〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



虚空より、銀色の光が落ちた。
その光は、コートの男の持っていた短刀ごと、その腕を切断する。

降り立った光は、人の形を取る。
それは、薄暗い聖堂を照らす、銀色の月の様な、騎士の姿だった。

「大丈夫か?」

声を掛けられ、俺は我に返った。唐突に登場したその騎士は、どうやら敵ではないようだった。
しかし、それより何より――――

「シグ……さん?」

手に持った剣、全身をくまなく包んだ全身鎧。その中で、特徴的だったのは、やはり頭に輝く銀の髪だった。
俺に声を掛けられ、彼は不機嫌そうな表情を浮かべた。

「士郎か……君は、何でこんなところにいるんだ?」
「何で、って……危ない、シグさん!」

俺が声をかけるのと、ほぼ同時。その背中に向けられて、コートの男が放った突きを、シグさんは飛び退ってよけた。
その腕は、すでに元に戻っている。そんな男に、銀色の髪の騎士は、呆れたように声をかけた。

「どうやら、件の元凶はお前らしいな。いまさらだが、服して刑につく気はないのだろうな」

返答は、ない。体勢を低くし、ナイフを構える青年に、シグさんは不満げに剣を構えなおした。
真っ向から対峙する、死神と騎士。そうして、両者はまったく同時に地を蹴った――――。



等しく、同速度で、互いの武器が振るわれる。
実力の部分からすれば、シグさんの剣技はジャネットに劣る部分がある。

それでも、あのコートの男を相手に打ち合えるということは――――

「ジャネット、大丈夫?」
「ええ、不意を撃たれましたが、何とか」

俺は、戦いから目をそらさず、ジャネットを看護している遠坂の方へと移動した。
戦いは、今だ続いている。見たところ、まったくの互角であった。

そう思った瞬間、互いの攻撃が、互いに命中する!
攻撃が命中し、大きく弾かれる両者。コートの男は袈裟懸けに切り裂かれるが、やはり、すさまじい速度で再生を始める。

「くっ……早く、回復しないと」
「いや、そのままでいい。少し休んでるんだ、ジャネット」

その光景に、焦った様子で身を起こそうとするジャネットを、そばに寄った俺は両腕で押しとどめた。
金色の髪、碧眼の少女は、俺の顔を見て、困惑したように、まっすぐ俺を見つめてきた。

「何故ですか、相手は得体の知れない存在です。誰かは知りませんが、あの騎士一人では、荷が勝ちすぎるでしょう」
「う〜ん、それなんだがな……」
「?」

口ごもる俺に、怪訝そうに小首をかしげるジャネット。
遠坂も、俺の様子におかしな部分を感じたのか、疑わしそうにじとっとした目で俺を見た。

「士郎、あの英霊と知り合いなわけ?」
「いや、知り合いというかなんと言うか……そもそも、あの人って英霊なのか? 魔力らしいものを感じないんだが」

自分で言って、自分の言葉にハッとなった。
改めて、コートの青年とそれに対峙する騎士を見比べる。

洒落にならないほどの魔力を保持するコートの青年。それに対し、全くといっていいほど、シグさんは魔力を帯びていなかった。
その、魔力を帯びない身体で、コートの男と互角に切り結んでいる。

「大丈夫です、シグは負けませんよ」
「!?」

呑気な声が聞こえてきたのは、俺の頭上から。
見上げると、下りてきた階段に腰を下ろし、銀色の髪の女の人が俺の方を見て微笑んでいた。

「ヒルダ、さん……」
「また、見たこともないヤツが現れる……で、アンタ何者なわけ?」

その言葉に、ヒルダさんはサラサラと流れる銀色の髪をかきあげながら、のほほんとした表情で微笑んだ。
うわ、遠坂の表情がまた険しくなったぞ……。

「ブリュンヒルデって言う名前の者です。ヒルダって呼んでくださいね」
「ふ〜ん、で、あの騎士が貴方の英霊ね」

遠坂の言葉に視線を移す。何回目か、互いに互いの一撃を喰らい、大きく弾かれる。
しかし、ヒルダさんは顔色一つ変えず、その光景を見ても平然とした表情を浮かべていた。

「シグはそんなのじゃありませんよ。大切な相棒ですから」
「ま、何でもいいけど……本当に手助けはいらないの? 殺されてからじゃ遅いんだけど」
「ええ、大丈夫ですよ」

まるで、映画を鑑賞しているかのような、リラックスした表情。
完全に自分の相棒を、信頼しきった表情がそこにあった。



十二回目――――互いに互いの一撃を身体に喰らい、両者ともにはじけ飛ぶ。
胸の辺りを切り裂かれたコートの青年は、身を起こし、楽しそうに笑った。

「活きの良い相手だ。逝く時は、満足するような絶叫を上げてくれるだろうな」
「――――」

それに対し、銀色の騎士は返答もない。十二回、鎧の隙間から斬撃を受け、立っていられるのもやっとのはずなのに、青年は揺るがない。
両者は再び地を蹴る。果て永劫のない斬撃の応酬が、再び始まった……。



両者の戦いを、目を凝らして見る。激突は、すでに二十回近くを超えていた。
何度切り伏せられても、傷のつかないコートの青年。だけど、俺の注意はそれとは別。シグさんの持つ剣に向いていた。

