〜Fate GoldenMoon〜 

〜来訪する異端〜



傷ついたライダーを、本人の希望で土蔵に送って行った後、俺とイリヤ、ギルガメッシュは台所に戻っていた。
桜の部屋で待機しても良かったんだが、

「シロウ、私、お腹空いちゃった」

と、イリヤの鶴の一声で、台所のある居間に移動と相成ったのだった。
先ほどまで準備していた、夕食の支度の続きに取り掛かる。しかし、ライダーと桜の分も用意しないといけないから、量を増やさないとな。

「しょうがない、もう一品作るとするか……」

考えた末、冷蔵庫から牛肉、玉ねぎ、ジャガイモ、人参、ブロッコリーなどを取り出す。
量をこなせる料理で、もっとも手ごろなのは、やっぱりカレーである。
あまったら、一日寝かせて、明日使えばいいし、食べ切れるんならそれはそれでいい。

そんなわけで、俺は料理を再開した。
切り分けた材料を鍋に入れ、順番に煮る。火の通りの悪い食材を煮立て、最後にカレールーと、玉ねぎを入れて、あとは弱火で煮込むだけである。

「え、何々? 今日ってカレーなの?」

と、香りに惹かれてか、イリヤが台所に入ってきた。やっぱり子供心に、カレーは大好きなのか、はしゃいだ様子で鍋を見る。
さて、あとはお皿に盛り付けて、ライダーを呼びに行ってから、桜の様子を見に行こう。

俺と、ギルガメッシュ、イリヤ、ライダー、桜と……そうやって、指折り数えていって、ふと、遠坂たちがまだ来ていないのに気づいた。

「どうしたの、シロウ? 急に黙り込んじゃって」
「ん、いや、遠坂たちが来るのが遅いなーと思ってな」

俺がそういうと、イリヤも頬に指を当て、考え込む。そうして、ふと真面目な顔をしてポツリと呟いた。

「そうね、確かにちょっと遅いかも。ひょっとしたら、私達と一緒で、何かに襲われたのかもしれないわ」

いわれ、ふと気がついた。アーチャーとアサシン……あの二人が退散するその方向は、交差点方向じゃあなかったか。
だとすると、遠坂達と鉢合わせになる可能性も――――、

「……なんてこった、イリヤ、鍋の様子頼む。今からでも、様子を見に行かないと――――!」
「駄目よ、シロウはここを動いちゃいけないわ」

しかし、駆け出そうとした俺の服のすそを、イリヤがしっかりと握って離さなかった。
俺の方を見て、イリヤはどこかつらそうに、視線をそらしてポツリと言った。

「シロウはここを離れちゃ駄目。ライダーは完治してないから、ギルガメッシュはここを動かせないし、シロウ一人でいっても、どうにもならないわ」
「……っ、だけどなぁ!」

思わず、イリヤに怒鳴りそうになって、俺は声を留まらせた。
決して、イリヤだって望んでそう言ったわけではないのだ。魔術師として、最悪の状況を想定し、生き残るため……あえてそんな事を言った。
そして、それは正しいんだろう。だけど、それでも――――



そんな時、玄関でチャイムが鳴った。俺とイリヤは、思わず顔を見合わせる。

「遠坂達、か?」
「それならいいんだけど……シロウ、ギルガメッシュを連れてきなさい。不意打ちとかされたら、シロウじゃひとたまりもないんだから」

イリヤの言葉に俺は頷き、居間で扇風機にあたっているギルガメッシュを連れ、玄関に向かった。
まったく、何で我が……などと、ぶつぶつ言いながら、俺の後ろをついてくるギルガメッシュと共に、玄関にたどり着く。

「こらーっ、さっさと開けなさいよ! 士郎っ!」

引き戸をどんどんと叩く、その声は、紛れもない遠坂の声だった。その声を聞き、俺はホッと心底から安堵のため息が漏れた。
鍵を開け、扉を開けると、そこには……なんか、この上なく不機嫌そうな遠坂の姿があった。

「遠坂……どうしたんだ、何か、ものすっごく不機嫌そうなんだけど」
「見て分からないの? ええ、そうよ。天中殺と仏滅が、同時に来たって感じだわ」

何か、拗ねた様子の……その表情に、俺はなんとなく、何があったのか予想できた。

「ひょっとして遠坂、アーチャーにあったのか?」
「え? 何で分かったの?」

俺の問いに、びっくりした様子の遠坂は一瞬考え、そうして、頭痛がするように、額を押さえた。

「そっか、衛宮君の方を襲撃しておいて、去り際に鉢合わせしたってとこね。どうりで、あっさり撤収したわけだ」
「じゃあ、遠坂達も、アーチャーや、アサシンと戦ったのか?」
「アサシンって……あの侍ね。もちろん戦ったわよ、もっとも、何か戦う気がなかったのか、ずっと観戦してたけど」

憮然とした表情の遠坂。しかし、さすがにショックだろう。前回味方だった者が、敵に回る。
もし、セイバーが敵に回っていたとすれば、そう考えると……ぞっとする状況だった。

