〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



ジャネットとイリヤの前に飛び出てきたのは、獣のような目をした男。
ギラギラとした表情で、ジャネットとイリヤを舐めるように見る。

「上等の肉だな、女。切り刻みがいがある、いい肉つきをしている」

その手元から飛び出したのは、一振りのナイフ。いや、それだけではない。
一振り出したらまた一振り、ナイフ、刀剣、短剣……刃物類を次々に取り出すと、まるで曲芸のジャグリングをするかのように空中でお手玉をする。

「見たところ、処女だな。歳は二十歳前。まぁ、熟成された肉を斬るよりは物足りないが、旨さには申し分ないだろう」
「下がってください、ここは私が」

イリヤを下がらせ、ジャネットは男と対峙する。
男は、その様子を面白そうに見ると――――風斬り音とともに、刃物をジャネットに飛ばす。

「!?」

ジャネットのローブが切り裂かれる。
いつ投げたのか分からない、ノーモーションでの投擲。まるでそれは、サーカスのピエロのような芸当だった。

「いいね、その表情。しとめがいが在るってもんだぜぇ……!」

歓喜の表情を浮かべながら、次々と刃物を飛ばす男。
ジャネットは何とか反撃しようとするが、間断なく続けられる投擲に、避けるだけが精一杯だった。

「そらそら、血を流せよぉっ!」

楽しげに男が吼えた、その時である。

ガアンッ!!

「ぐっ!?」

魔力の塊が、男の顔面を直撃した。お手玉を続けていた刃物が、バラバラと地面に落ちる。
男に攻撃を仕掛けたのは、屋上の縁、男の側面に回ったイリヤだった。

「いくらなんでも、これなら……」

通常のガンドではない。もはや、殺戮にまで対象を上げたそれ、フィンの一撃を放ち、イリヤは半信半疑で男を睨む。
だが、ゆっくりと、仰け反った姿勢から元に戻った男の顔は、無傷であった。

「そんな……」
「へ……へへへぇ、今のは、痛かったぞ、餓鬼があっ!!!!!」

半笑いから憤怒の表情にガラリと一変させた男は、一振りの剣を拾うと、それをイリヤめがけて投げつける!
爆風を伴い、それは、イリヤの足元に着弾する。
イリヤは、その爆風に吹き飛ばされ、大きく後ろに押され――――バランスを失った。

「ぁ――――」
「ミンチになっちまいな!」

イリヤの体が、屋上の外、深遠の闇に向かって投げ出される。
はるか下には、コンクリートの地面。落ちれば助からない。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

悲鳴を上げ、イリヤは屋上から落下する。地面に到達するまで、数十秒とない――――!

「くっ……!」
「逃がすかよぉっ! ぎゃははっ!」

ジャネットが、身を翻す。宙に身を躍らせると、ビルの外縁部に腕を引っ掛け、思いっきり引き寄せる!

「――――!」

落下速度に加え、自ら下方向への加速をかけ、一気にイリヤへと到達する。
イリヤは目を閉じている。落下のショックで気を失っているのだろう。ジャネットはイリヤを抱き寄せると、そのまま地面に落下する。

「――――」

だが、落下の衝撃はなかった。まるで、見えない手に守られているかのように、着地の瞬間、その慣性は何かに相殺され、ジャネットは地面に降り立つ。
そうして、今度は、今度は落下したビルの外面を駆け上りだしたのである。、

それは、魔術師というには明らかに、運動能力に特化した動きであった。
傍らにイリヤを抱きかかえ、ビルを高速で登るジャネット。しかしその時、上方向から刃物が降り注いできた。

「!」
「そうだ、逃げろ逃げろ!」

楽しそうな男の声。霧で正確な位置は判明しないが、どうやら攻撃の方向から察するに、ビルの上方、有利な位置をキープし、攻撃をしているのだろう。
ジャネットも、そう判断したのか、ビルを駆け上る速度を早めた。



――――そうだ、逃げろ逃げろ。俺の幻影を追って、ありもしない勝利へと逃げるがいい。
男は、ジャネットの『後方』につきながら、一人ほくそえんだ。

ジャネットの登る右後方より、男の投げた刃物は、はるか上空へ投げられ、そこから弧を描くように、ジャネットに向かって落下する。
それは、まるで男が上方にいるかのように錯覚される攻撃だった。

速度を上げたジャネットの後ろにつき、無防備な後背を攻撃する。
殺気を消し、姿を濃霧にまぎれた男のその戦法は、確実な必勝の理論だった。

この状況で、背後に気を配れるものはそういない。いるとすれば、天才か大馬鹿だ。
ジャネットは、牽制の攻撃をかわしつつ、更なる速度で屋上に向かう。
ころあいを見て、男はジャネットの背後に回った。

(終わりだ!)

背中は無防備、上方に注意を向けていた女性は、背後にいる男に――――

「!?」

まるで、それが当たり前であるかのように、魔術師姿の彼女はクルリと振り向いた。
虚を突かれたのは、男の方。その瞬間、全ての勝敗は決した。

ザシュッ!!

