〜Fate GoldenMoon〜
〜Another Seven Day〜
漆黒の、群青の、星の瞬く夜空の下から世界をのぞき見る。
鬱屈していた昼間の空とは違い、月の出ている夜空は晴れ渡っていた。
視点が変わる――――上空数十メートルからの、夜の町並み。
夜の町並みを照らす、街の光。その中に、夜空を見上げた私が見えた。
「ジャネット、どうしたの?」
「いえ、何でもありません、マスター」
マスターの問いに、私は首を振り、彼女の後につき従った。
おそらくは、梟の類ではなかろうか、自分に感じる視線には、無意識に能力を使う癖がついているのは、長い習慣だった。
私の能力は、現在の状況を垣間見る能力、『予現視』。
簡単に言えばそれは、他者の視線を使うことができるということ……音の出ない、他人の目線の画像が、脳裏に送られてくるのだ。
そう、それは……これから行く、アーチャーのマスターの屋敷で見たことのある、テレビというものに感覚は近い。
この力で、私はかつて、祖国のために尽くしてきた。戦術に精通していない平民の娘が、英雄たらしめられた能力。
戦えば勝つ本質は、相手の視線、相手の位置が分かること。戦場で、これほど有利なことはない。
だが、その力を持っても、私は自ら仕えていた相手の真意を、とうとう理解することができなかったのだけど――――。
「こんにちは、お邪魔するわよ」
「ああ、いらっしゃい。遠坂、それにジャネットも」
かけられた声に、私は軽く頭を下げた。
中肉中背、赤みがかった髪の青年は、マスターと協力をすることになった、アーチャーのマスターだった。
線が細いかというと、そうでもなく、どこか、私のいた世代にもいた、見習い騎士のような雰囲気をまとっていた。
「……あれ、イリヤは?」
「ああ、イリヤなんだが、藤ねえが連れて行った。本人も、今回は足手まといになるのを嫌がったからな」
居間を見渡すマスターに、青年はそう返事をする。マスターは、そう、というと居間に腰を下ろした。
窓を開け放ち、風通しを良くした部屋には、先客がいた。金髪の青年はいつもどおり、扇風機の前に腰を下ろしていた。
「ほら、ギルガメッシュ。遠坂たちが来たぞ」
「ん……ああ、そうか」
チラリと私達を一瞥し、そっけない返事。そうして、金髪の青年は何事もなかったかのように扇風機に顔を向けた。
なんだかその態度が、微妙に癪に障った。
「出迎えの挨拶くらいはしたらどうです? まったく、王族というものは、これだから度し難い」
「度し難い、とは酷い言われ様だ。我に頭を下げさせようとするのは、無謀の局地であると理解してほしいな」
さも、それが当然とでも言うように、金色の頭を振る。
マスター二人は、その態度に苦笑を浮かべるだけで、とりたて、責めるようなことはしなかった。
「そなたの怒りの原因は、本質的には違うものであろう? 王族だからといって、我に難癖を付けるのは筋違いだろうに」
「――――」
よくも、言ったものだ。怒りよりもさらにその裏、憎悪と憤怒の秘めた部分を付かれ、私は頭に血を上らせた。
一息に腰の剣を抜き放つと、その首筋に押し当てる。しかし、刃はそこで止まった。
「ほう、戦る気か?」
楽しげに、肩越しに振り向く青年。私の背後に、空間のゆがみを感じる。
背後で見ている、マスターの視点を借りる。少し離れた、部屋全体の俯瞰、私の背中に、空間より出た、複数の武器が照準を向けられているのが分かった。
面白い。私の剣が首をはねるが先か、この身体を武器が貫くのが先か――――。
「いいかげんにしろよ、二人とも」
だけど、かけられたその言葉に、私の剣も、背後の武器も動きを止めた。
首を巡らすと、そこにはアーチャーのマスターである青年が、呆れたように腕組みをしていた。
「喧嘩で命の取り合いなんてするなよな。これ以上やるなら、令呪を使ってでも止めるぞ」
「ま、そうね。こうやって毎度争うくらいなら、令呪でも使ったほうがましかも」
青年の言葉に、マスターも頷くが、冗談じゃない。こんなのと仲良くしろという命令を受けるのは、精神的苦痛以外の何者でもなかった。
