〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



ゆっくりと、地面を踏みしめ、階段を降りる。細く狭い階段は、身体を支えてもらっていなければ、バランスを崩して落ちてしまいそうだった。
足を踏みしめ、闇の先、奈落へと歩を進める。その先から、鋭い刃鳴りの音が聞こえてきた。

「戦ってるみたいだ……大丈夫か、ジャネットは」
「多分、ね。相手は、あのコートの男の二人組でしょうけど、遅れをとるような英霊じゃないわ」

ヒソヒソ声で、俺の声に応じる遠坂。そうして、長い長いと感じた階段を下りた先、石造りの聖堂に俺達はたどり着いた。
日の光の届かない先、どこからか光源を取り入れているのか、ぼんやりとした薄明るい石造りの聖堂で、戦いの決着はつこうとしていた。



振るわれる、二つの刃。弾け飛ぶのはコートの男。切り結んだ果てだろう、ジャネットは、肩で大きく息をしながら、剣を下げる。

「ジャネット!」

安堵の息をつく遠坂に肩を支えられ、俺達はジャネットの元に歩み寄ろうとした。

「来ないでください……!」
「えっ?」

しかし、拒絶の声をあげたのは、他ならぬジャネットだった。
純白の鎧に身を包んだ女騎士は、倒れ付したコートの男に、自らの剣を向けなおす。

「まだ、終わっていません」
「――――ふ」

軽い息遣い、それとも苦笑の音か、ジャネットに切り伏せられたはずのコートの男は、いともあっさりと身を起こした。
男の持っているのは、幅広の短刀。突くにも斬るにも適したそれは、殺すために鍛えられた鉄。

無造作に、コートの男は、再びジャネットへと踊りかかる!

「殺――――っ!」
「くっ……!」

交差しざま、ジャネットの剣が振るわれる。そうして、交差しあう剣撃……。
――――強い。ジャネットのその剣技は、セイバーと同等のもの。彼女自身、セイバーを名乗ってもおかしくなかった。

その剣に切り裂かれ、コートの男は再び倒れ付す。
確実に、ジャネットの剣はコートの男を袈裟懸けに捕らえていた。だと、言うのに――――

「ふぅ」

何事も無かったように、コートの男は、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった。
その身体を見ると、すさまじい速度で傷口が再生しているのが見えた。

「な、なんなのよ、あれっ……斬られたのに死なないなんて、反則じゃないの!」
「いや、俺に聞くなって、それに……」

何なのだろう、あの男から発する、得体の知れないものは。
英霊の発する気配とは違う。それは、先ほど戦った七夜という少年の発したものに似ていた。

「ともかく、あいつが死なないなら、あいつのマスターを倒すしかないわ」
「ああ、そうだけど……」

遠坂の視線の先、階段から降りたその先には、一つの闇があった。扉と呼べるその先には、一つの部屋がある。
そこには、もはや何も残っていないはずだった。かつて、言峰がつかった実験器具は、全て教会が回収し、部屋の中には何も残っていないはずだった。

「マスターってのは、大概が英霊に近くに潜んでいるものよ。あの部屋はそれにうってつけね」
「…………」

肩を支えられているから、遠坂に動きに逆らうことができない。いや、俺自身、振り払いたかったのだ。
もう、終わっているのだ。
その部屋には、何も無い。もう、誰もそこにはいない。

だと、いうのに――――



ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……

ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……!


「――――!」
「遠坂、見るな……!」

悲鳴を上げそうになる遠坂を、その顔を胸に抱きしめるように、その光景から隠す。
正直な話、遠坂がいなかったら、俺が悲鳴を上げていただろう。

悪夢は、再現される。部屋に充満するのは、鉄に近い臭い。
それは、部屋に転がっている、物体から発せられていた。地面に転がる、人形のようなもの。
血まみれのそれは、死に掛かった人間の山であった。

唇をかみながら、俺は部屋の中を凝視する。不意打ちを受けなかったのは幸運だった。
もし、この部屋に隠れているというのなら、見つけられないように息を潜めているのだろうが――――

「ああ、マスターならその部屋の中にいるよ。もっとも、どの死体かは……もう分からないのだけどな」
「何?」

声は、俺達の背後から不気味に響き渡った。振り返ると、ジャネットと切り結んでいたコートの青年は、詰まらなそうにこっちを見ていた。
その表情は、さしたる変化もない人形のようで、薄気味悪さが俺の背筋をなでた。

俺は、抱きかかえていた遠坂をそっと後ろに回し、コートの男から庇うように立つ。

「お前、自分のマスターを殺したのか?」
「ああ、そうだ」

さしたる感慨も持たず、青年は淡々とした表情で、そう返事をする。その顔には、後悔も懺悔もない。

「どうして、そんな事」

答えを期待しているわけではない。ただ、問わずにはいられなかった。
その問いを、コート姿の青年は、天を見上げながら静かに独白するように呟いた。

「どうして何だろうな、俺も分かってはいない」

その瞬間。

ドズッ!

