〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



「ん〜〜〜」

暑い……なんというか、ここ最近は相も変わらず、夏真っ盛りの明け方らしく、ひたすら暑い日が続いていた。
布団の中で、寝返りを打つ。深夜にまで及んだ見回りだが、最初の一回以降、襲撃も無く、空振りに終わった。

そんなこんなで、眠りについてからまだ数時間。まだまだ、起きるには身体が慣れていない。
何だかんだ理由を付けているが、要するに、暑いがまだ、眠気の方が勝っているのだ。

「先輩、起きてください。寝坊しちゃってますよ」

耳元で、優しい声、目を開けると、そこには見知った顔があった。それで、頭の方もはっきりした。

「おはよう、桜」
「はい、おはようございます。でも、もうお昼近くになっちゃってますよ。夜更かししちゃったんですか、先輩?」

小首を傾げて、問いてくる桜。その言葉に、どことなく、のんびりした空気を感じ取って、俺はホッと一息ついた。
布団から出て、大きく一伸び。夏の日差しは暑いが、桜といると、さして気にはならなかった。



台所に桜とともに行く。
すると、居間には先客がいた。和風の寝巻きを着崩して、だらしなく扇風機の風にあたっている。

「ギルガメッシュ、起きていたのか」
「うむ。ここに戻りし時から、起きてはいるが?」

どこと無く、胡乱げな返答をするギルガメッシュ。様子を見ると、どうやら扇風機の前で目を閉じ……半分眠っているらしい。
俺は苦笑し、桜とともに、台所に向かった。

「さて、どうするかな……桜は、朝はどうしたんだ? 俺達と一緒で、食べていないんだったらすぐ作るけど」
「あ、それなんですけど、先輩や皆には悪いけど、ちょっと食べちゃいました。トーストとジャム、牛乳で」

冷蔵庫を空けると、桜の言う通り、食パンと、ジャム、牛乳がなくなっていた……何故かそれも、ごっそり。
食パンは一斤、ジャムはビンごと、牛乳に至っては、封がされていたはずの紙パックが無くなっていた。

「桜……そんなにお腹が減っていたのか?」
「あ、先輩、何か勘違いしていませんか? 食べたのは私だけじゃないですよ。最初は、パンを焼く匂いに釣られた、イリヤちゃんが起きてきて」

思い起こすように、桜は考えつつも、訥々と話を進める。

「イリヤちゃんが食べ終わったら、今度はそこでずっと扇風機に当たっていた人が『我にも一枚焼いてもらおう』って言ったから、そっちにもあげたんです」

なるほど、さすがに一人じゃ全部は食べれないか。ま、セイバーあたりならペロリと平らげそうだけど。
しかし、それでも……イリヤとギルガメッシュの分を差し引いても、けっこうな量になるよなぁ……。

「ひょっとして、なんとなく一枚食べたら、もう一枚食べたくなって、ついつい」
「う――――」

俺の言葉が図星だったのか、桜は真っ赤になって目線をそらす。
ま、基本的に運動部だから、食事の量は普通よりも多めになるしなぁ。それはしょうがないだろう。

「ま、そういうことも良くあるしな。ともかく、昼の準備でもしますか」
「あの……先輩、私、お昼は」

もごもごと、なにやら口の中で呟く桜。機先を際して、俺は桜に言う。

「駄目だぞ、運動部員は三食ちゃんと食べないと」
「え、でも――――」
「特に、桜は体力が少ないんだから、もっと、肉付きを良くしないとな」

俺の言葉に、桜はキョトン、とした表情を見せたあと、困ったように苦笑をした。

「これ以上食べたら、変なところにお肉がついちゃいますよ。理想の体系の維持は、大変なんですよ?」
「そうなのか? どうも俺の周囲には、偏食、大食なんでもありの相手しかいないから、よく分からないんだが」
「姉さ……遠坂先輩は、あれはあれで、しっかり計算できてるみたいです。藤村先生は、どうか分かりませんけど」

遠坂と、藤ねえか……どっちも不安定な食生活なのに、普通の体系なんだよな。冬木市七不思議の一つに上げられてもおかしくないだろう。

「ま、その心配は不要だよ、桜。なんと言っても、今日の昼食はこれだから」
「これって、お素麺ですか……」
「そう、そうめん。藤ねえが箱ごと買ってきてな……それも二つ」
「そ、それは凄いですね……」

業務用の大箱の中に、ぎっしり詰まったそうめんに、桜は呆れたように声をあげる。
ともかく、そうめんなら、そんなに腹に負担にはならないだろう。

イリヤたちもパンを食べたって言うし、昼食は軽く、玉子焼き、ハム、キュウリの千切りをトッピングに、そうめんにしますか。
俺は、そうめんの束から十食分くらいを出すと、戸棚の奥から大鍋を取り出した。

「桜は、麺のつゆを作ってくれ。作り方はわかるよな?」
「はい、任せてください!」

俺の言葉に、張り切って用意をする桜。小魚に鰹節、醤油と玉ねぎを持って、小さな鍋に火をかける。
調理自体は、そんなに長くはかからなかった。大鍋でゆでたそうめんを、ざるに移し、水洗いする。
乾燥しないように、大きな発泡スチロールに、水と氷を敷き詰めた中に、ボールを入れて、その中でそうめんを間接的に冷やす。

その間に、桜は麺つゆを作っていた。
小魚と、鰹節を、沸騰するお湯の中に入れてだしをとり、醤油で味付け、歯ごたえに刻んだ玉ねぎを入れ、融けない程度、透明になるくらいまで煮て完成だ。

