〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



「理我斬剥――――八殺生戒!!!」(りがざんぱく――――はっさつしょうかい)

流れるような斬閃。風のような一撃が過ぎ去った後、最初は何も感じなかった。
斬られた感覚もなく、そのまま、何事もなかったかのように、戦い続けることもできたかもしれない。だが――――

「苦しみ、のたうつ様を、見せてみろ」

まるで、その言葉をきっかけのように、すべての感覚が狂いだした。
視界が真っ赤に染まる。痛覚が、痛みが、鈍痛が、ありとあらゆる感覚が脳味噌に直接流し込まれる――――!!

「ひぁ――――が、、」
「皮膚、筋膜、骨膜に靭帯、腱、血管……それに膠原線維と痛みを感じる部分を抉ってみたが、どうかな?」

なにか、言ってるけど、痛みで何も――――

「ぐぅ、うぇっ、あげぁっ!」

痛覚に、頭の中が真っ白になる、苦しみに胃の内容物を吐き出すが、それでも痛みは治まらなかった。
カラダに痛みが痒くて暑くて冷たくて痛みの中にキモチイイような吐きそうな考えないと狂って死にそうになって――――

「ぎぅぁぁぁぁぁっっ!!」

「士郎! くっ……こいつっ!」
「おっと、ずいぶんと物騒だな。飛び道具なんて、危ないじゃないか」
「うるさい、それよりも、士郎を早く元に戻しなさいよっ!」

壊れた脳裏に、聞きなれた音がする。ぼやけた視線の先に、群青色の影と、赤色の影があった。
痛みで呼吸ができない。だが、その痛みのせいで、気絶することもできなかった。

「何を言ってるんだかな。俺は殺すために業を極める者。治し方など知るはずも無い」
「そんな……」
「それよりも、自分の心配した方がいいんじゃないか、お嬢さん。今宵は良い月だ。こんな日は極彩の鮮色の花を咲かせたくなる」

ぼやけた視界の先、殺気を伴った群青の影に押されるように、赤色の影が、後ろに下がる。

「とお、さか――――」

知らず知らず、口から声が漏れた。
そうだ、守らなきゃ――――壊れて体が動かなくなっても、目に見える人たちを守ると誓ったんじゃないか。

「ぐぅっ!」

痛みに苦しむ体を、無理やりに動かして立ち上がった。
流れる血潮すら、痛みを促進する、砂の流れのように、身体の内部を根こそぎ削る。

まるで、身体の中に剣をつきたてられているかのよう。そんな事を考えて、俺は苦笑を漏らした。
だとしたら何てことは無い……この身は剣の錬成場。この程度のことで壊れはしない――――

「身体は――――剣で、できている」

それは、幼い頃から識っていたこと。あの日から、俺の身体を焦がす炎を糧に剣を打ち、流れ出る涙で剣を鍛えた。
作られる刃に、いずれこの身を貫かれようと、それでも、今はただ、大切な人を守るために――――!

「う、あぁぁぁぁぁぁぁぁ――――!!!」
「むっ!?」

力を振り絞った叫び声に、七夜が驚愕の表情でこちらを振り向く。
遠坂は、俺のほうを見て、怒ったような、泣いているような半笑いの表情を浮かべた。

それで、鈍っていた頭が活性化する。
だって、そうだろう。遠坂の前で、みっともない姿を見せられるわけ無いじゃないか――――!

全ての魔術回路を開放する。銃の撃鉄を、再度下ろすイメージを浮かべ……、
体内にある二十七の魔術回路全てを、回路が焼ききれるまで全開で施行させる――――!!!

生み出す剣の鞘は、鮮明な青。幾多の栄光と幾多の罪を持ち合わせた名剣。
かつての一瞬の思い出、その断片を繋ぎ合わせ、この瞬間、ありとあらゆる存在を使い、それを具現化する!!

「ちいっ……!」

七夜が疾走する。身を低くし、風のように走りながらナイフを構える。

「極死――――」

その手より投げられるナイフ。イメージを組みなおすことはできない。
俺は、まだ出来かけのその剣を振るう。甲高い音がして、ナイフがはじかれ、少年は、その弾かれたナイフを――――宙で掴み取った!

「なっ……」
「弔毘八仙――――無常に服す!」

勢いそのままに、七夜の斬撃が襲い掛かる! 先ほど、俺の双刀を砕いた破戒の一撃。
それは、少年の最高の一撃。いや、その陰に隠れるように、もう一つの影。
重なり合わさる残像を連ねる、それは必殺の、惨殺の二撃――――!!!

その刃が、眼球と、喉元を同時にえぐる、その刹那、手に持った剣が――――完成した。

ブンッ!!

