〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・不死身の騎士〜
アインツベルン城の外、森の手前にある開けた広場、そこには二つの影が聳え立っていた。
すでに数時間、剣を構えたままで、両者はそこを動こうとしなかった。
その均衡が破れたのは、些細な事。どこからか流れてきた一枚の葉が、銀色の騎士の眼前を通過するその瞬間――――、
「――――――――!!」
巨人が、吼えた。様々な苦難を乗り越え、神に召された巨人、ヘラクレス。
その巨体が、尋常でない速度で動き、青年に斬りかかる――――!!
一撃、二撃、三撃――――かつて、アーサー王すら恐れさせたその斬撃は、ことごとく、騎士の青年に命中する。
しかし、銀色の鎧は、その攻撃を悉く弾き飛ばす。
「はぁっ!」
防御を無視し、銀色の騎士は剣を振るう。刃は巨人の身体に食い込み、その身を傷つける。
太陽の加護を受けた剣、けして折れぬ硬度を持つ剣、グラムは、その刃のみで、バーサーカーの宝具をすら上回っていた。
「――――――――!!」
しかし、巨人は怯まない。一度攻撃を始めれば、対象が息絶えるまで続くその攻撃は、再び青年を襲う。
その攻撃に、銀色の騎士、シグルドは真っ向から応じた――――!
攻撃と防御が、絶え間なく繰り返される。かつて、これほどまでに……ヘラクレスと打ち合えた者は、五指に満たないだろう。
身を削る、太陽のような灼熱の斬撃を受け、それでも巨人は止まらない。
身を裂かれ、命を削りながらも、巨人は腕を振るう。その軌道上には、銀髪の頭があった。
ガッ!
直撃――――巨人の動きが止まる。破壊本能に従う身体は、確かな手ごたえと共に、相手を仕留めたと、動きを止める。
それは、端から見ていたとしてもそう感じただろう。爆風すら生じるその一撃を頭部に受け、無事のはずは――――
ブンッ、ザシュッ!
「―――――――――!」
しかし、ありえない事が起こった。その一撃を頭部に受け、なおも銀髪の青年は剣を振るった。
シグルドの一撃は、バーサーカーの胸板を切り裂き、その勢いで、伸ばしていた左腕をも切り裂いた!
「……やれやれ、ずれたか。よくよく考えれば、身長差があったからな。戦ってみなければ、実感できないものだが」
事も無げに、つまらなそうに言うシグルド。その顔には、傷一つすらない。
それが、彼の宝具の一つ、『邪龍の心臓』(ファブーニル)。如何なる攻撃も、彼に傷一つすら与える事が出来ない。
「―――――――――!」
腕を切り落とされ、しかし怯むことなく、巨人は再び剣を振る。
その攻撃を――――彼は事も無げに、左手でつかみ取った。
「甘いな」
再び、剣がうなる。振るわれた刃は、ヘラクレスの武器を持ったその腕を、留まることなく切り落とした!
そうして、シグルドは大きく離れた。対峙する巨人は、両腕を失い立ち尽くす。
「これなら……」
さすがに相手もどうしようもないだろう、シグルドがそう思ったときである。
巨人が身じろぎを一つすると、地面に落ちた腕が消え――――失ったはずの腕が、その身に蘇った!
「なに!?」
「―――――――――!」
再び、失ったはずの腕で、武器を振るう巨人。シグルドも、舌打ちをしつつ剣を振るう。
互いの剣が弾きあい、シグルドは大きく弾き飛ばされた。いかな彼とて、体重差はどうしようもない。
「ちっ、まさか同スキルの持ち主だとはな……」
体勢を整え、銀の騎士は剣を構える。その超回復に、相手のスキルも予想できたらしい。
ほぼ完全な不死身の能力。それがどれほど厄介なものかは、本人自体が一番よく分かっていたからである。
彼は、迫り来る巨人を見やり、そうして、ため息をついた。
背後には、アインツベルンの城。そこには、彼のマスターである女性がこの戦いを見つめている。
だからこそ、負けるわけにはいかなかった。
こちらの持つ、奥の手を出す事になろうとも――――、
「……まぁ、犠牲者が出ないというのは、せめてもの救いだろうな」
グラムを構える、不死身の騎士、シグルドこと――――ジークフリード。
英雄王、英霊エミヤ、そして、衛宮士郎……様々なものが、この剣を手にした。
しかし、真の持ち主は銀色の騎士ただ一人。太陽の剣は、彼の元にあってこそ、その真の力を発揮する――――!!
