〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



夜半過ぎ――――新都にはまだ、かなりの数の人がたむろしていた。
駅前には、帰りを急ごうとする人の波。そんななか、するべき事もないように、あちこちでグループで固まって騒いでいる姿も見受けられる。

「まったく、緊張感ってものがないよな。今がどんなに危険なのか、分かってないのか?」
「それはそうでしょ。実際、関係者でもない限り、荒唐無稽って笑い飛ばすようなものだからね」

人を殺し、魔力や魂を奪うものがいる。たしかに、御伽噺じゃあるまいし、一般常識では考えられないことだ。
しかし、それは紛れもない現実だった。すでに百人単位での死者、行方不明者もいるとの遠坂の見立てだ。
見えないところから、徐々に街は闇に喰われていっているかのようだった。

「ともかく、士郎たちの襲われた所にいってみましょう。事件のあったところは、まだ警察がいるから実際に見ることができないし」
「ま、そうだな……ギルガメッシュ、どうした?」

遠坂と話していた俺は、たむろしている学生達に、ずっと目を向けているギルガメッシュに声をかけた。
ギルガメッシュは、ああ、と生返事をして、ポツリと呟いた。

「いや、懐かしいと思ってな。昔は我も、国の若者達とああやって交友を深めたものだ」
「へぇ……ずっと大昔も、ああやって大騒ぎすることがあったんだ」

ギルガメッシュの言葉を聞き、イリヤが感心したような声をあげる。
ギルガメッシュは、懐かしむように目を細めながら、独白するように言葉を続ける。

「一晩中かがり火を囲み、男も女も、分け隔てることなく騒ぐ。それを見るのが我は好きだった」
「意外ね。てっきり『こんな下劣で低俗なこと、我慢ならぬ!』くらいは言うと思ったのに」

道路に腰掛け、馬鹿騒ぎする若者達。確かにそれは、あまり格好のいいものじゃなかった。
だが、ギルガメッシュはよく分からないといったふうに首を振った。

「生憎、この世に出てから一日足らず。その程度で高尚だの低俗だのいえるわけもない。数年も逗留すれば、分かるやも知れぬが」
「なるほど……だからあれだけ歪んでいたわけだ」

俺は半年前の、敵であるギルガメッシュのことを考えた。確か、十年前の聖杯戦争より、この世界にとどまっていた言峰の英霊。
あのときに比べると、今ここにいるギルガメッシュの毒が少ない感じがするのは、世俗に染まっていないからだろう。
なんというか、高慢ちきで我侭な所があるが、根は素直な感じなのだ。

「そんなに懐かしいのなら、どうぞ、遊んでいらしてはいかがですか? 別に、貴方一人いなくても、如何にでもなるでしょうし」
「むっ」

と、イリヤとギルガメッシュのやり取りを、黙って聞いていたジャネットが、そんな事を言った。
その言葉に、明らかに気分を害したのか、ギルガメッシュの表情が険しくなる。

それにしても、初対面の時からこの二人の仲は険悪だ。ジャネットが、一方的にギルガメッシュを嫌っている感じなのだが。

「遠坂、何とかならないのか? このままじゃ、戦いになった時に、まともに戦えやしないぞ」
「う〜ん、そうはいってもね。彼女、前世でのこともあるから、素直になれないでしょうし」

歯切れの悪い遠坂の言葉に、俺は首をかしげた。

「そういえば、英霊になる前のジャネットって、何者なんだ? 名前から、特に思い当たるふしもないんだが」
「何者って、そのままよ。調べればすぐに分かることだし、気にしないの」