「ま、それはそうと」

ため息一つ、それで心を入れ替えたのか、遠坂は難しそうな顔で、口ごもった。

「そのせいで、変なおまけが付いてきちゃったのよ。士郎とも因縁深い相手だけど、出来れば受け入れてくれれば、いいなって思うけど」
「?」

妙に歯切れの悪い遠坂の言葉に、俺は首をかしげた。なんだか、不満そうな、言いづらそうな表情の遠坂だったが……、
唐突に、開き直ったかのように、俺の方をキッと見て、強い口調でまくし立ててきた。

「ああ、もうっ、結局は、私を信用するの、しないの!? はい!? それとも、イエス!?」
「いや、それだと、どっちでも一緒だろ? 大体、そんなこと聞くまでもないし……遠坂は大切な仲間なんだし、信用するに決まってるって」
「――――」

何か、まずかったのか、遠坂の顔が真っ赤になった。
急に挙動不審になった遠坂は、落ちつか無げに視線動かすと、ばか……と、一言つぶやく。なんというか、その、ひょっとして照れているのだろーか?



「やれやれ、勘弁してくれよな。餓鬼っぽいったらないぜ」
「お、お前――――!?」

そんな時である、唐突に、声がしたかと思うと、遠坂の後ろから顔をのぞかせた男がいた。
蒼い鎧姿。切れ長の目に、どこか獰猛な獣の印象を持つ男――――それは、身間違えようもない、ランサーの英霊だった。

「ら、ランサー……なんで、遠坂と一緒に?」
「なんでと言われてもな。俺がここにいるのは、俺の意思に決まってるだろ。そうでなきゃ、譲ちゃんたちと一緒にここに来るわきゃない」

その言葉に、遠坂の方を見ると、思いっきり不服そうに、遠坂は頷いた。

「まぁ、色々と言いたいことがあるでしょうけど、ここは引いて頂戴。こいつがいなかったら、私とジャネットだけじゃ、アーチャーに適わなかった」
「つまり、ランサーが味方についてくれたってことか?」
「そうなのよ、理由は、いまだに分からな――――ちょっと、ランサー!?」

遠坂の言葉は、唐突にそこで止まった。興味深げに俺の方を見ていたランサー。
その表情が見る間に険しくなり、いまや尋常でない殺気を放ち、遠坂の言葉をさえぎったのだ。

ランサーの視線は、俺の隣。玄関の壁に背をつけて、所在無げに立つギルガメッシュに向けられていた。

「テメエ、何でこんなところにいる!?」
「いきなり初対面で、無礼なやつだな。マスター、この無作法者は、何者だ?」

いきなり喧嘩腰のランサーに、ギルガメッシュも不快そうな表情になる。
ふと、半年前、教会で起きた出来事を思い出した。

教会の地下、因縁の聖堂で、言峰に捕まった俺を助けに来た、セイバー。
しかし、出口にはランサーとギルガメッシュが立ちふさがり、万事休すとなる。
だが、もう駄目かと思ったとき、ランサーとギルガメッシュが互いに敵意をむき出しにし、争いだした。

教会を脱出した後、再びギルガメッシュと対峙するが、ランサーの姿はついに見ることはなかった。
恐らくは、ギルガメッシュに敗れたんだろうと踏んでいたんだが――――、

「はっ、自分の戦った相手も覚えていないのか? ボケたもんだな、英雄王さんよ」
「戦った、だと?」

ランサーの言葉に、ギルガメッシュは怪訝そうに首をかしげる。
しかし、ランサーはそれを侮辱を感じたんだろう、その身体から吹き出る殺気が一層強くなる。

「上等だ、この前殺された借り、今ここで返して――――」
「はい、ストップ!」

その動きを止めたのは、あきれた表情の遠坂だった。
ランサーの殺気にひるむこともなく、彼女はランサーのほうを振り返って、肩を怒らせた。

「アンタね、仲間になるって言うからつれてきたのに、衛宮君の英霊と争ってどうするのよ?」
「うるせえ、どけ! こいつには、返さなきゃならん借りが――――」

そこまで言って、ランサーは口ごもった。こちらに背中を向けた遠坂、その背中から、なんかどす黒いオーラがあふれ出ているように見える。
俺にはわかる。あれは、遠坂の完全に怒った時の状態だ。ああなった遠坂に逆らうのは、ギルガメッシュに素手で立ち向かうも同然である。

「――――で?」

妙に優しい声。
それを聞き、俺は思わず、後ずさっていた。隣にいたギルガメッシュも、驚いた表情で遠坂を見ている。

そんななか、蛇に睨まれた蛙の如く、ランサーは落ち着かない表情で身じろぎすると、両手を上に上げた。
どうやら、降参の意思表示らしい。相変わらず、ギルガメッシュを見る目は険しかったが、それでも喧嘩を吹っかける気は無くなったようだった。

「よろしい。じゃあ、あがらせてもらうわね、志郎」
「あ、ああ……」

振り向きざま、俺に向かってウインクする、赤いあくま。
その仕草にどきりとしながらも、今後はなるべく、遠坂を怒らせないようにしよう、と、俺は内心でそう思ったのだった。


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