〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



主を失った、教会の礼拝堂、そこに、ただ一人たたずむ青年がいた。
コートを羽織ったスラリとした背格好。この街に存在するジャック・ザ・リッパーの概念の中枢核は、自らを01と称していた。

その存在は二十七祖の第十位に極めて近い。個というものが存在せず、全にして一、一にして全である。
違うところといえば、第十位――――ネロ・カオスが生存本能の塊だったのに対し、彼らは殺戮本能の塊といえることか。

「01……こんなところにいたんですね」

礼拝堂で瞑目する01。そんな彼に、礼拝堂に入るなり、声をかけてきたものがいる。
小柄な体。一目で女性だとわかる流麗な体つき。しかし、01は彼女を襲おうとはしなかった。理由は簡単。

「何のようだ、04」

少女の存在はジャック・ザ・リッパー内の女性という概念である。
その強さは、01に次ぐ実力でありながら、殺戮者に枯渇しがちな良心というものまで備えている、特別な素体だった。

「本当に、こちらから仕掛けるんですか?」
「そのことについては、他の素体からも数百通りの意見があった。しかし、現状でもっともベストの選択肢はこれしかない」
「ですけど」

少女がそういい、近づこうとするが、青年はまるで、近づいてくることが分かるかのように、少女が近づいた分だけ遠ざかった。
その行動を察し、少女の顔が、寂しそうに苦笑を浮かべる。

「…………あなたのことが、心配なんですよ」
「それは同様に、自らのことも心配している。勘違いするな、04。我々は同じ人格を基に作られたものだ。同様の存在に懸想すれば、自己敬愛主義者と同じになる」
「――――」
「今夜の襲撃は、お前は外す。この場所と、マスターを守っているように」

言葉なく立ち尽くす少女に、青年は淡々とそういうと、礼拝堂から出て行った。
後に取り残された少女は、しばらくして、困ったように苦笑を浮かべた。

「本当に、相手のことが分かるってのは困りものですよね……嫌いになんかなれやしない」

青年と少女、また、その他の素体との間には、奇妙なつながりがある。
漠然とではあるが、相手の考えていること、感情のようなものも分かる。それゆえに、少女はさっきの青年の言葉の中に、自分を気遣う感情を受け、暖かいものを感じたのだ。

「神様……血に濡れた私達が許されることはないでしょう。だけど、せめて滅びるときは、彼と一緒に最後を迎えさせてください」

少女は神に祈る。自らの過酷な運命を、彼女は知らない。しかし、それでも彼女は祈らずには、いられなかった。



漆黒の夜。月明かりの下に、5つの影がある。
それは、この街の人の命を奪い、その力を蓄えし者。

自分たちの存在をかぎ回る、敵の息の根を止めるため、今ここに集ったのである。

「準備、できたぞ」

01に声をかけたのは、ナイフを持った少年、02。この島国に伝わる、殺戮者の情報の集積体である。
純粋な戦闘力では、七名の特殊体のうち、トップクラスの実力を持っていた。

「お嬢さんは、連れて行かないのですかな?」
「今回の戦いは、激戦になる。情けを持っている場合、少々戦いづらいから、置いていくことにした」

初老の紳士、03に対し、01はそう返答を返した。
03は、医者の免許を持っており、その知識を使った情報戦も得意としていた。

「本当に、それだけなのかね?」
「どういう意味だ、06」
「いえ、別になんでもないですよ」

むすっとした表情で、01に対し生返事をする、彼とまったく同じ姿の青年。
01の予備として、存在している青年は、どことなく主体である01に対し、ライバル意識をもっているようだった。

「そんな細かいこたぁ、どうでもいい。さっさと殺しに行こうぜ!」

そうして、ジャック・ザ・リッパーの話そのものの、殺戮本能の塊である07。
殺戮者として、この上ない台詞のその言葉こそ、01の求めていたものでもあった。



01は、集まった一堂を見渡して、重々しく口を開く。

「いいか、これは戦いではない……狩りだ。標的は逃さず、殲滅せよ」

それは、決定事項。ロンドンを血に染めた事件である、その再現をするかのように、5人の男は重々しくうなづいた。

「ニコルズの血で始まり」
「チャップマンの贖いを経て」
「エリザベスにその花を添える」
「キャサリンのために宴を開き」
「ジェーンに旅路を送らせよ」

重々しく、葬送の歌を歌うかのように男たちは唄い――――その身を夜の空に躍らせたのだった。




「行ったみたいですね」

礼拝堂で、祈っていた少女は彼らの気配が遠ざかっていくのを感じ、ため息交じりに天を仰いだ。
信じて待つことしか出来ないのは、自ら死地に飛び込むよりもつらいことであった。

(無事に、帰ってきてくださいね)

少女は、静かに祈る。そんな彼女の姿を、見つめている濁った瞳に気づかずに、彼女は青年の安否を祈っていた。
礼拝堂は全ての騒乱を、平穏に包むように感じさせる。しかし、破滅のときは刻一刻と近づいていたのだった……。


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