時を渡る〜
寝静まった屋敷の中、私は屋敷内にある剣道場で、礼拝の祈りをささげていた。
本当は、もっとしっかりした祭壇のある場所がよかったが、いかんせん、そのような所は、この街では川向こうの教会しかなかったらしい。
その教会といえば、前日の英霊との戦いで、ものの見事に燃えてしまった。
今思うと、返す返すも勿体無い。あれほど神域に近い祭壇は、故郷にもそうなかったのだから。
仕方がないので、ともかく祈りだけは毎夜行っている。
マスターはカトリック教徒ではない。もっとも、この国の人々は、神、そのもの自体に信仰を抱いていないらしい。
英霊として呼び出され、時折思うことがある。
私が神に導かれたと思ったあの日々は、どのような意味を、後世に与えていたのだろうか、と。
私が予幻視……予現視の力に目覚めたのは、夏のある日のことだった。
農作業のをする両親を手伝いながら、私はその日、妙に自分の気が晴れないのを自覚していた。
その頃の私は、普通に理想も夢ももった、一人の少女として生きていた。
フランスに英国が攻めてきているといっても、それは、私たちの生活になんら影響を及ぼさない。
気が付いたら、街や村を監督する人が変わっていたと……そのくらいの変化である。
そんな変わりない生活は、その日、あの瞬間より徐々に変化を遂げるようになった。
その日の夜、私の脳裏には、様々な出来事が映し出されていた。
戦場の光景、男女の恋愛、見たこともない建物、夜も、昼も、様々な世界を見る事になった。
それが、最初、そして、私の人生の中で最大限、予現視の力が発揮されたときである。
まるで夢を見るかのように、私は毎夜、その光景を見続ける……そのせいで、普通の少女よりも早熟にまた、様々な事情も知ることになった。
私はその力を、神に見初められた力と内心で喜び、そして、生涯この事を口外しなかった。
それが、私の始まり……神の乙女、「ジャンヌ・ラ・ピュセル」の始まりでもあった。
「ん……?」
礼拝の儀に則り、跪づいて祈っていた私の脳裏に、一つのイメージが飛び込んできた。
丸い……妙なもの。網状の丸い輪の中には、三枚羽の羽が動いて、風を自分に送り込む。
それは、この屋敷にある、扇風機と呼ばれるものだ。それを、じーっ……と見る視線が一つ。
……ああ、それが誰かは分かる。この屋敷で、すでにその場所の主と化している者だろう。
しかし、よりにもよってこんな真夜中に……英霊は眠らないとしても、休息のため、目を閉じ、じっとしているか、霊体になっているのが常である。
脳裏に勝手に妙なイメージが飛び込まないように、皆が寝静まった深夜に祈った意味がまるでなかった。
「まったく……」
一言、文句を言ってやらないと気がすまない。
私は立ち上がると、居間へと足を進めた。人気のない廊下を渡り、月の照らす庭に面した廊下に出る。
居間に入ると、そこには何をするでもなく、扇風機に当たる、バビロニア王の姿があった。
しかし、当時の人々がこの姿を見たら、彼の事をどう評価するのだろうか……最も、それは私も同じことなのだけど。
「ずいぶんと、優雅な姿ですね、英雄王」
「キャスターの娘か……ここ数日の暖気は度を超えていてな。全く、我に断りもなく、暑苦しい」
その物言いに呆れながらも、その点には私も同意する。
もともと、北欧の気候とこの国の気候では、こもった暑さという点で、相違点があった。
寝苦しい夜、寝付けない夜がこうも毎日であれば、さすがに辟易するだろう。
「そのようなもの、気の持ちようでしょう。王たるもの、そのような弱みを見せる事こそ、恥なのではないですか?」
「ふむ……」
私の言葉に、英雄王はこちらを見る。そうして、私の頭の先から爪先までざっと一瞥した後、
「我からすれば、そのような厚着でいるのに、暑がりもしない方がおかしいと思うが」
「…………」
ちなみに、私の服装は、男装の服の上に、魔術師の法衣を着込んでいる。まぁ、端から見れば確かに暑いのかもしれない。
しかし、本当に遠慮呵責なくものを言う……。私の知っている王と、目の前の王とは明らかにかけ離れた存在であった。
こういう不躾な物言いは、王太子陛下よりも、むしろ、アランソン候の領分だろう。
「誰ぞ、見知った男性のことでも思い出したか?」
「な、何を――――!?」
唐突な言葉に、私は思わず、悲鳴をあげそうになった。
頬が赤くなる、心を見透かされたのかと、動揺し、目の前にいる青年をにらみつけた。
「その様な剣幕を見せるな、我はどちらかと言うと、色情も是としてな、男女間の恋愛ざたなどには聡いのだよ」
「――――」
「で、その男性とは、如何様な関係なのだ?」
荒い足取りで、私は手ごろな部屋へと駆け込んだ。
右手が痛い。さすがに力任せに殴りつけたのは良くなかっただろうか……。
まぁ、あれくらいでは英雄王も大した痛手にはならなかっただろう。
少々、頬が腫れるかもしれないが、自業自得というものだ。
「はぁ……」
ため息をつき、私は草の匂いのする床へと寝転んだ。
干草の香り、懐かしい香りに、私は目を閉じる。もういい、今日は疲れた。このまま休んでしまおう。
内心で懺悔をしながら、かといって、祈りを続ける気力もなくした私は、そのまま寝る事に決めた。
ここが、どこかも分からないけど、屋敷の中だし、危険のようなものはないだろう。
動悸を抑え、眠りに付く。長い旅の経験から、すぐ眠りに付くすべを、身につけていた。
大好きなのは、太陽の光と、月の残光……風をわたる木々の香り。
今でも変わらない、月の光をまぶたに感じながら、夢も見ない眠りへと私は堕ちていった。
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