〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



その日、朝から空は青いキャンバスのほぼ全体が、一面の白色に塗りつぶされていた。
遠坂達は、今日の夕方に、俺の家に合流し、夜を待つことになっている。

ギルガメッシュとイリヤと俺で、朝食を済ませた後、俺は一人、台所で……そうめんの料理に取り掛かっていた。
といっても、本格的なものじゃなく、いいかげん数の減らないそうめんを、少しでも減らそうとするものだったのだが。

「う〜ん……どうしようか?」

茹で上げる前の、束にしてある、そうめんを前に、考え込む。
味噌汁などの吸い物に入れる方法、つゆを付けて食べる方法、基本的にはその二つが妥当なものだ。

しかし、何度もそれを続けたら、さすがに文句が出るだろう。それに、料理を手抜きしてるとは思われたくない。
そんなわけで、ともかく色々な方法を試そうと、俺は、包丁片手にそうめんに挑みかかった。



「? シロウ、何してるの?」

しばらくして、イリヤが台所に、ひょっこりと顔を見せた。
居間のほうでギルガメッシュと一緒にテレビを見ていたが、どうやら暇を持て余したようだ。

「ああ、イリヤか。ちょっと、そうめんを使った新しい料理をな」
「へぇっ、どんなの?」

イリヤが興味深そうに覗き込んでくるので、俺は身体をずらして、イリヤにも実験作を見せた。

「……これって?」
「そうめんをゼラチンで固めた、ゼリーみたいなものだな」
「ふ〜ん」

俺の言葉を聞きながら、イリヤはお皿の上に乗っている長方形の物を、つんつんとつついた。

「食べてみるか?」
「うん!」

俺の言葉に、イリヤは目を輝かせて頷いた。
包丁で一口サイズまで、小さくしたそれを、イリヤは小さな口をあけて放り込み……。

「〜〜〜〜」
「ど、どうしたんだ、イリヤ!?」

急にしかめっ面をして口を押さえるイリヤ。
慌てて、コップに水を入れて差し出すと、イリヤはコクコクと喉を嚥下させてぷはっ、と息をついた。

「も〜、ゼリーって言ったのに、全然甘くないじゃないの、シロウっ!」
「あ、ああ、ごめん」

がー、と腕を振り上げて怒るイリヤに、俺は、ほうほうの体で謝った。
そんなこんなでドタバタしている昼時分の事である。



「ただいま〜」

ガラガラという音とともに、玄関から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ドタドタドタ……と近づいてきた足音は、居間に近づいてくると、

「は〜、お腹減った、士郎、ご飯作って〜」

何事もなかったかのように、台所まで侵入してきた、縞々の服があった。

「藤ねえ……一体どうしたんだよ、お見合いがイヤで、学校に逃げてたんじゃ?」
「あ〜、あれ? やっとこさ破談にしたのよ。ほんとに大変だったわ」

う〜ん、と伸びをして、居間の方に戻っていく藤ねえ。
俺とイリヤは顔を見合わせて、後を追った。



「う〜ん、それにしても暑いわね、あ、扇風機使わせて〜」
「何をするか、我が使っているではないか」
「まぁまぁ、そう固い事言わずに……ね」

持ち前の強引さで、渋るギルガメッシュを押しのけて、扇風機の首振りスイッチをオンにする藤ねえ。
そのまま、グデッと机に突っ伏すのを、ギルガメッシュがなんともいえない表情を見せていた。

「そんなわけだから、校舎の中で待ち受けたわけよ」

俺の作ったそうめん料理を摘みながら、昨日の一件を楽しそうに語る藤ねえ。
俺とイリヤ、ギルガメッシュは藤ねえの語る、一大戦記を聞かさせることになった。

あの後、俺の家を脱出した藤ねえは、そのまま学校に逃げ込むと、弓道部の部員達を呼び寄せて、篭城戦を展開した。
常日頃からハチャメチャな藤ねえだけど、その天真爛漫な振る舞いで、下級生にも人気があった。

そんなわけで、部員達を組織した藤ねえは、教室にバリケードを築いたり、校庭に罠を仕掛けたりと準備怠りなく待ち受けた。
学園内を舞台にした、激しい戦い。藤ねえを旗印に、部員達はよく持ちこたえた。