「なっ?」
「え――――?」

俺の脇を通り過ぎ、信じられないといった表情を見せる七夜。聞こえてきた声から察するに、遠坂も驚いているのだろう。
必殺であろうはずのその攻撃を、俺は難なくとかわしていた。

「馬鹿な――――」

制服姿の少年は、ありえないといった表情で、ナイフを構えた。
確かにそれは、人の身ではかわしきれない一撃であった。だが、それでも俺はかわせていた。

剣は奇跡を生む、剣は勝利を生む、剣は死を孕む、剣は――――守るために存在する。

「遠坂、安心しろ――――キミは俺が、守るから」
「――――」

返答は無い、それでも俺は、背後の遠坂が、泣いてはいないということを確信していた。案外、怒っているのかもしれないが。
互いに武器を構え、対峙する俺と七夜。

勝負付けは、すでに済んでいる。
少年のナイフは、もはや俺に当たりはしない。必殺の一撃を、俺がくらう事は無い。
それでも、ナイフを持ったその影に敗走は無かった。殺人者として最後まで、彼はそれに準じている。

「我が身、遊蛾の如く、この身、悉く炎に焼かれようと――――」

少年は壁に飛ぶ。壁につけた足より、その身を弾くと、旋風すら貫く弾丸のように、俺目掛けて飛翔する!
それは、自らの身を省みない、最後の一撃。

「閃鞘――――七夜!!!!」

それは、必殺の技の中でも、さほどに強い技ではなかった。だが、ゆえに、彼の全てを込めた一閃。
俺はそれを――――真っ向から迎え撃つ!

「ああ――――っ!!」
「おぉ――――っ!!」

横なぎの七夜の一閃、振り下ろされる俺の一撃。周囲を、閃光が包んだ――――



「はっ、まいったな……ここまで完璧に殺されるとはな」

地面に倒れ付し、少年は清々しげに声をあげた。周囲には焼け焦げた跡。少年の身体も、所々黒焦げている。
俺の腕も、使い慣れない剣を酷使したせいか、ただの一撃で痙攣したように震えている。

「お前も生粋の死神だよ……まったく、とんでもないヤツに勝負を挑んだものだ」
「俺は、死神なんかじゃない。俺は、正義の味方になりたいんだ」

愉快そうな少年に、俺は憮然とした表情で言う。それを聞き、少年は破願した。
それは、殺人を生業とする少年にはあまりに似つかわしく無さそうな、それでいて、様になった笑顔だった。

「そう思うのは勝手さ。正義の味方の殺人者というのも悪くは無い」
「――――」

その言葉に秘められた意味を、俺は漠然とは分かっていた。だが、わざわざそれを肯定するつもりも無かった。

「名前を聞いておこう。俺を殺した偉大なる男よ」
「衛宮、士郎だ」
「そうか、それでは、いずれ地獄で会おう、士郎よ」

その言葉を最後に、少年は瞳を閉じた。虚空に浮かんだ月に雲が陰り、再び月が浮かんだとき、少年の姿は掻き消えていた。
それを確認し、俺は手を開く。手に持っていた王の剣……カリバーンは俺の手を離れ、地面に落ちて砕け散った。

「士郎!」

叫んで、遠坂が駆け寄ってくる。俺は、遠坂に向けて、歩を進めようとし、つんのめった。



「あ、ちょっ、こら……!」
「はは、悪い。体中めちゃくちゃでさ」

もたれかかるように、遠坂に抱きついた状態で、俺は苦笑を漏らした。
普段なら、見るだけで動機がおかしくなる遠坂の身体。今は触れていても、心地よさ以外は考えられなかった。

「ったく……しょうがないわね」

遠坂は、恥ずかしいのか目をそらしながら、そっぽを向く。
流れるような黒髪、形の良い耳たぶ、啜りたくなる様な、うなじがそこにある。

遠坂を守ることができた……守れたことに安堵し、俺はため息を漏らした。

「んっ……やっ」

俺の息がかかったせいか、遠坂がピクリと身を震わせ、悩ましい声をあげた。

「遠坂、今の声……」

ごす。

「さぁ、あとはジャネットの方ね。もたもたしてたら向うも決着がついちゃうわ」
「……遠坂、痛いんだが」

仰け反り、額を押さえながら、俺はうめき声を上げた。
至近距離の頭突きは、まったく予想していなかったせいか、頭も非常にクラクラしている。

が、遠坂のほうはというと、平然とした表情なのだ。さすが万能型、
何をやらせても……そつが無いといえば無いが、こんなことまで強くなくても……。

「ほら、離れなさいって。このままじゃ、誤解を受けちゃうでしょ」
「いや、だから、足腰がもう立たないんだって」

突き放そうとする遠坂に、俺は苦笑してそう反論した。七夜との激闘で、体中ガタガタだった。
正直、何かに支えられていなきゃ、たっていられない状態だった。

「まったく、しょうがないわね」
「あ、遠坂――――」

ふっ、と遠坂の身体が動く。赤い小柄な身体は俺の傍らに回ると、身体を支えるように、肩に手を回した。

「ほら、行くわよ。こんな所でもたもたしている暇は無いんだからね」
「ああ、悪い、遠坂」

遠坂に肩を支えられ、俺は歩き出す。
漆黒の闇へとづづく階段は、奈落へと続いているかのように見えた。

しかし、引き返すことはしない。
傍らのぬくもりを感じ、右手の鈍い痛みを受けながら、俺と遠坂は階段を下りだした。


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