出来たそうめんを、箸で一つまみ。小皿に分けた麺つゆにつけ、つるつると食べる。
……うん。上出来の味だ。これなら皆も大満足だろう。

「じゃあ、ちょっと早いけど、皆で昼食にしようか。桜、イリヤを起こしてきてくれ」
「はいっ」

俺の言葉に、桜が頷いたその時――――玄関の方で、扉が開く音がした。

「? チャイムも鳴らなかったし、藤ねえが帰ってきたのか?」

首をかしげて予想すると、その通り。しばらくたって台所に入ってきたのは、言わずと知れた藤ねえだった。
しかし、まるでいつものような元気は無い。なにやら、不安定な足取りで台所に入ってくる。

「あ、あの、藤村先生?」

そして、桜が恐る恐る、そう声をかけたそのときである――――

「むっは――――!!!!」
「あ」
「あ――――」

ずるずるずるずるずるずるずるずる…………

ものの見事、十人分はあろうかという、そうめんを、つゆも使わずに一息で食べつくしてしまった。
いや、確かに醤油をかけて食べてはいたが、それにしても、あの身体のどこに、あれだけの量が入るんだろう……。

「ふう、一息ついた――――士郎、おかわりは?」
「あ、ああ…………わかった。すぐに茹でるから待っててくれ」

それは兎も角、食べられたものはしょうがない。俺は箱の中から、新たに先ほどと同じ量を取り出すと、大鍋に水を張り、火をかけた。
さて、水が沸騰する前に、藤ねえに問いただしておこう。

「しかし、いきなりどうしたんだ、藤ねえ。何かさっき、ものすごく切羽詰ってたみたいだけど」
「そうですね、いきなりお素麺の一気飲みは、どうかと思いますけど」

俺と桜、それぞれの疑問に、藤ねえはそれはそれは困ったように、拗ねたような表情で口を開いた。

「それがね、ひどいのよ〜〜〜〜。帰るなり部屋に閉じ込められちゃって、結婚を承知しないと出してあげないって言ってきたのよぅ」
「そんなことになってたんだ、藤ねえのお見合い話」

…………しかし、話だけ聞くと、まるっきり拉致監禁だよな。まぁ、藤村組の人って、大半が血の気も多いし、仕方ないんだろうけど。
と、俺の横で桜が驚いたように目を丸くしている。そう言えば、桜は結婚話を知らなかったんだっけ。

「それで、ともかく隙を見て逃げ出してきたのか……」
「うん、そうよ。お腹がすいて、動けなくなったと見せかけて、ドアを開けさせてからは、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」

その光景が脳裏に浮かび、俺は少々めまいを起こした。
多分、藤ねえの実家の方じゃ、大騒ぎになっているだろう。しかし、これからどうするんだか。

「でも、何でその結婚話を受けなかったんですか? 藤村先生」

と、横で黙って話を聞いていた桜が、藤ねえにそんな事を質問した。
対する藤ねえの答は、ただひたすらに、そっけないものだった。

「好みじゃないからよ。その相手、食品会社のボンボンで、自分じゃ料理も出来ないのに、私に家事全般をやれって言うんだもん」
「でも、藤村先生もいい年だし、身を固める時期だって、実家の人たちも考えているんじゃないですか?」

なんだか、妙に絡んでるな、桜。藤ねえも、不思議そうに桜を見る。

「ま、そうなんだけど……だったら私、士郎がいいな〜〜〜、料理や炊事洗濯、何でもやってくれるもん」
「なっ、何を言ってるんですか!」
「あれ、何で怒るの? 桜ちゃんたら〜〜〜〜」
「〜〜〜〜」

いつの間にか、形勢が逆転している。焦る桜に、藤ねえがチャチャを入れるいつもの光景に戻っていた。
…………あ、沸騰してるな。そうめんを茹でないと。

その時、ピンポーンと、チャイムが鳴った。
そのとたん、藤ねえの顔が急にまじめになる。

「ちっ、まいたと思ったのに、もうここを嗅ぎつけたのね」
「というか、藤ねえが逃げ込む先が、ここしかないって分かってるんじゃないか?」

そうめんを湯だった鍋に入れながら、俺は藤ねえの呟きに突っ込みを入れる。
しかし、藤ねえは、ふふふ、と不敵な表情で、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「そう思うのが、敵の浅はかさよっ。すでに次の潜伏先も考えてるわっ」
「へぇ、どこなんだ、それ?」

俺の質問に、藤ねえは自信満々に――――

「右手に食料!」

と、まだ未包装のそうめんの大箱を小脇に抱え、

「左手に料理人!」

と、藤ねえの話を聞いていた、桜を肩に担ぎ…………え?

「あの……藤村先生?」
「ちょうど都合もいいことに、明後日からは弓道部の夏合宿! これほど都合のよい潜伏先があるだろうか!? いや、たぶんない」

戸惑う桜、そんな桜の質問を黙殺し、藤ねえは台所から飛び出していった。

「せんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぃ……」

桜の悲鳴が遠ざかっていく。しばらくすると、玄関の方で、

ドカ、バキ、ベシ、メキョ…………:y=-( ゚д゚)・∵;; ターン

と、非常に気になる音が聞こえてきたが、俺は何事も無かったように、調理に取り掛かった。
話からするに、学校を潜伏先にするようだ。今度、差し入れでも持っていってあげよう。

「しかし、桜も災難だな……」

茹でたそうめんを、ざるに移しながら、俺はそう呟きを漏らした。
居間を覗くと、あれほどの騒ぎの間、ギルガメッシュは身じろぎ一つしていないようだった。

今日も暑い一日に成りそうな、そんな昼下がりの出来事だった。


戻る