明らかな隙に、ジャネットがその手に持った剣を、コートの男のわき腹に突き立てた!
しかし、体の中心に刃をつきたてられてもなお、その姿は――――身じろぎもしなかった。

「ああ、そうだな……けっきょく、俺は殺す事以外、何も知るつもりは無いんだ」
「くっ……!」

手に持った剣を放し、飛び下がるジャネット。
それを追撃しようともせず、その剣を引き抜く男。その傷は、見る見るうちに塞がってゆく。
カラン、と甲高い音を立てて、ジャネットの剣が地面に転がった。

「――――」

その身体は、無機質な血肉の集合体。失ったものを繋ぎ合わせ、紡ぎ合わせ、造られた身体。
傷が治るたび、背後の部屋が轟音を上げる。それは、部屋に溜まった魔力が、男の身体に注ぎ込まれる音だろう。
俺にはそれが、死者のうめき声に聞こえた。

「さて、俺以外のものは皆、消滅したようだ。俺を倒せば、長い夜も終わる。俺を殺してみるか、少年」

挑むように、俺に対し挑発をするコートの男。
短刀を持った、その腕が上がり、振るわれる!

「え」

戸惑った声は、一瞬。次の瞬間。

ドズッ!

「か――――ぁ」
「ジャネット!」

ジャネットのわき腹に、男の投げた短刀が突きたたった。
数歩たたらを踏み、地面に座り込んだジャネット。傷が深いのか、地面に座り込んだまま動けない。

そんな彼女を見向きもせず、青年は懐から新たな短刀を取り出し、俺たちに向かってゆっくりと歩み寄ってくる。
無表情なその顔は、どのような相手でも死地に追い込む、死神のそれに似ていた。

「遠坂、援護を頼む」
「――――ええ、分かったわ」

迫り来る相手に対し、俺は遠坂を背後に庇い、一歩前に進み出た。
不思議と、不安も焦りも感じなかった。

背中を預けれる相手として、遠坂は申し分ない相棒だった。
二歩、三歩……男との距離が縮まる――――その間合いが、死線上、剣の間合いを越えたとき、俺は地を蹴った――――!

「っ!?」

『真横』に飛んだ俺。その動きを追おうとした青年の横面に――――

ドドドドドドッ!


六発――――バーサーカー戦で見せたほどの威力は無いが、それでもその宝石を媒体にした一撃は、男の身体を粉砕する!
俺は、その隙を逃すまいと、懐に飛び込む。



瞬間すら刹那に変える一瞬で、俺は脳内に武器の姿をイメージする。
イメージすべきは、守る武器ではない。必要なのは攻めるための武器。

相手に再生の隙すら与えず、確実に息の根を止める。
王の剣は――――不可。身体に与える影響および、投影速度に難あり。

生み出すのは――――



「――――!」

瞬時に武器をイメージし、出来上がりを待たずして、それを振るう。
その武器は、完成を待つ必要も無い。必要とされる刃の部分は、すでに出来上がっている。

長い長い刃の部分。それを振るう者の剣技こそ、映すべき業。

「秘剣――――」

狙うは、相手の胴体唯一つ。いかな再生力があるとしても、胴体を断切すればそれも不可能だろう。
生み出した刃を、振るわれた刃を、神域の果てにある現象へと昇華させる――――!

「燕返し!」

多重次元屈折現象と呼ばれるその現象は、同じ位相にある現象を、こちらに引っ張り込む。
例えるならば、この瞬間、この世界のこの位置。様々に連なる未来への中より、別の未来を呼び込むことも可能。

俺は剣を振るう。

ビュウッ!!  『ビュウッ!!』


俺の振った右から左への横なぎと、『俺の振った左から右への横なぎ』が、まったく同時に男の身体に食い込んだ――――!
腹部から背中へ、背中から腹部へ、通常の倍する威力のそれにより、男の身体は切断される――――はずであった。

バキッ!!  『バキッ!!』


「なっ……?」

無様な音を立て、二対の刃が消滅する。
煙の収まるその先、腹部と背中の傷すら回復しつつある青年は、呆然とする俺を見て、詰まらなそうに呟いた。

「こんなものか」

そう言って、短刀を振りかぶる。気力が萎える。こんな相手に、どうやって勝てというのだろう。
だけど、それでも、諦めることはできなかった。

あの日の別れ――――その行き着く果ては、このような場所ではないはずだ。
死ぬなら、滅びるなら、最後まで理想としたその姿で――――!

振り落とされる短刀、それを防ごうと、俺は身をひねり――――



その時、虚空より、銀色の光が落ちた。
その光は、コートの男の持っていた短刀ごと、その腕を切断する。

降り立った光は、人の形を取る。
それは、薄暗い聖堂を照らす、銀色の月の様な、騎士の姿だった。


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