最初見たときは、驚きと驚愕で気づかなかった。だが、よくよく見ればそれは、確かに見覚えのある剣だった。
金色の柄と、銀白色の刃を持つ長剣。シンプルが故、静かな力をその身に秘めているその剣は――――


――――半年前、ギルガメッシュの手により、セイバーの剣を砕いた魔剣そのものだった。


「ヒルダさん……シグさんの本名……シグルドって言うんじゃないですか?」
「えっ? いや、私もシグの本名は知らないんですよ。本人が秘密って言うものですから」

その言葉に、ヒルダさんは困惑した様子で首をかしげる。
俺はそれ以上追及せず、その騎士の戦いぶりを見ていた。

追い詰められているようで、その実、追い込んでいると分かったのは、その正体が分かったからだ。
その手に輝くのは、太陽剣……グラム。


北方の英雄――――不死身のジークフリードが所持する魔剣であった。



二十七回目――――またしても、互いの一撃をその身に受け、弾かれる二人。
しかし、コートの青年の表情が、この時、初めて驚愕に歪んだ。

「これは……回復が遅くなっている?」
「当然だ、いくら聖杯まがいの回復庫を作ったとはいえ、貯蔵されるものには限りがある」

同じように弾かれた、シグの身体には『かすり傷一つない』。
それが、シグルドの――――北方の英雄、不死身の騎士(ジークフリード)の能力。

この時において初めて、コートの青年は、目の前の騎士の術中に落ちていたことに気づいた。
シグルドが、試すように二度三度、剣を振る。それは、先ほどの戦いの数倍の速さをもつ剣閃。

「なるほど、わざと力を抜いて、俺の能力を見定めていたのか……」
「そういうことだ。もう、左程も回復する量の魔力は残っていない、この一撃で、けりをつける」

最初から全開で戦うのは、戦いの基本である。相手の能力、技能を見極めるよりも、必殺の一撃を放った方が勝ちやすいからだ。
しかし、それだけでは勝てない相手もいる。シグルドは歴戦の経験から、相手の能力を見定めることに細心したのだった。

奇しくも、無限の再生力を持つコートの青年と、無傷の防御力を持つ銀色の騎士。
この戦いの勝負付けは、戦い続ける狂戦士(バーサーカー)を見極めた、騎士(セイバー)の勝ちと言えた。

それでも、コートの青年は戦いをやめようとはしない。
帰るべきところもなく、もともと自らは存在しない。故に、ここで無に帰ろうと、彼は殺人鬼としての行動を忠実に実行しようとしていた。

ナイフをもう一本取り出し、両手に持つ。シグも剣を構えた。
そうして、両者が地を蹴り、最後の斬撃を交えようと――――

「シグ、退いて!!」
「!?」

その言葉とともに、銀色の騎士は足を止め、駆けより出たコートの青年の頭上から、

ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!

無数の武器が、豪雨のように青年を押しつぶした。



そうして、いともあっけなく、全ての決着がついた。
部屋の中央、何か出来の悪いオブジェのように、その身体にハリネズミの様に武器を突き立てられたまま。
地面に倒れた青年は、身じろぎし、その腕が動く。

「――――」

言葉にならない声は、たった一言。その言葉を最後に、その身体は霧のようにゆっくりと崩れていく。
それが、この街を再び恐怖に陥れた、殺人鬼の最後だった。

それと同時に、死体を押し込めていた部屋が明るくなった。物が焼け焦げるように、焦げ臭い音。
熱と風が動く。どうやら、彼らの操っていた死体は、完全に消滅するように出来ているようだった。

だが、のんびり静観できたのもそこまでだった

「まずいぞ! 部屋に火が燃え移ってる!」
「え――――!?」

俺の言葉に、慌てたように遠坂も声をあげる。火はどんどんと勢いを増しているし、消し止められる道具もなかった。

「これは、逃げた方がよさそうだな」

そういうと、シグさんはヒルダさんを小脇に抱えた。
遠坂は頷くと、傍らのジャネットに視線を移す。

「歩ける? ジャネット」
「心外な、走れと命じてください、マスター」

強がりを言いつつ、ジャネットは身を起こした。足元はふらついているが、大丈夫だろう。あとは――――

「やれやれ、探したぞ。それで、敵はこの騎士達か?」
「って、何で降りてくるんだよ、ギルガメッシュ!」

とことんマイペースな表情で、階段を下りてきたギルガメッシュに、俺は突っ込みを入れた。
俺の突っ込みが御気に召さなかったのか、英雄王はひどく不満げに肩をすくめる。

「敵を倒すには、降りてくるしかないだろう? そもそも、後を追う者の目印くらい付けてくれ。探すのに手間がかかったではないか」
「いや、確かにそれはそうなんだけどな……」

全く正論なので、俺は口ごもる。そんな中でも、周りにはパチパチと物の焼ける音が聞こえてきた。

「っ、ともかくここから……あれ、遠坂は?」
「キャスターとそのマスターは、階段を登って行ってしまったぞ。あの銀色の騎士達も一緒だったが」

気づいたら、周囲には誰もいない。どうやら薄情にも、おいてけぼりを食ったらしい。
もっとも、火事の現場にずっといるほうが悪いんだが――――ともかく、外に出ないと。

「それで、敵はどこにいるのだ?」
「だからもう終わったんだって――――!」

思わず叫んだ俺の言葉は、火によって明るく照らされた聖堂に、空しくこだましたのだった。


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