〜Fate GoldenMoon〜 

〜新たなる絆〜



ライダーが話し終えた後、しばらく誰も、口を開く事はなかった。
知らない出来事、知らない事情を整理し、受け入れるには、それなりに時間が必要だった。

「……それで、桜は大丈夫なのか?」
「大丈夫、とはどういう意味でしょうか?」

ライダーの言葉に、どこか咎めるような響きがあった。
その口調にやや怯みながらも、俺はライダーに問いただす。

「その、桜は魔術師にむいてそうもないし、目を覚まさないのも、かなり無理してたんじゃないかと……」
「……そうね、間桐の継承方法がどんなものか知らないけど、あの娘には荷が勝ちすぎたかもしれないわ」

普段の桜の様子、日常の象徴とも言える様子を思い出しながら言った俺の言葉に、遠坂はどこか気まずそうにポツリと呟いた。
その言葉には、どこか含むことがあるようだ。だけど、それを聞くには遠坂の表情は憚られた。



「それにしても、そのルーって男の子、一体何者なのかしら。前に会ったとき、英霊だってのは分かったけど」

沈黙を破るように呟いたイリヤの言葉は、俺にとっても疑問であった。
その質問に苦々しげに口を開いたのは、他ならぬランサーだった。

「そんな可愛げのあるもんじゃねえよ、あのクソ親父は」
「え、ちょっとランサー……アンタ、今、なんて――――!?」

呆然とする遠坂。いや、遠坂だけではない。俺もイリヤも、ギルガメッシュやライダー、ジャネットと全員が驚いた表情で蒼い騎士を見つめた。
視線を一心に浴びて、うんざりした様にランサーは舌打ちをした。

「だからクソ親父って言ってんだよ。若作りしてるけどな、あいつは俺の父に当たる存在なんだ」

もっとも、こちとらアイツの息子だって言われるのは……願い下げだってんだよ。と、ランサーは眉をひそめて言う。
どうも、ランサー自身はルーというあの少年に好意を持っているわけじゃないようだ。

「今回、俺みたいな前回脱落者が大量に復活したのは、アイツのせいだよ。全く、何を考えてんだか」
「大量に復活、って……アーチャーやアサシンのことか」
「ああ、もっとも、全員が復活したのかはわからねえが……俺が呼び出された時に居たのは、その二人だけ。口ぶりからすると、他にも呼び戻したみたいだけどな」

ランサーのその言葉に、俺や遠坂、イリヤとそれぞれの表情で考え込んだ。
金色の髪、雄雄しき姿を思い出す。時の流れはその姿を徐々に霞ませていくけれど、それでも構わないと思っていた。
別れを前提として始まった俺たちの冬。季節は巡り、夏になっても、もう出会うことはないと思っていた。

――――何を考えているのか。未練も、拘りも捨てたはず。
なのに、どうしてか、彼女にまた会いたいと思ってしまうなど――――。

「それで、そのルーってやつの命令で、私とジャネットを攻撃してきたわけ?」
「……ああ、もっとも、令呪みたいな強制がないから、こうやってあっさりと乗りかえれたんだが」

ほんとに、何考えてんだかねぇ……と、ランサーは肩をすくめる。
蒼い鎧姿の青年は、しばし考えるように首をひねって、ああ……そういえば、とポツリと口にした。

「妙な事を言ってたな。聖杯戦争に参加してるんだから、聖杯の器を探さなきゃいけない。だからマスターの相手は任せるとか何とか」
「――――」

その言葉に、背筋が凍る。遠坂に視線を移すと、彼女も同じ事に思い当たったのか、俺の方を見た。
聖杯の器――――つまりは、イリヤこそがあの少年、ルーの狙っているものであると。

その事を、相手が知っているかは分からない。しかし、桜に続き、イリヤもまた、護らなければならないということだ。
それは、たとえ英霊が幾人居ても、かなり困難なことである。これから先の苦戦が、容易に想像できた。



「話は大体分かったわ。それじゃ、最後に質問。ランサー、貴方はこれからの身の振り方を、どうするつもり?」

聞くべき事は、ほぼ聞き終わったと判断したのだろう。遠坂は、ランサーに向かってそう質問していた。
ランサーはというと、その質問が心外だったのか、遠坂に対し、苦笑めいた笑顔を浮かべた。

「おいおい、言っただろう? 手伝ってやるって。そうでなきゃ、あの場面でわざわざ嬢ちゃんの側につく必要はない」
「――――その点は、感謝してるわ。でも、話を聞く限り、それは自分の父親に反抗するために、そうしたと思えるんだけど」
「ああ、それもある。 もっとも、あの場面……相手が嬢ちゃんじゃなきゃ、そのまま戦ってたかもしれないがな」

なにやら含むような口ぶりに、遠坂の表情が微妙に変化した。
なんと言うか、弱みをつかれたが、反抗すると泥沼に嵌るのを理解できて、反論できないというところか。

「ま、あの赤い騎士の代わりといっちゃ何だが、どうせ仕える者も居ない身だ。嬢ちゃんにつくのも悪くないと思ってな」
「……余計なお世話よ」

遠坂の声には、覇気がない。アーチャーとの間に、どんなやり取りがあったか分からない。
それでも、もし再開したら、その横面を張り倒そうと思えるくらい、俺はアーチャーに対し、怒りを感じていた。

一つため息をつくと、遠坂は俺たちを見渡す。
気持ちの切り替えが早いのか、さっきまでの弱さは影を潜め、魔術師の彼女がそこに居た。

「話の通り、ランサーは私達の味方になるそうだけど、何か質問とかある人はいる?」

その言葉に、とりわけ反論するものは居なかった。
もっとも、ギルガメッシュは……あまりランサー自体を気にしてなさそうだし、ジャネットは不満があっても反論できる根拠がなく、黙っているみたいだったが。



「OK、それじゃあ、まあよろしくやろうや。特に美人の相手は喜んでするぜ」
「まって、その前に一つ、条件があるわ」

そんなわけで、ランサーが仲間になるということが、大筋で決まった時、遠坂がランサーに対し、そう声をかけた。
条件……? 遠坂、ランサーに一体何を言うつもりなんだろう?

