〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



蒸し暑い夜だった。士郎たちとの戦いを終えた、四つの影は教会へと戻ってきた。

「しかし、少々厄介な相手ですな、あの無数の武器は」
「ああ、接近戦なら、多少は分があると思ったが、そもそも、接近すら許されないのではな」

初老の紳士の言葉に、コート姿の男は難しそうな表情で頷いた。
ギルガメッシュとの戦いは、数で押していたとはいえ、それでもその牙城を崩すには至らなかったのだ。

「しかし、そう心配することもないだろう。接近するなら、04の能力がある」
「『霧の調べ』……ですな」

ジャックの特異体である七体の内、女性体である04の能力は、自分や仲間の身体を霧状に変化できる能力を持っていた。
その力を持ってすれば、ギルガメッシュの武器の豪雨をかいくぐり、接近することもできるはずだった。

「おい、何かおかしくないか?」

怪訝そうな表情で、学生服姿の少年が呟いたのは、その時。教会内は、不穏な空気に包まれていた。
不気味に静まり返った教会内。男達は顔を見合わせると、礼拝堂に向かった。

地下にある礼拝堂の先。そこで行われていた光景は、凄惨の一言に尽きるものだった。
人体標本のような、臓器剥き出しの状態。しかし、むせ返るような血の匂いが、それが人間であると示していた。

「――――04」

そう呟いたのは、誰だったか、身体中バラバラにされ、それでも死ぬことなく、死ぬことすら許されず……。
彼らのマスターである、アルバートに解体されている少女の姿がそこにあった。

「しかし、あまり良い臓器じゃないよなぁ。これじゃ扱うにしても問題が」
「なにを、している」
「あ、何だ、帰っていたのか、ジャック」
「何をしている、と聞いているんだ」

コート姿の青年は、怒りの声をあげるわけでもなく、睨むわけでなく、ただ静かにそう聴いていた。
それに対し、彼のマスターである男は、尊大そうな表情で口を歪めた。

「見て分からないのか? 研究の材料が足りないから、こうやって仕方なしに、こんな小娘を使ってやってるんだ」
「…………」
「だいたい、実験材料をあと50用意しろと言っていたのに、マスターの僕を差し置いて、勝手に亡者を動かして」
「なんということを……」

黙り込んだ、コートの青年に代わり、憤った声をあげたのは、初老の紳士だった。
普段は決して怒らない彼ではあるが、仲間であり、分身である少女の悲痛な有様に、殺気を隠そうともしなかった。

端で見ていた学生服の少年、七夜も、無言のうちにナイフを抜き放っていた。
その様子を見て、慌てたように、アルバートは自らの英霊に叫ぶ。

「何を物騒なことを考えているんだ? お前達に令呪を使ったことを忘れたのか? お前達に、僕は殺せない」
「むぅっ――――」
「くっ」

アルバートの言葉は、初老の紳士も、少年も分かっていた。バーサーカー、ジャックとの契約で、アルバートが最初に行ったのは。

『自分に危害を加えないこと。殺そうとしないこと』だった

「わかったら、さっさと次の実験体を――――」

アルバートがそういったとき、コートの青年が動いた。彼は、解体され、地面に寝転がっている少女へと歩み寄った。
眠るように目を閉じる少女の頬に手を当てる。首から下は見る影もない状態で、それでも、その顔は安らかだった。

「できれば、俺の手で殺したかったんだがな」

静かにそう呟き――――次の瞬間。風がうなった。

「ぐえっ!?」

叫び声を上げたのは、もう一人のコート姿。彼の影武者である06。その喉もとに、深々とナイフが突き刺さっていた。
地面に倒れるより早く、その身体は雲散霧消する。

ゆらりと、コートの青年は身を起こし、アルバートを見た。そこに殺気はない。しかし、その様子はなまじ殺気を振りまくよりも迫力があった。

「な、何だよ、お前に僕は――――」
「殺せるさ」

あっさりとした言葉に、アルバートは唖然とした表情をみせ、その身体に無数のナイフを受けたのは数秒後だった。
肉に刃物を尽きたてる、嫌な音。刃物のつきたたった案山子のオブジェ。

「影武者ってのは便利でね、厄介ごとは全て、彼に押し付けておいたんだ。令呪の抑制力も」
「あ、あ、あ――――」

呆然と、瘧のかかったように震えるアルバート。自らのマスターを見やり、バーサーカーは淡々と言う。

「もっとも、マスターを殺そうとは思っていなかったよ。多少問題があっても、許容範囲内だったからな」

だが、と青年は目を細めた。薄い氷のような殺気。怒りも悲しみもない、純粋な殺気を青年は放っていた。
それは、野生の獣。一瞬で、喉もとを食い破る、静かだが必殺のものだった。

「お、ま、え――――」
「自分を殺す相手に対し、手を抜くわけには行かないんだよ。俺達は生粋の殺人者だからな」

虚空を飛ぶ影。コートの姿が駆け去った後には、瞳、喉元、心臓、股間……ありとあらゆる急所にナイフを突き立てられ、崩れ落ちる魔術師の姿があった。



外人墓地に、3つの影がある。
新たにひっそりと建てられた、粗末な墓。三人の男は静かに、立ち尽くしていた。

「静かに眠ってください。貴方に安らぎがあらんことを……」

静かに、初老の紳士は言う。風が流れ、わずかに残っていた夜霧を洗い流した。
月は天高く登り、外人墓地に影の明細を浮かび上がらせた。

「ま、あんたの分も、せいぜいがんばって殺すとするさ。手向けに、血の花を咲かせるとしよう」

さして痛痒を感じていない様子で、それでも少年は、自らの仲間であった少女に、そう言葉を送った。
殺人鬼の集積体。ジャック・ザ・リッパーをベースに、日本の殺人鬼の情報を組み込んだ少年は、来るべき対決に心を躍らせていた。

そうして、七体いたジャックの特異体も、あと三体を残すのみ。

「今はまだ、そちらにはいけない。だが、いつかきっと――――」

コートの青年はそう呟き、身を翻した。
あとに二つの影が続く。マスターを自らの手で葬り、殺人鬼達は来るべき来訪者を待つ。

決戦の時は、刻一刻と近づいていった――――。



戻る