〜Fate GoldenMoon〜 

〜全ての事これ平穏な日々〜



「う〜ん、おいしい! やっぱり夏の暑いときはそうめんよね〜!」

ボール一杯に入ったそうめんを、箸で山盛りにつかみ、ズルズルと飲み込みつつ、藤ねえはそんな事を言う。
ホントに、この体のどこにそんな量が入るんだろうか。

一時期は、あまりの量に処し方を考えていたそうめんだったが、食事のたびに大量に藤ねえが食べてくれるので、どうやら一週間もあれば無くなりそうである。
そんな事を考えながら、俺も自分の分のそうめんを、手製のゴマだれにつけて啜った。

今日は天ぷらと野菜のサラダを付け合せに、自家製の二種類のたれを用意してみた。
さっぱりとしたゴマだれと、鰹節、小魚、醤油で味付けした玉ねぎ入りのオーソドックスな、麺つゆである。

ちなみに、ご飯の方が御気に召したのか、ギルガメッシュとイリヤは、おかわりからはご飯を食べていた。
即席で作ったハムエッグの半熟部分を箸でつつきながら、ギルガメッシュは相変わらず眠そうに食事をしている。

イリヤの方は、というと、白米を食べながら、呆れたように藤ねえの食事風景を見つめていた。
アインツベルンの魔術師といえど、藤ねえの生態は不思議に満ちているのかもしれない。



食事の後、ザブザブと皿洗いをしながら、今日はどうしようかと考えた。
夕方には、遠坂がジャネットを連れて家にやってくる。それまでに必要な買い物もしなきゃならないし、

「士郎〜、聞いてよ、ギルガメッシュ君ったら、私のアイスを横取りしたのよ〜!」
「小学生か、藤ねえ。アイスなら他にも買い置きがあるんだし、そっちで我慢しろよ」

俺の言葉に、藤ねえは不服そうに、ぅ〜、と唸りつつも、冷凍庫からアイスを取り出して、居間へと戻って行った。
そう、藤ねえのことをどうするか、それが問題だった。

昨日の夜、イリヤと共に説得をしたのが功を相したのか、藤ねえもイリヤも、衛宮家への外泊が認められていた。
とはいえ、どうしたものだろうか。聖杯戦争が始まっている今、無関係な藤ねえをここに置いていてもいいものか……。

「ま、その点も遠坂に聞くしかないか……」

遠坂と相談すれば、良い案が浮かぶだろう。なんと言っても、前回からの相棒である。
こういったことを相談できるのは、遠坂をおいて他には無かった。



洗い物を終えて、居間に戻ると、そこにはそれぞれの表情でくつろぎながら、テレビを見ている三人の姿が会った。
十時頃のニュースは、昨日の夜に起こった火事の件を放送しているようだった。

「大量殺人の次は、あっちこっちからの出火か〜、新都も物騒になってきたわね」

ニュースを見て、藤ねえが真面目な表情でそんな事を言う。
俺はなんとも言えず、ニュース画面に見入っていた。

昨日の火事は、幸いなことに怪我人は出なかったらしい。
どうやら、連日の殺人事件のせいで、人が引き払った場所が多かったおかげだろう。
もっとも、発火地点が、火の気の無いところばかりだったので、消防関係者も首をひねる始末らしい。

「警察は、事件と事故、両面からの捜査に当たっており……」

淡々とした表情のアナウンサーの声に被さるように、家の電話が鳴ったのはそのときだった。

「あ、電話だ、とってくるね」

そう言って、居間から出て行ったのは、藤ねえである。しかし、電話がかかってくるなんて珍しいな……。
しばらく待っていると、藤ねえがどこか浮かない顔をしながら、居間に戻ってきた。

「どうしたんだ、藤ねえ」
「あ、士郎……実は」

そこまで言って、藤ねえは動きを止めた。なにやら考え込むこと数秒。そうしてすぐに、藤ねえは笑顔に戻っていた。

「ううん、なんでもないの。ちょっと、弓道部の様子を見に出かけてくるから、イリヤちゃんのことよろしくね」
「そうか、藤ねえって弓道部の顧問だったっけ」
「そうなのよ、よくよく考えたら、今日から合宿なのに、顧問がいないんじゃ、どうしようもないでしょ?」