そうして粘っているうちに、親分さんが痺れを切らし、和解を持ち込んできたというのだった。

「で、後始末を桜ちゃんたちに任せて、私は一足先に戻ってきたの」
「はぁ、桜も災難だなぁ……」
「そんなことないわよぅ。けっこう、皆、楽しんでたんだから」

俺の言葉にそう反論し、ぶーたれる藤ねえ。
確かに、年中お祭り騒ぎが地をいく藤ねえだ。部員達も、さぞや楽しんだに違いない。

かわいそうなのは、藤村組の若い衆だろう。生徒相手に暴力を振るうわけにも行かないし、苦労しただろうな。
話をしながら、藤ねえは俺の作った料理を全て食べ終わると、パン、と手を合わせた。

「ごちそうさま〜。それで、イリヤちゃんに一つお願いがあるんだけど」
「私に?」

藤ねえの言葉に、首をかしげるイリヤ。
そんなイリヤに、藤ねえは拝むように両手をあわせる。

「一緒に、お家に帰って欲しいのよ。お爺様達も、イリヤちゃんがいないって寂しがってるらしくて……」
「つまり、私を連れ帰ることが、和解の交渉材料なのね?」
「う……ばれたか」

察しのいいイリヤに、冷や汗をたらす藤ねえ。しかし、まいったな。
聖杯戦争の始まった今、イリヤも決して安全な身の上じゃない。もっとも、それはどこにいても一緒だけど。

「……わかったわ、帰ってあげる」
「ホント!?」
「イリヤ?」

イリヤの言葉に、破顔一笑、喜ぶ藤ねえと、驚く俺。
そんな俺に、ちょいちょいと手招きをし、耳を寄せるイリヤ。

「しょうがないわ。今後も怪しまれないように、こっちにいるためには、どのみち、一度は帰って説明しないといけないもの」
「だからって、何もこの時期に」
「この時期、だからよ。正直に言うと、昨日の戦いで分かったわ。このままじゃ足手まといにしかならないって」
「――――」

イリヤの言葉に、俺は沈黙する。そんなことはない、と否定するのは簡単だった。
だけど、それをしても、イリヤの決心を変えることができないのも分かっていた。

「注意するんだぞ。何かあったら、すぐに家に来ていいんだからな」
「当たり前じゃない。だってここは――――私の家だもの」

そう言って微笑むイリヤは、とても愛しく、大切な家族の一人であると実感できた。



藤ねえに連れられて、イリヤは藤村組に戻っていった。
見送るために、玄関に出る俺に、

「また、明日には戻ってくるから……ちゃんと出迎えするようにねっ、シロウ!」

と、おどけたように、その実、真剣にイリヤは言った。
今夜の戦い、決して気の抜けるものではなかった。だけど、その言葉が何よりの励みであると感じた。


居間に戻ると、そこには一人、相変わらずの様子で扇風機に当たっているギルガメッシュの姿があった。

「客人は行ったか」
「お前なぁ……一緒に見送りくらいはしろよ、イリヤとは知らない仲じゃないんだしさ」
「見送りは、家主の勤めであろう? 今生の別れでもあるまいし」

俺の不満の声に、ギルガメッシュは眉一つ動かさずに、平然とそんな事をいった。
しかし、俺はその言葉に頷けなかった。今夜の戦いは、決して楽観できるものじゃなかったからだ。

下手をすれば、俺は死ぬかもしれない。七夜を名乗ったあの少年の強さは、想像の範囲より外にありそうだった。

「不安か?」
「――――当たり前だ。相手は化け物みたいな強さなんだぞ。下手をすれば、死ぬかもしれない」

俺のその言葉に、ギルガメッシュは呆れたように、持っていた扇子をピシャリと閉じた。

「そのような心配は不要だ。我は強いが、卿とて決して弱いわけではないのだ、キャスターのマスターと力を合わせれば、相応のことでは負けはせぬよ」
「……遠坂と、力を合わせて、か」

ギルガメッシュの言葉を反芻するように、俺は呟き、不安が小さくなっていくのを感じた。

「そうだな、悪かったな、ギルガメッシュ。弱音なんか吐いてさ」
「ああ、逃げようなどと言っていたら、我が許さかっただろう」

自信満々の言葉に、俺は笑った。天上天下に我は在りを自認するやつだが、その強さは底が知れない。

「頼りにしてるぜ、相棒」
「――――ふん」

ぷい、とそっぽを向いて扇風機に当たるギルガメッシュ。
俺は笑って、台所に足を向けた。

さて、悔いの残らない戦いのできるように、食事には万全を尽くすとしよう。


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