私は、あわてて持っていた剣を引いた。どうやら相手も同じ考えだったのか、背後の武器も、いつの間にか消えていた。
「やれやれ、これじゃあこの先、思いやられるよなぁ……」
「ま、上辺だけで仲良くするよりは、幾分かはましでしょ。喧嘩するほど仲がいいってね」
「良いわけないだろう!」
「良いわけないでしょう!」
思わず口にした言葉は、非常に不本意だけど、見事に一致してしまった。
ああ、本当に、この金色の青年との、相性の悪さは筋金入りだった。
夕食の後、連れ立って私達は新都へと赴いた。
海の見える公園を通り、橋を渡る。目的地は、郊外に建つ教会。
「ともかく、今日でけりをつけないとな。これ以上の犠牲者が出る前に」
「最終的な目標は、相手マスターを倒すことね。魔力の供給さえ断てば、いくら無尽蔵に魔力を蓄えてあっても、限度ってものがあるでしょうから」
アーチャーのマスターと、私のマスターはそんなことを話している。
その傍らで、私は歩を進めながら、意識を集中した。
向かう方面の、視点を一つ一つ、洗い出してゆく。
そうして、それらしい視点をいくつか判別した。
教会の前、周囲に油断なく目を配り、何かを待ち受ける視線。
教会の中、中庭で月を見上げ、持っていたナイフを掲げ、月を穿つかのような鋭い視線を見せる。
そうして、協会の地下だろうか、聖堂にて、静かに佇む視線。
よし、これらの視線を固定化。常に脳裏に映すようにイメージを強化。
不意打ちなどを警戒する必要もなく、彼らの視線の先に私達がいる限り、警戒を強めることにしよう。
「ん、どうしたんだ、ジャネット?」
「いえ、何でもありません」
立ち止まったせいで、皆との距離が離れてしまう。
私は慌てずに、しかし早足で後を追った。それにしても、やっぱりアーチャーのマスター。彼の視線はどこか気になった。
教会の付近は、濃い霧に包まれていた、十メートル先は、すでに霧がかかり、分からない。
ただぼんやりと、遠くに教会の灯りが見えた。
「この霧は、なんだか変だな。霧なのに、体が濡れない」
「ええ、簡単に言うと、これって固有結界ってやつよ。自分のイメージを世界に浸透させ、有利な空間を作り出す」
マスターの声と同時に、私は地を蹴った。
剣を抜き放ちざま、脳裏に浮かぶイメージとともに、軌道を算出し、剣を振る。
澄んだ音を立て、マスター達を狙った数本の短剣を、ことごとく弾き飛ばした。
「気をつけて、待ち伏せされています!」
私の言葉に、周囲に緊張が走る。それは、相手も同じだったようだ。
濃霧での側面からの、飛び道具。教会に視線が向いていただけに、かわすのは困難だった。
予め、視点を得ていなかったら、確実に一撃を食らっていただろう。
「なるほど、なかなかやりますな」
その言葉とともに、私達の進む先に、影が浮かび上がる。だけど――――
「注意してください、正面の人影は違います。本当の敵は、右手の側に!」
「……それに、勘もいい。なるほど、私の攻撃をかわしたのも、貴方の力ですか」
私が剣を向けた先、霧の中から初老の紳士が進み出てくる。
しかし、厄介な相手だ。その紳士の視点は、濃霧の中でも、はっきりと私達の姿を映していた。
まるで、闇夜でも自らは遠くまで見渡せる、猫の目のよう――――。
「この前みたいに、まとめてかかってくるんじゃないの?」
ただ一人現れた老紳士に、マスターは警戒したようにそう声をかける。
その点は、私も疑問であった。しかし、その問いに、老紳士はあっさりと返答をする。
「殺人鬼としての誇り、ですかな。我々は、常に一対一での仕事に誇りを感じますので」
「なるほど、だが、それに我らが従う道理は無いがな」
金色の鎧に身を包んだ青年は、淡々とした表情で言い切る。それは確かに、その通りなのだけど。
「いや、それはやめたほうがいいでしょう」
にもかかわらず、老紳士は焦りすら見せず、むしろ温和な表情で冷たく言い放った。
「あなた方には、そんな時間は無いはずだ。我々のマスターを倒さねば、この永久な戦いに勝利することはできないのですし」
「む……」