とはいっても、実際の話、弓道部の実権は主将の桜が取りまとめているため、藤ねえは形だけの顧問なんだけど。
ま、藤ねえがいると、場が賑やかになるし、雰囲気が良くなるから居なくてもいいわけじゃないんだけどな。

「そんなわけで、お昼ご飯はいらないわ。あと、ひょっとしたら今日は向うに泊まるかもしれないから」
「ん、わかった」
「じゃあ、いってくるね〜」

頷く俺にそう言って、藤ねえは居間を出て行った。しばらくして、ガラガラと玄関を開ける音。
どうやらそのまま、学校に向かったようだ。学校の先生というのも、色々忙しいらしい。



それからしばらくして、居間には昼食の献立が並んでいた。
あれから後、とりたて何をするまでも無く、気がついたらお昼になっていたのだ。

まぁ、たまにはこういった何も無い日というのも良いかもしれない。
今日の献立は、夏野菜たっぷりの冷やし中華と、柑橘系の果物を、クリームであわせたフルーツサラダである。

「しかし、高校野球というのは如何なる競技なのだ?」

食事をしながら、ギルガメッシュがそんな事をいったのは、テレビから流れる高校野球のせいらしかった。
夏の祭典である高校野球は、本日開会式が行われ、今、第一試合が始まっている時であった。

甲子園を埋め尽くす応援団、投げられる白球、打ち返すバットの快音……。
そうして、一喜一憂する歓声がこだまする場面に、英雄王も興味を持ったようだ。

「ああ、高校生……俺と同じくらいの年齢の男子がする競技で、投げられた球を打ち返して進塁する競技、だな」
「ん〜、ようは投げられた物質を、手持ちの武器で打ち返すってこと?」
「イリヤ、意味合いはあってるが、それだけじゃないぞ。打ち返した球は、地面に落ちる前にとられちゃ駄目だし、それに……」

そんなわけで、昼過ぎは、ギルガメッシュとイリヤ相手に高校野球のルールを説明しつつ、観戦をした。
二人とも興味しんしんで、画面に見入りつつ、様々な質問をしてきたため、あっという間に時間は過ぎていった。



「っと、もうこんな時間か」

気がつくと、時刻は昼の二時過ぎ。夏の暑さのせいで、時間間隔はあいまいになっているが、それにしてもこの夏は、時間の経過が早く感じられた。
さて、これからどうしようか……。



しばらく考えた後、遠坂たちも来ることになっているため、夕食のために買出しをすることにした。

「今から買い物に行ってくるけど、イリヤとギルガメッシュはどうするんだ?」

俺のその質問に対し、ギルガメッシュは――――

「今しばらく、この野球という競技を観戦しているつもりだ」

と、扇風機を前に、すっかり気に入ってしまった、高校野球中継を観戦する気満々だった。
そして、イリヤの方はというと、

「う〜ん、一緒に行ってもいいけど、外は暑いし……やっぱり家にいることにするわ」

しばらく悩んだ後、そんな事をポツリと呟いた。どうやら、ここ最近の暑さはさすがに堪えたようである。
イリヤと共に玄関へと行き、俺は靴に履き替えた。

「シロウ、気をつけてね。聖杯戦争が始まってるんだから、路地裏とか人目につかないところは全部危険だと思っていいわ」
「ああ、よくそんな事をセイバーに言われていた。注意するよ」
「うん、それじゃあ、いってらっしゃい、シロウ!」

イリヤの言葉に、ああ、と頷くと、俺は玄関を出た。
とたん、身を焼くような強烈な日差しが、身体に降り注ぐのを感じる。

「暑いな……」

声すらジリジリ焼かれそうな日差しと、雲の切れ端一つすらない真っ青な空――――
夏は今、真っ盛りを迎えつつあった。

熱により、陽炎を上げるアスファルトの道を歩き、俺は商店街へと足を向ける。
交差点へ向かう道、すれ違う人の足は、夏の暑さのせいか、微妙に早足のように感じられた。

戻る