あっさりとそんな事を言って、遠坂はパンパンと手を叩いた。
にらみ合っていたジャネットとギルガメッシュは、その音に、ハッと遠坂のほうを向く。

「はいはい、ケンカはそこまで。 そういう有り余ったエネルギーは、敵にぶつけること。いいわね」
「……了解、マスター」
「確かに、正論だな」

遠坂の言葉に、あっさりと従う英霊二人。
さて、このパーティの中で、一番の実力者は誰でしょう? 思わずそんな疑問が脳裏に浮かぶ光景だった。

ともかく、駅前は相変わらず平穏のようだった。木を隠すなら森という感じで、駅前にも注意を配ってみたが、どうやらここには何も無いようだった。
若者達の騒ぎを物珍しそうに眺めるギルガメッシュも、ややあって興味を失ったのか、俺達の後について歩き出した。



そうして、俺達は冬木中央公園を訪れた。
連日の事件報道で、もともと人気の少ない公園から、人の気配は完全になくなり、俺達以外の人影を見ることはなかった。

「ここね」

公園の中央。ごっそりと地面の削られた部分に立ち、遠坂は周囲を見渡す。
そこは、ルーという少年と、狂った人々の戦った場所であり、ギルガメッシュの一撃が炸裂したところでもあった。

遠坂は、むき出しの地面から、指で一つまみの土をつまみあげると、やっぱり、というような表情を見せる。

「駄目ね、魔力の痕跡の欠片もない。もし、その一撃で死んだり、手傷を負ったりすれば……当然、この土にも魔力が付着するはず」
「それが無いってことは、シロウと私に襲い掛かってきた奴らは、無事だってことね」
「そう考えるのが妥当でしょ。もっとも、数十人もの人間をどうやって操ったか、どうやって消したか、興味の尽きないところだけど」

そう言って、周囲を見渡す遠坂。つられて周りを見ると、黒々とした木々に囲まれた、夜の公園の光景が見えた。
しかし、どうやらここにも敵の手がかりは無いようだった。

「しかし、どうするんだ? なかなか手がかりって見つかんないものだけど」

俺の質問に、遠坂はちょっと考えると、ややあってポン、と手を打った。

「そうだ、ギルガメッシュ、あなたアーチャーなんでしょ。当然、鷹の目を持ってるんでしょ? 凄い視力を持つって言う……」
「そのようなもの持っているわけ無いであろう? 貴様、我を何だと思っている?」
「え、だってアーチャーでしょ? そういったスキルは持ってるんじゃ……?」

遠坂の疑問に、ギルガメッシュは心外そうに肩をすくめた。

「それは、一本の矢を当てねばならぬ、弓兵の論理だろう? 我の攻撃は、狙いのつける必要も無いから、そのような技術も不要なのだ」
「何だ、意外に使えないのね、あなた」
「なっ……!?」

遠坂の容赦ない一言に、ギルガメッシュはガチーン、と、硬直した。有史以来、英雄王にこんなこと言ったの、遠坂が初めてじゃないだろうか?
なおも、遠坂の不満は収まらないのか、ブツブツと呟きが聞こえる。

「遠見の力が使えないなんて、狙撃手としては二流よね。しょうがない、ジャネットに協力してもらおうかしら」

絶対聞こえるように言ってるな……ギルガメッシュを視界の端に収めながら、俺は遠坂に視線を移す。
遠坂は、俺のほうを見て、ふふん、とした表情で笑いかけてきた。

どうやら、ギルガメッシュをやり込めたのが嬉しかったんだろうけど、あまり刺激するなよなぁ……。

「そこまで言われて、我が黙っていると思うのか?」

と、いらついた声に視線を移すと、そこには明らかに怒りの表情を浮かべるギルガメッシュ。
その背後の空間がゆがみ、無数の武器が――――って、おい!

