〜Fate GoldenMoon〜
〜幕間・槍兵再来〜
「んっ……」
窓から差し込んでくる光に、目を覚ました重い頭を振って、状況を確かめる。
昨日は、夜遅くまで新都の方で戦っていたから、ついつい遅くまで寝入っちゃったらしい。
目覚まし時計を見ると、時刻は9時を回っていた。
まだはっきりしない頭で、ともかくどうしようかと考える。
ああ、断言してもいい。私を倒したいっていうんなら、寝起きを襲うに限る。
もともと、私は朝が弱かった。なんというか、一度眠ると再びエンジンを掛けるのに酷く時間を要するのだ。
「む〜」
ともかく顔を洗おうと、寝室から起きて、居間に向かった。
夏真っ盛りのこの時期、非常に室内は暑い。だから、ともかくは、窓を全開にしよう。
風に当たれば、少しはこの蒸し暑さから開放されるだろうし。
「おはようございます、マスター」
「…………」
居間には、先客がいた。魔術師のローブを羽織った彼女は、窓を開け放ちながら、私に声をかけてきた。
どうやら、私の起きたのに気づき、先に風通しを良くしていてくれたようである。
「おはよ、ジャネット」
「はい、今日も良い天気ですよ、マスター」
彼女の言葉に頷くと、私は洗面所に向かった。冷たい水をかぶっても、凍えるような目にあわないのは、冬よりは幾分ましな時期。
思いっきり顔を洗い、私はジャネットの待つ居間へと足を向けた。
ジャネットと一緒に朝食をとる。
ここ最近は、衛宮君の家の習慣が身体の方に慣れ親しんだのか、よっぽどのことが無い限り三食ちゃんととることにしていた。
今日はオーソドックスに、ご飯にお味噌汁、あと、野菜の千切りに、鮭の切り身のソテーなども付けてみた。
基本的に、ジャネットには好き嫌いは無いみたいで、出されたものは残さず食べるようであった。
もっとも、衛宮君の料理の場合、おかわりをすることもあるので、何だか負けた気分になることもあるんだけど。
昼食までの間、私は夏休みの後に提出する課題をこなすことにした。
穂群原学園は、三年の後半は進路のための自由課題に、当てることができるようになっていた。
ただ、その反面、三年の夏休みに山ほど課題を押し付けてくれやがるという、非常に生徒に不評な面もあった。
テキスト片手に、私はちゃっちゃと課題をクリアしていく。
夏休みの課題の大半は、居間までの勉学の復習というのがメインである。
つまりは、今までの積み重ねの焼き直しであるため、私にとってはそれほど苦にならなかった。
ちなみに、ジャネットは私の隣で読書中である。
どうやら、故郷のフランス語以外にも、日本語も読めるようで、日本史や世界史など、歴史文献を興味深そうに読みふけっていた。
昼食を済ませたあとは、私は工房に篭ることにする。
先日の戦いで、宝石類を多少なりとも使っていた為、明日以降の戦いに、支障をきたすかもしれなかったからだ。
「しかし、やっぱりお金がかかるって困ったものよね……」
ため息を交えながら、私は手持ちの宝石に魔力を込める作業を続けていた。
目の前にある虹色の宝石は、一回魔力をつかっただけで、全て灰になる代物である。
生き残るためには、出し惜しみをするわけにはいかず、とはいえ、さすがにちょっぴりは勿体無いとは思っていたりする。
私は、右手の甲をに視線を移し、薬指の銀の台座に填まっている赤色の宝石を見て、ため息を漏らした。
この宝石も、土壇場の場面になったら、きっと迷わずに使ってしまうだろう。そういう可愛気の無いところは自分では好きではない。
こうなったら、失敗覚悟でゼルレッチでも作ってみようかしら。士郎の協力もあれば、ひょっとしたらひょっとするし――――
「マスター、よろしいですか?」
工房で作業をしているその時、珍しくもジャネットが私に声をかけてきた。
基本的に、彼女はよほどのことでもない限り、私的なことで話しかけてくることは無かった。
「ん、どうしたの?」
だから、まぁ、こうやって話しかけてくるってことは聖杯戦争がらみなんでしょうけど。
