〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



新都の夜は、相変わらずであった。
人のたむろする駅前を抜け、無人となった中央公園を探索し、オフィス街へとたどりついた。

ここに至るまで、怪しい人影も無く、捜査のほうも空振りに終わっていた。
俺達は、オフィス街の一角。完全に電気が消えていて、人のいないビルにめぼしを付けると、その屋上に登ることにした。


流れる風が頬を打つ。晴れた夜空に満天の月。空に近いせいか、いつもよりも月が大きく見えた。

「わぁっ、遠くまで、よく見えるわ!」
「あまり端に行かないほうがいいわよ、イリヤ。落っこちたら、助からないんだから」

きらびやかな夜景。遠くまで見える街の灯。地方都市の風景がそこにあった。
宝石のような街の灯りに、はしゃぐイリヤに、遠坂はそう言って注意を促した。

「それにしても、相手は捕まりませんね……何かしら、決定的な方法は無いのでしょうか?」
「う〜ん、こうやって歩いていれば、相手がちょっかいでも出してくると思ったんだけど、あてが外れたか」

ジャネットと遠坂がそんな事を言って話し込んでいる間、ギルガメッシュは、例の『遠見の瞳』を使い、街のあちこちを眺めていた。
……ふと思うんだが、殺人事件が起こったのは建物の中なんだし、視力が上がっても見えない部分があるんじゃないだろうか。

「ねえ、ギルガメッシュ。なんか効率の良い道具は持ってないの? 相手の魔力を探すことの出来る眼鏡とか」

さすがに遠坂。俺の考えてる問題も、きっちり考慮に入れていたらしい。ギルガメッシュはというと――――

「『索魔の瞳』か? もちろん持ってはいるが」
「――――――――」

ちゃんと持っていたようだ。遠坂は、ギルガメッシュの答えに沈黙した。

「……ちょっと、持っているなら、何で最初から出さなかったのよ!」
「問われなかったからな。そもそも、このグループの行動方針を決めるのは、マスターである卿達の二人だろう?」
「まぁ、聞かなかった私にも問題があるんだろうけどね……ほら、あるんなら、ちゃっちゃと出しなさいっ!」


そう言って、遠坂がギルガメッシュに近づいた、そのときだった。

「その必要は無い」

どこからか聞こえてきたその言葉と同時に、周囲が霧に包まれる――――。

「これは、固有結界――――!」
「その通り、なかなか博学なお嬢さんでいらっしゃる」

声のしたほうに視線を向けると、そこには五つの人影があった。
コートを着た二人の青年。学生服を着た、ナイフを持つ少年。初老の紳士、そして、かつて、何処かで見たことのある狂悪な目をした、男。
その五人が五人とも、尋常ならざるプレッシャーを全身から発していた。

「――――うそ、英霊クラスの魔力量の持ち主が、何で五人もいるのよ……!」
「万全に万全を期してな。貯蓄していた魔力を全て、引き出してきたわけだ」

焦る遠坂。対して、コートの男は悠然と、そんな事をうそぶいた。
遠坂の話が本当なら、相手は全員……英霊並みの実力を持っているということになる。

「なるほど、なかなかに骨のありそうな相手だ」

ギルガメッシュはそう言って嘯くが、はっきり言ってこの状況はまずい。
今の状態は、イリヤとジャネット、遠坂とギルガメッシュ、そして俺と、離れた場所にいる状態だ。

「ギルガメッシュ、イリヤ達を――――」
「狩れ」

しかし、俺の言葉は最後まで言えなかった。コートの男の言葉とともに、五つの影が、俺達に殺到する――――!



「隙だらけだな」
「――――っ!」

とっさに、あらゆる行程を簡略化し、二振りの双刀を生み出す。
相手の狙いは、予想したとおりの喉もと。しかし、その速さは並みのものではなかった。

尋常ではない速さで、二撃目、三撃目が繰り出される。
それは、目視でも反応でもなく、予測による対応で防ぎきった。

「ほう、なかなかやるな」

学生服に身を包んだ、俺と同じくらいの年頃の少年。手に一振りのナイフを持った彼は、実に楽しそうに呟いた。
済んだ刃物のように、とぎ済まされたその表情は、少しでも視線を外せば、喉もとを抉られそうであった。

緊張する対峙、そんな中、耳には他の戦いを知らせる音が飛び込んできた。

「どうした、我はまだ、一歩も動いてはおらぬぞ」
「承知の上です。どの道、あなたをここで倒せるとは思っておりません。狩はしとめやすい獲物からしとめるもの」
「ぬっ」
「そういうことだ、我ら3人は、足止め役。本命は、あとの二人がしとめる!」



遠坂をかばい、戦うギルガメッシュ。相手は、どうやら3名のようだった。



「どうした、来ないならこっちから行くぞ」

俺が攻めないのに業を煮やしたのか、再び、暴風のような速さで、少年が間合いを詰める。

「斬刑に処す!」
「!」

手元を視認できないほどの、斬撃が襲い掛かる! 全てを防ぐことは出来ない。
俺はとっさに、両腕に強化をかけると、喉をかばあうように、顔の前で交差し、そのまま――――前方に飛ぶ!