「ま、待て、ギルガメッシュ!」
「――――」

唐突な成り行きに、慌てる俺。遠坂は、驚いたように硬直して動かない。
そうして、ギルガメッシュは背後の空間に手を差し伸べると――――、

「これで、文句はあるまい!」

と、自信満々でギルガメッシュが取り出したのは――――何の変哲も無いメガネだった。
それを、ギルガメッシュは自分でかけると、あらぬ方向を見て呟いた。

「あの建物、一番上の左端の窓、女が立っているな。どうやら寝る前に外の風景を見ているらしい」
「えっ、建物って……?」

向ける視線の先には、遠くにそそり立つ、ビルの群れがあった。ひょっとして、オフィス街のビルの様子が見えるのか?
なんと言うか、肉眼じゃ到底見えない距離だと思うんだが……。

「どうだ、これが我の収集品『遠見の瞳』の力だ」

自信満々に、メガネを掛けたまま、ふんぞり返るギルガメッシュ。
どうやら、そのメガネを掛けると遠くのものが見えるようになるらしい。

「しかし、武器以外にも持っていたんだな、そういうの」
「うむ、収集品は、武器だけにとどまらぬ。この『遠見の瞳』の他にも、『石化の瞳』、『直死の瞳』、『魅了の瞳』などもある」
「へぇ〜」

楽しそうに解説するギルガメッシュに、俺はあいまいに相槌をうった。

「とりあえず、何とかなりそうね。それじゃあ、場所を移しましょう」

遠坂はそう言うと、ギルガメッシュの見ていた方向、新都のオフィス街へと向かって歩きだした。
何を考えているのか知れなかったが、俺達は遠坂の後について歩きだした。



この時間帯、通常ではオフィス街は未だ電気がついて、人通りが多い時分である。
しかし、さすがに今日は、高層ビル群の電気の大半は掻き消えており、人の姿も見受けられなかった。

「しかし、こんなところに来てどうするんだ、遠坂」

俺の質問に、遠坂は振り返り、にこやかな笑みを浮かべた。それはもう、本当に楽しそうに。

「簡単よ。ここいらのビルの屋上から、新都全体の様子を監視するのよ。異常があったらそこへ急行する。一番ベターな方法でしょうね」

そうして、遠坂が立ち止まったのは、何とはなしに見覚えがあるビルだった。
ふと上を見る。半年前、ビルの頂上に遠坂を発見したあの時も、彼女は今日と同じように、この場所を訪れたのだろうか。

「さ、そういうわけで。ジャネット、そこに非常口があるから、霊体になって内側から鍵を開けてちょうだい」
「え、しかし……それは『不法侵入』というのではないですか?」

戸惑った様子のジャネット。それに対し、遠坂は大胆にも、

「大丈夫よ。この国には、見つからなければ罪にならないっていう妙な法則があるんだから」
「そ、そうなんですか……」
「そういうわけで、ちゃっちゃとやってちょうだい」

しかし、むちゃくちゃ言うな、遠坂。ま、本気で言っているわけじゃないと思うけど。
ジャネットも、戸惑った様子で、俺のほうに視線をむけ、その動きが凍りついたのは、その時だった。

「マスター、そのまま何事もない振りを。周囲に敵がいます」

その一言に、俺達はすばやく周囲を見渡す。
周囲のビル群の狭間にある、路地裏。無数にある闇の中に、うごめく影があった。

「なるほど、人気のない場所に、周囲には身を隠す場所。不意打ちにはもってこいの場所だよな」
「何にせよ、どうやらここで、正解だったようだな」

俺の言葉に頷くギルガメッシュ。
視線を遠坂に向けると、そこには不敵な笑みを浮かべた彼女の姿。

「それで、どうする? 相手が仕掛けてくるまで待つか? それとも……」
「あら、そんなこと決まってるわよ」

そういって、遠坂が懐から取り出したのは、宝石の塊。
彼女はそれを――――

「先手必勝!!」

路地裏に向かって投げつける!
魔力のこもった宝石は、まるで手榴弾のような爆音とともに、閃光と爆風で、亡者たちをなぎ倒す。

それを合図に、ギルガメッシュは周囲に武器を展開し、亡者たちに対する牽制をする。
俺は、精神の集中、工程段階の省略、ありとあらゆる思考を簡略化し、もっとも使い慣れた武器を投影する。

ふた振りの白と黒。記憶のはるか彼方にあるその武器を持って、俺は遠坂達をかばうように、前面に立つ。
周囲からあふれ出る、数百の亡者の群れ。長い夜が、始まろうとしていた。


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