作業の手を止め、私はジャネットへと向き直った。
「アーチャーのマスターのことですが、マスターは未だ、彼との協力関係を続けるつもりですか?」
「そのことね……まあ、確かに協力するのは、ひとまず殺人事件解決まで、って貴方には言ったけど……ジャネットはそんなに彼のことが気に入らないの?」
私の問いに、ジャネットは難しそうな表情で眉根を寄せて、ため息混じりに言葉を発した。
「個人的な嗜好は、どうでもいいのです。問題は、こうやって同盟を続けるだけ、土壇場で、剣が鈍るのではないかということです」
「――――」
ジャネットの言うことは分かる。つまりは、私に衛宮君が殺せるかと言うことだろう。
半年前の聖杯戦争なら、間違いなくイエスといえただろう。だけど……
「ともかく、協力関係はこのまま続けるわ。貴方だって、背中を任せられる相手として、彼ら以上に適任はいないって、分かっているでしょう?」
「ですが……いえ、マスターがそう言うのなら、私の言うべきことはありません」
口ではそういうが、表情は明らかに不満そうなジャネット。私は苦笑しつつ、頬をかいた。
こういった微妙な甘さが、土壇場で私を殺すかもしれない。でも、だからこそ私らしくもあると思えた。
戸締りを確認し、館を出る。ジャネットは不満そうではあったが、私の後にぴったりついてきた。
外は、足音をかき消すかのような大雨だった。別段、雨と言うのは嫌いでもないけど、好きでもない。
「ジャネット、貴方も傘を使いなさい。こういった雨じゃ、外にでる人も少ないでしょうし、実体化していても大丈夫でしょ」
「はい、承知しました」
ぱらぱらと、雨が当たる。安物のビニール傘だけど、雨を防ぐ役割はしっかり果たしている。
視界は、白い糸で遮られる雨のカーテン。夏らしい、集中豪雨のなか、私はジャネットを連れ、衛宮君の家へと向かう。
そうして、深山町の交差点に差し掛かった時――――
「マスター、気をつけて。誰かに尾行されています」
私の横につきながら、ジャネットが静かにそう呟いたのだ。
足を止める。同じように足を止めるジャネットに、私は静かに聞いてみる。
「そう、それで、相手に心当たりはある? あと、人数とか」
「対象は一人のようです。かなりの穏行に長けた相手のようですが」
ジャネットと共に振り向く。宵闇が覆い始めた道は、雨音以外、なにもない。
しかし、あまりにも何も無いせいで、逆に……確かに微妙な不信感が脳裏に反響した。
「出て来なさい、そこにいるのは分かってるのよ」
「……やれやれ、見つかっちまったか、まいったね」
「――――!?」
どことなく、聞き覚えのある声。それに驚く間もなく、道路の中央に歩み出てきたのは、青い鎧の騎士だった。
遭遇から半年がたつが、見忘れることもない。それは確かに――――
「ランサー……まさか、生きてたとはね。それとも、『改めて召還された』のかしら」
雨の中、対峙した青い騎士は、私のその言葉に不服そうに顔をしかめた。
「まぁ、確かに俺はいっぺん死んだんだけどよ……まったく、何でこんな役目ばっか、こなさなきゃならないんだか」
「マスター、下がってください!」
その言葉と共に、ジャネットが前に出る。瞬きするほどの間に、ランサーの手には長大な槍が握られていたからだ。
ジャネットは雨に濡れるのも構わず、法衣を取る。白い鎧に身を包んだ、騎士の姿が現れた。
口笛は、ランサーの口より漏れたもの。
「こりゃあ、べっぴんさんだ。どうだい、この戦いが終わったら、お茶でも」
「減らず口は、私を倒してからにしてはどうですか」
軽口をジャネットは一刀両断し、その手に剣を構えた。ランサーはそれを見て、楽しそうに目を細める。
豪雨はいつの間にかあがり、青と白、二人の騎士は裂帛の気迫と共に、対峙を続けていた。
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