〜Fate GoldenMoon〜
〜Another Seven Day〜
アサリとワカメのスパゲッティ、香草の野菜スープ、夏野菜のサラダ、ヘルシーな組み合わせの昼食は、アップルジュースの付け合わせで。
遠坂にも手伝ってもらって、手軽に作った料理をテーブルに並べ始める。
「はい、食事の前にテーブルを拭いておいてね」
「うん、わかったわ」
遠坂の言葉を聴き、イリヤがテーブルを拭いている。
ギルガメッシュは扇風機の前に陣取り、キャスターはテーブルの前にじっと座っている。
料理を並べながら、キャスターの様子を垣間見る。相変わらずローブを羽織った彼女の顔は、よく見えない。
「何か?」
「いや、食事の前だし、キャス……ジャネットはローブを脱がないのか?」
その言葉に、キャスターの身体がわずかに身じろぎした。
俺の言葉に興味を持ったのか、イリヤもギルガメッシュも、こっちの方を見ている。
「……生憎ですが、人に顔を見せるのは、ごめんこうむりたいので」
「ふっ、どのような醜女か、知れたものではないからな
「失礼な」
むっ、とした表情で、キャスターはギルガメッシュを睨んだ。
険悪な空気が流れかかったので、慌てて口を挟む。
「まぁまぁ、食事はみんな、食べやすい方が良いと思ってね。その格好じゃ、見てるこっちも暑いし、食事の間だけでも取る事は出来ないかな?」
「……そうですね、その言は一理ありますし、そういたしましょうか」
俺の言葉に、キャスターは数秒の考えのあと、羽織っていたローブを取る。その下から、彼女の顔が覗く――――。
「――――わ」
「む」
驚くイリヤとギルガメッシュの声。俺も、言葉をなくしていた。
流れるようなストレートの金色の髪。サファイアブルーの、切れ長の意志の強い瞳。整った顔立ちは、何処か彼女を思い出させる。
静かな星を思わせる、美少女と呼ばれるに値する顔がそこにあった。
「驚いた……ジャネット、あなたって美人だったのね」
料理を運んできた遠坂も、心底驚いた表情でそんな事を呟いた。
その言葉に、キャスターは、嫌そうな表情で頭を振る。
「正直、自分の顔に対する評価を受けるのは、あまり好みではありません」
「そういうものかしら」
怪訝そうな表情のイリヤ。それは、その場にいた全員の感想でもあった。
食事を終えた後、今後のことについて話し合うことにした。食後の緑茶を飲みながら、テレビのニュースを見る。
テレビには、相変わらず新都での事件について報道されている。
新都の高級料理店の一件の他、複数の路地裏に、大量の血痕が発見されていた。
その報道は……そこで何が起こったのか、分かるものには分かる、明白なものであった。
「ずいぶんと、派手にやっているようだな」
敵のその行動に、皮肉げに唇を歪めるギルガメッシュ。
俺も同じ感想を持ちながら、画面をじっと見つめた。昨日の事件は報道されておらず、まだ情報の届かないところで、多くの血が流れているのは確かであった。
「いくら聖杯戦争が、天下御免の戦いだからって、ここまで派手にするのは、どうかとも思うけどね」
「……それで、今後の具体案は如何にするのですか?」
遠坂の呟きに、キャスターがそう質問する。
その言葉に、遠坂が俺のほうを見る。どうやら、遠坂も俺と同じことを考えていたようだ。
「基本的には妥当なことよ。このままじゃ、相手はどんどん力を増す。短期決戦が理想でしょうね」
「先手必勝か……だが、それも相手の位置がわかってのことではないか?」
ギルガメッシュの質問はもっともである。しかし、遠坂はあっさりと首を横に振った。
「そう、相手の位置が分からなきゃ、攻めようもない。前回のときは、相手の穏行が長けていたから、見つけ出すのに苦労したわ」
「つまり、今回は目立つ行動ばかりしているから、見つけるのも簡単って事か」
俺の確認の言葉に、遠坂は淡々とした表情で頷いた。
「そう、ニュースで報道されたところ、それに、まだ報道されていない事件のあったところ……そういった場所に、何らかの手がかりが残されていると考えていいわ」
「だが、派手な行動をとる分、相手の出方も大胆なものになるだろう。自ら虎口に飛び込むのもどうかと思うが」
「あら、怖いの? 英雄王ともあろうお方が」
その言葉に、ギルガメッシュは不服そうな表情を見せる。意に沿わぬことに拗ねるのは、まるで子供のようだった。
「そうではない。わざわざそのような所に連れ立っていかずとも、我一人を派遣すれば済むのではないかということだ」
「……あなた、一人で?」
「うむ。単独行動は我の好むところであるし、むしろ他の者がいると、庇うのに気を回してしまう」
ギルガメッシュの言葉に、遠坂は一分ほど考え込むが……ややあって、頭を振った。
「それでも、やっぱり一緒に行動した方が良いでしょうね。相手は他にもいるのよ。あなたが出払っている間に、士郎たちが危機に陥る可能性もあるわ」
「む……」
「大胆と慎重。どちらも重要なものだし、あなたの意見も聞くものがあるでしょうけど、現時点では全員で行動がベストね」
「だとすると、俺とギルガメッシュ、遠坂とジャネット……イリヤはどうするんだ?」
指折り数え、俺は遠坂に質問する。今回の戦いはイリヤはマスターとして参戦してはいない。
いっそ、藤村組に帰して、この一件が終わるまで、離れていてもらった方が良いかもしれない。