「ライン川は、金色の炎を放ち、全ての存在を終末に、総ての存在を、黄昏へと塗り替える……」
シグルドの囁きと共に、グラムの刀身の輝きが増す。それは、名に相応しい超高熱の超新星――――、
シグルドが、身をかがめる。切っ先を相手に、肘を折り曲げ、突きの構えを持ちて、迫りくる巨漢に対峙する。
巨人が眼前に迫り、まさにその剣が振り下ろされる刹那、彼は神速を持って剣を突き出した!
「――――DAS RHEINGOLD!!!」
カッ、ゴォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
金色の光が、巨人を押し、吹き飛ばした。見るものが見れば、驚きを禁じえなかっただろう。
その破壊力、その出力は、セイバーのエクスカリバーと互角。
一直線に焼け焦げた地面の跡。数百メートルを一瞬で吹き飛ばされ、巨人の吹き飛ばされた道は、何者も残っていなかった。
『金色の一閃』(ラインの黄金)、それが、グラムを持ちて使う……彼の宝具であった。
グラムを持つ彼の手より、白い陽炎が舞う。超高温の刃、それは柄を通して持ち主の体を蝕む。
灼熱の柄を握り続けるのも、超高温の刃を近くに置いて平然としていることができるのも、彼だけだろう。
ゆえに、この剣はシグルドだけの剣。他の誰にも、この剣を扱うことかなわなかった。
「近づいてこない……逃げたか?」
どこか、意外そうな表情でシグルドは呟く。
理性を失いながらも、巨人ははっきりと、この城を目指していた。つまりは、この城に巨人を呼び寄せる、何かがあるということだが――――、
「まぁ、どうでもいいか。さしあたっては、撃退できたようだしな」
取り立て興味の無いふうに、シグルドは肩をすくめた。彼は、城のほうに向き直り、大きく手を振る。
城の窓のひとつに、彼のマスターである少女がいる。その少女を安心させるのが、さしあたっては重要だった。
「――――――――!!」
森の中を、巨人は疾走する。木々をなぎ倒し、草木を踏み荒らし、それでもその足は止まらない。
あれは、何なのか。そんなことを考えているわけではない。
バーサーカーは本能で、あれの恐怖を理解していたのだ。
あれは、ただの炎ではない。終末の道しるべとなる灯火。あれに焼かれることは、たとえ神であろうと危険なことであると、本能が告げていた。
巨人は、道無き道を走る。どこまでなのかは分からない。ただ、無限の恐怖が彼を支配していた。
そうして、どれくらい走っただろう、突如、彼の頭上が翳った。
木々の梢の上から、一枚の布が降ってくる。
大きなシーツのようなそれは、巨人の体に覆い被さると――――その姿を、あっという間にかき消してしまった。
巨人の存在が、消え去る。叫び声は途絶え、森は静けさを取り戻した。
「やれやれ、手間がかかるんだからなぁ、もう……」
地面に落ちた白布の上、声は木々の枝葉の部分から聞こえてきた。そこにいたのは、高校生くらいの少年。
衛宮士郎と同じ学生服に身を包み、どこか無邪気な笑みを浮かべている。
彼は、身軽に地面に飛び降りると、そこに落ちていた布を拾い上げた。
やはり、その下には何も無い。まるで奇術のように、巨人を消した布をもてあそびながら、少年はバーサーカーが走ってきたほうを向く。
「不死身の騎士、ジークフリードか……」
面白そうに、少年は呟くと、きびすを返して歩き出した。
しかし、どういうことだろうか。まるで、木々に溶け込むように、少年の姿は消えてしまう。
その、一連の不可解な事件を見ていたのは、木の根元にいた、一匹の小動物だけであった……。
シグルド(セイバー)の宝具紹介
邪龍の心臓:EX ・最高ランクの概念武装。あらゆるA以下の攻撃を無効化する。
金色の一閃:A++ ・魔剣グラムを用いた剣技。その出力は、セイバーの『約束された勝利の剣』と同程度である。
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