〜Fate GoldenMoon〜 

〜幕間・最狂の敵〜



街の北西の森の奥深く、ひっそりと立ちそびえているアインツベルンの城。
この城には今、二人の奇妙な宿泊者が訪れていた。

天蓋つきの、ふかふかしたベッド。アンティークの調度品に埋もれた部屋に、寝息のようなものが聞こえる。
銀色のショートヘア。まるで子供のような寝顔の女性は、アインツベルンに連なる一族の女の人だった。

白い寝巻きの下から伸びるのは、純白の肌。妖精のような無防備な、無垢な仕草が良く似合っていた。
すうすうと、寝息を立てていた女性だったが、むずがる赤ん坊のように身じろぎをする。

「んぅ……」

うっすらと目をあける。その先には銀色の髪。胸に抱くように眠っていた、その頭は不満そうに顔を上げる。
思いっきり不機嫌そうな青年の顔。女の人は呑気な表情でその顔に笑いかけた。

「おはよ〜ございます、シグ」
「おはよう」

むすっとした表情。一晩中抱きかかられ、それでも身じろぎ一つしない騎士の青年は、それはそれは不機嫌そうに挨拶を返した。



「お前な……人を抱き枕みたいに扱うなよ、ヒルダ」
「仕方ないじゃないですか。何かに抱きついてないと眠れないんですから」

半分寝ぼけた表情であくびをする女性、ヒルダ――――ブリュンヒルデに、セイバーの青年、シグルドはどうしたものかといった表情で肩をすくめた。
呼び出されて一月あまり。自分のマスターである女性のことは、好意を持つこともあるが、まだまだ分からないことも多かった。

その当の本人はというと、うつらうつらとした表情で揺れていたかと思うと、パッタリとベッドに倒れてしまった。

「おい、寝るな。まったく」
「ん〜」

呆れたような表情で覗きこむシグルド。と、その頭を寝ぼけたヒルダがつかんだかと思うと、また――――

「ま……ふむっ――――!」

か細い腕とは思えない馬鹿力で、その頭を腕に抱きかかえる。どうやら気に入ったのか、なかなか離そうとはしない。
間の悪いことに、とんとんとドアがノックされると、メイド服の女性が部屋に入ってきた。

「失礼します」

トロン、とした目の女性は、もつれ合うようにベッドに倒れている男女を見て――――

「……ごゆっくり」
「待て、勘違いをするな、こら、離せ、ヒルダ――――!」

悲鳴のような青年の声を聞き流し、リーズリットは部屋からでて、ぽ、と頬を染めた。

「らぶらぶ」

なにやら納得した様子で、部屋から遠ざかるメイドの女性。
部屋からは、聞きなじみのある、ぱかんっっ!! という音が響いてきた。



「ううっ、酷いですよ。これ以上馬鹿になったら、どうするんですか〜」
「やかましい」

アインツベルン城の廊下、非難の声をあげる銀髪の女性に対し、同じ銀髪の長身の男性は、呆れたようにそっけなく応じた。
窓の外は、激しい雨が降っていた。昨日の夜……正確には今日の明け方、城に戻ってから、今の時間まで寝ていたのだった。

青年の応対に、不満そうに頭をさするヒルダ。
とはいえ、自分の方に非がああると思ったのか、それ以上の追求はしなかった。

「それで、今日はどうするんだ?」

話は打ち切りとばかり、ヒルダを見ながら、話題を変えるシグルド。
それを聞き、ヒルダの表情がパッと輝いた。

「それなんですけど、これから数日の日程をこのメモ用紙に」
「却下」

ぽいっ、とヒルダの取り出したメモ用紙を投げ捨てて、シグルドは怒った表情でため息をついた。

「ああっ、何をするんですか」
「こら、拾いに行くな。だいたい、そんな計画表通り、物事が進むはず無いだろうが」

慌てた様子のヒルダの首根っこを、子猫よろしくつまみ挙げ、呆れたようにそんなことを言う。
本当は、ヒルダの能力を考えると、そんな事を言うことは無いのだが……ヒルダは何故か、シグルドにその能力を教えてはいなかった。

『予知する筆跡』と呼ばれる能力は、自らの未来を予知し、それを文章として現す。

どんな危機すら回避するそれは、ある意味、万能な能力なのだが……本人自身が、そのことに気づいていなかった。
ただ、昔からメモ用紙に書いてから行動すると、不思議とその通りになるので、そうしていたのだった。



そんなふうに騒いでいた二人の元に、静かな歩調で歩いてくる人影がいた。
初めて出会ったとき、セラと名乗った女性は、ヒルダたちに対して好意を持っているとは言いがたい態度であった。

それは、今も変わらず、実際、シグルドは立ち振るまいを正し、ヒルダも、学校の先生に対するような、かしこまった表情を見せた。
セラは、そんな二人を冷たく見据え、静かに口を開く。



「随分と、ゆっくりとした起床ですね」
「すいません、昨日は、ちょっと夜更かしをしてしまったものですから……」

ジロリ、と見つめるセラに、すまなそうにヒルダは頭を下げる。
よくよく考えると、アインツベルンの勅命を受けてやってきたヒルダ達は、遥かにセラ達よりも身分はうえのはずだが……その自覚はないようだった。