「そういうわけで、私の役目はあなた方の足止めなのですよ。それに付き合ってくれるのでしたら、重畳ですが」
その言葉に偽りが無いかどうか分からない。しかし、このままここで立ち往生するのは、得策とはいえなかった。
「マスター達は教会内へ。ここは私が」
私はそう言って、剣を構え、前に出ようとした。ところが、
「いや、ここは我がいこう」
「え?」
意外な所から、横槍が入った。金色の青年が、私の傍らを抜け、老紳士と対峙するように立ったのだ。
「お、おい、ギルガメッシュ?」
アーチャーのマスターの慌てたような声。驚いたのは、私も一緒だった。
しかし、金色の騎士は、悠然とした口調で、笑って見せた。
「案ずるな、これを片付けたら、すぐにそちらへ行く。それに」
何度か見た、無数の武器を空間から取り出す芸当を見せながら、青年は老紳士を睨み付けた。
「正直、敵の中で、こいつが一番の曲者だと、我は思っていたのだ。他の者では太刀打ちできないだろうよ」
「ほほう、それほど私を高く買っていただくとは、光栄ですな」
からかうように、おどけたように肩をすくめる老紳士に、青年は問答は終わりとばかりに、武器の雨を降らせ出した。
「しょうがない、走るぞ!」
「分かったわ、ジャネット!」
二人のマスターの言葉に頷き、私もその後を追う。
教会内に入り、そのまま、中庭に抜けた。
それと同時に、私は二人を押しのけ、前に出る――――!
ギンッ!!!
手首から、もって行かれそうな感覚。明らかに必殺を意識して放たれた一撃を、私は何とか受けしのいだ。
「ほう、よくしのいだな」
壁を伝い、壁を蹴り、まるで蜘蛛さながらの動きで襲い掛かってきた少年は、月明かりの下、それはそれは楽しそうに微笑んだ。
霧に包まれた周囲とは違い、教会内の空間は、霧を吹き払う清浄さに満ちていた。
「七夜――――」
「覚えていてくれたのか、嬉しいねぇ」
赤みがかった髪の青年の言葉に、学生服姿の少年は、にこやかに、ナイフを構えた。
「さて、どんな死に様が望みだ? 三枚におろすか、それとも、活け作りにするか……」
「また、厄介な相手みたいね……ジャネット、頼める?」
マスターの言葉に、私は頷き、剣を構えた。
「いや、ここは俺が受け持つ」
しかし、さっきと同じように、横槍が入る。私はさして驚かなかったが、マスターは心底驚いたようだ。
「ちょっと士郎、いくらなんでも無茶よ!」
「いや、どのみち、俺達には短期接戦しかない。ここで時間をかけるより、相手のマスターを仕留めた方が良いだろ」
それくらいなら、何とか持ちこたえれるだろうし、と、青年はそう嘘ぶいた。
個人的には、無茶も過ぎると思う。しかし、確かに一理あるとも思った。
「分かりました。では私は、相手のマスターを仕留めに行きます。おそらくは、どこかの聖堂にいると思いますので」
「ああ、それなら……そこの階段を下りたところだ。そこにあいつはいるよ」
「え?」
掛けられた声に、驚くマスター。それは、青年も私も同じ。
あっさりと、ことの大元をばらしたのは、他ならぬナイフを持った少年だからだ。
見ると、確かにそちらには地下へと続く階段があった。
だけど、なぜだろう? マスターが殺されれば自分も消えるというのに、この少年は――――
「それで、準備はいいのか? くだらないことで、おしゃべりをする時間も持ったいない。部外者は、さっさと消えるんだな」
そう言って、見つめる視線の先には、赤毛の青年。つまりは、そういう事か。
生粋の殺人者ゆえ、その対象物意外は、どうでもいいということか。
「マスターはこの場に残ってください。私はひとまず地下に降りてみます」
「わかったわ、気をつけなさい、ジャネット」
「はい」
私は頷き、階段へと身を躍らせた。刃鳴りの音が、背後から聞こえてくる。
脳裏には、他者の視点を借りた映像。対峙するは、金色の青年と、赤毛の青年。
そうして、残る一つの視点。
聖堂内で佇む、その視線のもとへと――――私は駆けていった。
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