「くっ……!」

体重をかけるようなタックルに、少年は吹き飛ばされる。しかし、すぐに体制を立て直すと、再び旋風のような速さで襲い掛かる!
切り裂かれ、ボロボロになった腕。その痛みに耐えながら、再び、二本の刀を投影する。

「斬る……!」

足元への一撃、それを右手の剣で受け止めると――――

「隙だらけだ!」
「くあっ!」

声よりも前に、自分の頚椎を守るように、後頭部に左腕の刀を向ける。
けん制から最も効率の良い、背面の攻撃。心臓か、後頭部。どちらを狙うかは二者択一だったが、運良く予想したとおりだったらしい。

「ちっ!」

必殺の連携が外され、敵は大きく間合いを外す。俺も、大きく息をついた。
霧の中、対峙する俺と少年。

その時――――

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「イリヤっ!?」

あがったのは、叫び声。見ると、そちらにイリヤの姿は無かった。次の瞬間、

「くっ……!」
「逃がすかよぉっ! ぎゃははっ!」

ジャネットと、それに対峙する影が、ともにビルの外縁部より身を投げる! まさか、ビルから落ちたのか……!?
イリヤの安否を確かめようと、俺は身を翻そうとし、

「そんなことで、隙を見せるなよ、お前」
「っ!」

冷たいその声に、足を止めざるを得なかった。目の前にたたずむ少年は、明らかに殺人鬼と呼べるものであり、生半可な気持ちじゃ、やられてしまう。
俺は、その場に踏みとどまり、少年と対峙する他なかった。

「ずいぶんと楽しかったよ。まったく、バーサーカーの手伝いなど、御免こうむりたい話だったが、こういう収穫があるとは、嬉しい限りだ」
「バーサーカーだって……?」

その言葉に、イリヤにつき従う巨人を想像し、だが、そうではないと言うことに思い当たった。

「お前、何者だ?」
「単なる殺人鬼さ。02という番号を与えられてはいるが、七夜志貴という呼び名の方が、俺には馴染みがあるがな」

そんな事をいいながら、少年は無造作に足を踏み出す。どうやら、これ以上、話すことは無いらしい。
俺は、双刀を投影し、相手の出方を見た。

「素敵な時間をありがとう、お礼に、俺の最高の技で葬って差し上げよう」

そういうと、少年は、ナイフを振りかぶる。その狙いは、俺の喉もと。だが、最高の技と言うからにはそれ以外にも何かあるのだろう。
その時、俺の脳裏に一陣の光明が閃いた。それは、自らの力を使った、最初で最後のチャンス。

あらゆる事象を予測し、あらゆる法則を看破し、未来すら予測の範囲内として捕らえ――――
俺は、両手に持った双刀の投影を中止、即座に、少年の持つナイフの投影にかかる。剣の類ゆえ投影は比較的容易に出来た。
そうして俺は、まったく同様の仕草、ナイフを投げようとする少年の行動、概念をそのまま模倣する――――

「極死――――」
「極死――――」

まったく同じタイミング、少年の投げたナイフと、俺の投影したナイフは、軌跡すら同化し、軌道の中心ではじけあった!

「なっ!?」

少年の動きが止まる。自らの持つ最高の技を封じられた隙。その間隙をもって、俺は少年の頭上に到達する。
少年の頭部をつかむと、強化した腕に最大限の魔力を集結、その力で、少年の頭部をコンクリートの床に叩き付けた!

「ぐぁっ!」
「――――七夜」

技を決めると、俺はすぐに飛び退った。直後に俺のいた空間に、手刀が通過する。
やはり、完全な技術の複製は不可能だったのか、致命打を与えるには至らなかったようだ。

「ぐっ、貴様――――!!」

額から血を流した少年は、憎々しげに俺を見て、身をかがめる。来るか、と俺も身構えた、その時――――

「――――――――!」
「――――――――!」
「――――――――!」
「――――――――!」

まるで、雷に打たれたかのように少年は、驚いたように身じろぎをした。
見ると、ギルガメッシュと遠坂を狙っていた三人も、攻撃の手を止め、驚いたように互いに顔を見合わせている。

「07が、殺られただと?」

信じられないという口ぶりの、コートの男。
その言葉が聞こえるや否や、ビルの外縁部から、一つの影が、屋上に飛び上がってきた。

「な――――」
「え――――」
「ほう」

驚きの声をあげる俺と遠坂、面白そうに口元をゆがめるギルガメッシュ。
イリヤを抱きかかえるジャネット。その体からはローブが取り払われ、彼女の像をハッキリと映していた。

それは、魔女と呼ぶには程遠い姿。彼女の身体を包むのは、純白の鎧。
女性である、身体の起伏を包んだその鎧は、まさに、威風堂々たる女騎士。

そうして、俺はようやく思い至った。
魔女と呼ばれることを嫌う、王を嫌う少女。女性の騎士であり、ジャネットとも呼ばれるその騎士の名は――――

「ジャンヌ・ダルク――――」

イリヤをそっと地面に横たえると、ジャネットは腰の剣を抜き放った。
聖者と聖女の刻印の施された剣を構え、そうして彼女は、静かな激情を持って、敵に向かって、斬りかかっていった――――!


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