この城を守る誇りゆえか、毅然とした佇まいで、セラはヒルダに対し、静かに口を開く。

「それは仕方ありませんが、お二人にはこの城から退去してもらいます」
「ちょっと待て、この雨の中、退去しろというのか?」

セラの言葉に、シグルドは不機嫌に問う。外は未だ、濃い雨の瀑布。
シグルドでなくとも、この天気の中ヒルダたちを追い出そうとするのは、意趣返しではと思うだろう。

しかし、シグルドのその言葉に、セラは辛そうにうつむいた。

「確かに、この雨では歩くのも大変でしょう。ですけど、時間が無いのです」
「?」

なにやら含む口調のセラに、ヒルダは困惑したように小首をかしげた。
その様子を見て、セラは一つ、長い長いため息をついて、そうして、口を開いた。

「本家の恥部を話すのは心苦しいのですが……半年前の聖杯戦争は知っておられますか?」
「ええ、大体は聞いていますけど」

思い返そうとしているのか、首をひねりながら応じるヒルダ。

「その戦いで、アインツベルンはこの城の主、イリヤお嬢さまにバーサーカーと共に参戦することを命じました」
「ええ、聞いています。願い果たさず、英霊は倒れたと」
「その、英霊なのですが、何故か死んではいなかったようです」

セラの言葉が、場の空気を冷たく冷却させた。
言葉無く黙り込む、ヒルダとシグルド。静かな口調で、セラは言葉を続ける。

「外の森を囲む結界が、侵入者の正体を感知したのです。おそらく、あと数時間すればこの城にはたどり着くでしょう」
「――――」
「ですが、この城にはイリヤ様はいない。もともと、制御の出来ない英霊ですから、どのような行動に出るかもわかりません」

ですから、今のうちに遠くに逃げてください。と、メイドの女性はそういう。
銀髪の青年は、静かにヒルダを見た。セイバーのマスターである女性は、目を細め、静かに聞く。

「じゃあ、セラさんとリズさんは、どうするんですか?」
「私達はここに残ります。他に行く所も在りませんので」

静かな言葉は、落ち着いているというよりは、どこか諦めたような口調。
この城と共に朽ちるであろうと、覚悟した彼女の決意が、その言葉に秘められていた。

「そうですか、それじゃあ私達は失礼しますね……シグ、行きましょう」

だから、一緒に行こうとはヒルダは言わない。
銀色の剣士を連れて、きびすを返した彼女は、後ろを見ずに、静かに問う。

「そうだ、少し……お城の近くが騒がしくなるでしょうけど、構いませんよね?」

返事は無い。それでも、その沈黙を肯定に取り、ヒルダはロビーへとむかった。
エントランスの階段に腰を下ろし、考え込むように目を閉じるヒルダ。

その傍らに立ち、シグルドは沈黙していた。ややあって、ポツリと聞く。

「迎え撃つ気か? あのメイドが気を利かせて、無理な戦いをするなといっているのに」
「う〜ん、それなんですが、まぁ、理由は三つありますから」

そういって、ヒルダは理由というのを、指折り数えながら呟く。

「一つは、一宿一飯の恩、一つは、私は彼女達のことを気に入っている。もう一つは――――」

最後の一つ、指を折りながら、銀色の青年を見上げるヒルダ。
その目には、絶対の信頼が込められている。決して裏切ることの無い青年への、信頼のまなざし。

「シグは、負けませんから」
「当然だ」

シグルドは苦笑し、ヒルダの頭をなでる。大きな手になでられ、ヒルダはくすぐったそうに目を細めた。



時は経ち、いつの間にか空は晴れ渡っていた。
朱色から漆黒へと移る空のもと、銀色の青年は城の外で静かに待ち受けていた。

幾秒の、幾分の、幾時間の時が過ぎただろうか。唐突に、周囲の森の一角がざわめく。
森の獣を恐れさせる、人としての最強、最狂の存在が姿を現す。

それは、人として、神に認めさせた英雄の具現。狂いし巨人、ヘラクレス――――!


「――――――――!!!!」

巨人が、吼える。
見慣れぬ存在に警戒したのか、それとも只の破壊本能か……猛獣すら怯えさせえるその咆哮を、銀色の影は身じろぎもせず受け止める。

竜殺しの実力を秘める剣士は、その咆哮を聞き流し、静かに巨人へと歩を進める。

「朽ちた英霊か……マスターの所在を問い詰めようと思ったが」
「――――――――!!!!」
「それもかなわない、か……だとすれば、殲滅するのみ!」

剣を抜き放つ。落日の余光を受けて、まるで真昼のような輝きを放つ、太陽剣――――グラム。
バーサーカーが、動きを止める。それはまるで、獣が火を恐れるように、剣を、いや、その剣を構える剣士を凝視する。

「…………」
「――――――――……」

城の前、大きく開いた場所で……銀色の騎士、ジークフリードと、大英雄ヘラクレスは、対峙を続ける。
ほんの少しのきっかけで、破壊と破戒が吹き乱れるであろう、その対峙で。

――――両者は互いに、動こうとはしなかった。


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