「ああ、なんだ? こっちが知ってることなら、大体教えたと思うんだが」
「そんな事じゃないわ、根本的なことよ。イリヤ……ランサーと契約しなさい」



「ぇ――――?」
「な――――?」



微妙な沈黙、白い悪魔っ子と、蒼い騎士は思わず顔を見合わせると、赤いあくまへと猛然と抗議を開始した。

「ちょっと、どういうことよ、リンっ! 何で私がランサーと契約しないといけないのよっ!?」
「そうだぜ、嬢ちゃんならともかく、なんでこんなチビジャリと――――」
「あんたは黙ってなさいっ!!!」

うわ、足踏みつけたぞ。しかも、小指の部分に全体重かけて――――さすがのランサーも痛みに沈黙してしまった。
蒼い騎士を撃沈したイリヤは、なおも憤懣やるせないといった表情で、遠坂にくってかかる。

「それで、どういうことなのよ。契約ってランサーを私の英霊にするってことでしょう?」
「どういうことも何も、そういうことよ。イリヤ、このままじゃ、あなた……単なる足手まといって分からない?」
「――――!」

情けも容赦も無いその言葉に、絶句するイリヤ。
しかし、遠坂はたたみかけるように、冷たくイリヤに言い放つ。

「契約するのが嫌って言うんなら、明日の朝一にでも電車に乗って、この町から離れなさい。アインツベルンの庇護があれば、身の安全は保障されるでしょ」
「……そんなの、余計なおせわよっ! 私は一人でも、戦ってみせるんだから!」

遠坂の言葉に頭にきたのか、イリヤは叫ぶと、居間から飛び出していってしまった。

「イリヤ――――! っ、遠坂、お前なぁ……!?」
「ふぅ……ま、そうよね、一筋縄じゃ、いかないか」

遠坂の苦笑めいた表情を見て、俺は文句を喉の所で押しとどめた。そうして、一呼吸おいてから、質問のために口を開く。

「一体、どうしたんだよ、あんな言い方をするなんて」
「ああでも言わなきゃ、こだわりを捨てきれないと思ったのよ」

ため息を交え、遠坂は肩をすくめて見せる。

「士郎にとってのセイバー、私にとってのアーチャー、だとすると、イリヤにとっては……?」
「バーサーカー……か」
「ええ、何だかんだいっても、あの娘にとっての英霊はバーサーカーだけなんでしょうね」

その気持ちは俺にもわかる。英霊とマスターの絆……それは大抵のものではない。
共に死線を越える、戦いの中で育まれるもの……命の繋がりのような心の繋がりが、そこにはあった。



「まったく、しょうがねえな」

よっ、と一つ伸びをして立ち上がったのは、ランサー。だるそうに首を回しながら、ランサーは踵を返す。

「ここは俺が行くしかねぇか。本当はヒステリックな子供の相手は勘弁して欲しいんだがな」
「大丈夫なのか、なんだったら俺も一緒に」
「必要ねぇよ」

俺の言葉に、ランサーは迷惑そうに首を振った。

「だいたい、甘えられる相手がそばにいたんじゃ、あのガキも本音じゃしゃべらんだろ」
「――――」
「これはマスターと英霊の問題だ。ま、なるようになるさ」



そう言って、ランサーは居間から出て行った。
残ったのは、俺と遠坂、ギルガメッシュとジャネットに、ライダー。

「大丈夫かな、イリヤ……」
「さぁ、分からないわね。少なくとも、ランサーと契約をしない限り、戦力にならないことは確かだけど」

それはともかく、と、遠坂は前置きをして、立ち上がった。

「状況が状況なだけに、今日から私とジャネットも、ここに寝泊りする事にするわ。衛宮君、離れの方もちゃんと掃除してるんでしょ?」
「あ、ああ。部屋ならまだ、いくつもあるけど」
「なら、よし。ジャネットも一緒に来なさい。詳しい間取りとかを案内するから」

そう言って、ジャネットを伴い、遠坂は居間を出て行く。

「私も、土蔵の方に戻っています」

ライダーはそう言うと、その姿を掻き消した。負担の少ない霊体になったんだろう。
そんなこんなで、居間には目を閉じたまま座っているギルガメッシュと、俺が残った。

ギルガメッシュは、しばらく前から目を瞑り、なにやら考えにふけっているようだ。
何を考えているのか分からないが、邪魔をしちゃ悪いので、俺もその場を離れようと腰を上げる。

「マスターよ」
「ん?」

ギルガメッシュに呼び止められ、俺は動きを止めた。ギルガメッシュは考えこむように、視線を宙にさまよわせている。
その口から、ややあって質問が滑り出てきた。

「あの赤い騎士、卿は見知った相手のようだったが、何者なのだ、あれは?」
「何者なのだ、って言われてもな……俺もよくは知らないよ。もともとは、半年前は遠坂の英霊だったんだが」
「ふむ、そうか」

それだけ聞くと、ギルガメッシュは再び目を閉じた。
先ほどの戦いを計測しなおしているのだろうか。雪辱を晴らそうと、試行錯誤を繰り返しているかのようだった。



さて、それじゃあ、桜の容態を見に行って、それから他の皆の様子でも伺いにいこうか。
居間を出て、月明かりの差す庭に出る。雲の晴れた空の彼方に、星々の光が垣間見れた。


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