ローブの中より出た腕の、その手に握られた剣が、男の身体を寸断した。
ジャネットの動きが、男の動きが止まる。上昇する慣性と、重力が拮抗する一瞬。

「な――――ぜ」

胴より二つに分かたれた男は、最後に残された力で、ジャネットのローブをつかんだ。
ボロボロのローブは、彼女の体からスルリと剥がれ、その下には、白色の女騎士の姿があった。

「私に貴方は見えなくても、貴方には私が見えた。それが貴方の敗因です」

謎めいたことを言うと、左手にイリヤを抱きかかえたまま、右手の剣を振りかぶる。
――――それが、07と呼ばれた男の見た、最後の光景だった。



再び、ジャネットはビルの側面を蹴った。三つに分かたれ、落下する男には目もくれず、剣を腰の鞘に戻しつつ、頂上へと駆ける。
ものの数秒で、彼女は屋上へと到達した。

屋上に飛び上がり、イリヤを地面に横たえる。皆が彼女の注目する中で、

「ジャンヌ・ダルク――――」

懐かしい名前を、彼女は聞いた。その名前を持って、戦ったのはどれほど前か。
思い起こそうとし、彼女はその考えを中断する。今はまだ、戦いの真っ最中。余計な考えは不要だった。

彼女は剣を構えると、手近なな相手へと斬りかかる――――!



「くっ!」

ジャネットの攻撃を飛び退ってよけたのは、額から血を流した少年、02。
彼は飛び退りながら、地面に落ちた自らのナイフを拾う。

「ジャネット……」
「加勢します」

もはや、キャスターとは呼べないほど、ローブに身を包んでいた頃とは違う、凛々しさを漂わせながら、ジャネットは士郎の隣へと立つ。
士郎は思わず、その横顔に見とれてしまった。瞳の色こそ違えど、凛々しいそのいでたちは、士郎の愛した彼女に瓜二つだったからだ。

「女、邪魔をするか――――!」
「この人は、マスターにとって重要な人間です、今ここで、貴方に殺されるわけにも行きませんので」

少年の怒りの声に、ジャネットはしれっとした表情で、そんな事をいう。
一触即発の空気が流れるが、その時、霧が晴れた。

「!?」

思わず、周囲を見渡す士郎。その視線が一つの場所にいきわたった。
ギルガメッシュ達を攻撃していた3人の男が、大きく飛び離れ、ビルの外縁部へと立っていた。

「02、ここまでだ。いったん引くぞ」
「ちっ――――」

コートの男の言葉に、少年は舌打ちをするが、どうやら殺す機会を逸したのを悟ったのだろう。
口答えもせず、大きく跳び、男達の隣に立った。霧の晴れた月光の下、少年は士郎を睨んで叫ぶ。

「強き戦士よ、俺達は教会に陣を張っている。殺戮を止めたければ、自ら火に焼かれに来るがいい。あるいは、消し止めることができるかも知れんぞ」
「おい、お前、何を――――」

慌てたように言うコート姿を男を、もう一人のコートの男が制する。

「いや、今回戦ってみて分かった。我々と、お前達は……相容れぬ存在なのだろう」

コートの男の視線の先には、金色の英雄王の姿があった。
その視線を受け、たじろぐこともせず、英雄王は皮肉げに笑みを浮かべる。

「そうであろうな、殺すために殺すところなど、趣味で殺戮をする神と同等の阿呆らしさだ。我には理解できぬ」
「相容れないと言うのなら、どちらかを滅ぼさねばならないだろう」

視線が絡み合い、そうして離れる。
コートの男は、ギルガメッシュに背を向け、ギルガメッシュも追撃しようとはしなかった。
そのあとに、3人の男が続く。そうして、男達の姿が、屋上からいずこかへと消えると、ようやく静かな夜にと戻ってきたようであった。



「無事か、遠坂」

全てが終わったあと、士郎は、遠坂にそう声をかけた。イリヤの様子を見ていた遠坂は、苦笑をしつつ返答する。

「ええ。といっても、今回はまるで出る幕がなかったんだけどね」
「それで、イリヤの様子は?」

士郎の問いに、遠坂は小首を傾げて言う。

「別に、どこにも外傷はないわ。細かいことは、ジャネットの方が詳しいでしょ」

遠坂の視線の先には、どこかすまなそうな表情で、しゅんとした表情のジャネットの姿があった。

「マスター……私は」
「ま、細かいことは家に帰ってから聞くことにしましょう。ジャネット、イリヤをおぶってあげて」
「あ、はい」

遠坂に言われ、ジャネットはイリヤをおぶさり、士郎の方を向いた。

「あの、先ほどから視線を感じるのですが……」
「あ、ああ。いや、なんでもないんだ」

困惑した表情のジャネットに、士郎は慌てたように言葉を濁す。と、

「ほら、湿っぽい顔をしない! 二人とも、殊勲者なんだからね!」

そんな事を言いながら、遠坂はバシバシと、ジャネットと士郎の肩を叩いた。
特に、士郎の方を力一杯叩いたのは、嫉妬してのことなのか、自分だけ暴れていない腹いせなのか分からなかったが……。

「それで、これからの行程は如何にするのだ?」

ギルガメッシュの問いに、遠坂はいつも通りの表情で、

「ともかく、一度、屋敷に戻りましょう。力を蓄えたあとで、決戦に挑まないとね」
「決戦は、明日、か」

士郎は呟き、空を見上げる。
そこに何があるかと、つられて向いたその先、皆の目には大きな月が存在した。

日を追うごとに満ちてゆく月……明日は満月の夜になるはずであった。

満月の下、立ち尽くす四つの影……士郎、遠坂、イリヤを背負ったジャネット。そして……ギルガメッシュ。
まるで一つの壁画のように、彼らはしばし、月に見とれるように、その場に立ち尽くしていた。、


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