「は? 何いってるの、連れて行くに決まってるじゃない」
が、遠坂はこの質問には即答で返してきた。どうやら、彼女の中ではイリヤはメンバーに内定していたらしい。
「イリヤの魔力、知識は即戦力に値するし、そもそも、前回イリヤが拉致されたのを覚えているでしょ」
「あ」
「そう、だから今回も、イリヤの事を狙う相手がいないとも限らないわ。だから、士郎が守ってあげなきゃ駄目よ」
う〜ん、あっさりとそういうけど、自信はないぞ。昨日だって、運が悪かったらイリヤともども殺されていたわけだし。
それでも、やらなきゃならないか……。
「わかった、イリヤのことは任せてくれ。だけど……」
「なに? 何か不安でもあるの?」
「いや、不安というか、問題が……藤ねえには、どう説明したら良いんだ?」
今は、イリヤは藤ねえの家に厄介になっている。
藤村組の親方は、イリヤを本当の孫のように可愛がっているし、帰ってこないと騒ぎ出すのだ。
とても、殺人事件の現場にイリヤを連れて行きます。なんて馬鹿正直なことなど言えるわけなかった。が、
「その点は、士郎の健闘に期待するってことで」
「おい」
いともあっさりと、遠坂は難問を俺に押し付けることにしたようだ。
遠坂は、リモコンでテレビ画面を消すと、腰を上げる。それに呼応するようにキャスターも席を立った。
「夜の八時、準備を整えて、またこっちに来るわ。それまでに、準備を整えておくこと。それじゃあね」
「失礼します」
手をひらひらさせて、居間から出て行く遠坂と、一礼し、後を追うキャスター。
俺は、見送ることも出来ず、そのままテーブルに突っ伏した。
「説得ったって、どうすりゃ良いんだよ……」
あの藤ねえに、生半可な説得が通じるとも思えない。かといって、嘘をついた場合、後が怖いのも分かっている。
まさに、八方ふさがりな状態だった。
そのまま時間はまったりと過ぎ、俺は夕食の支度に取り掛かった。
今日の夕食は、ご飯と吸い物に、うなぎと焼き豆腐の煮物、きんぴらなどの純和風のものである。
派手さはないが、細かい部分で気をつかい、材料も厳選した一品である。
「なんだか、気合が入っているわね、シロウ」
台所で働く俺を見て、何処か感心したようにイリヤが聞いてくる。
ちなみにギルガメッシュは、相変わらず扇風機の前。どうやら暑さが堪えているらしい。
「まぁ、藤ねえの機嫌をとるには、こういう方法しかないからな」
「ふ〜ん」
料理の手を止めずに答える俺に、イリヤはまだ、何かいいたそうだった。
「ね、ね、タイガになんて言うの? やっぱり月並みに、お嬢さんを僕にください、とか?」
「いや、さすがにそれはない」
「む〜」
即答したのが不満だったのか、イリヤは不満そうに膨れていた。
「……冷蔵庫にプリンを入れといたけど、食べるか?」
「あ、ほんと?」
が、どうやらまだ色気よりも食い気の方が強いようで、あっさりと機嫌をなおしたようだ。
「ついでに、ギルガメッシュにも与えてやってくれ。夕食前だけど、少しならいいだろ」
「うん、わかったわ」
そう言って、イリヤは冷蔵庫からプリンを二つ取り出すと、居間にいるギルガメッシュのもとに歩いていった。
と、遠くの方で、ガラガラと扉の開く音。チャイムを鳴らさないということは、藤ねえが帰ってきたらしい。
「ただいま〜」
数分して、藤ねえが台所に入ってきた。見ると、手には梱包された一抱えもある箱が二つ。
それを、どさどさっと床に投げ出した。そうして、疲れた顔で伸びをする。
「どうしたんだよ、藤ねえ。なんか、元気がないみたいだけど」
「う〜ん、それがね……あ、今日は和食なんだ〜」
楽しそうに、料理する俺の手元を覗き込む藤ねえ。だが、すぐにその表情が曇った。
「ごめんね、士郎。今日は夕食はいらないの」
「え、どうしたんだよ、急に?」
「うう〜〜」
藤ねえは、言おうか言うまいか迷っていたが、意を決したように顔を上げた。
「じつは……なんだか家の方で、お見合いの話が持ちあがってるのよぅ」
「お見合いねぇ……誰の?」
「私の」
なんとなく、微妙な空気が流れた。
「さて、あとは盛り付けかな」
「スルーしないでよ、士郎ったら〜」
「いや、藤ねえが、お見合い……結婚は当分しないんじゃなかったのか?」
俺の質問に、藤ねえは困りきったように肩をすくめた。
「そうなんだけど、他のみんなが乗り気でね……このままじゃ、『一生、士郎の厄介になる計画』が頓挫しちゃうわ」
「そんなこと考えてたのか、藤ねえ……」
「まぁ、そんなわけで、気が進まないけど、いまから縁談をぶち壊してくるから」
物騒なことを、さらりと言う藤ねえ。まぁ、この人にかかれば、どんなお見合いもぶち壊しになるものだけど。
「あ、それとイリヤちゃんは置いてくから。人質に取られるのも厄介だし……それでいいわよね」
「あ、ああ」
「それじゃ行ってくるから。あ、それと、安売りしたから、これもつかちゃってね」
それだけ言い放つと、藤ねえは矢のように飛んでいってしまった。
気迫もみなぎっていたし、相手が気の毒だけど、お見合いはぶち壊しになるだろうなぁ……。
「せわしなかったっわね、タイガ」
「ああ……聞いてたのか、イリヤ?」
「それは聞こえてくるわよ。あれだけ騒いでるんだから……ところで、これ、何?」
イリヤの興味は、床に放置されていた二つの箱に向けられていた。そういえばさっき、安売りがどうのといっていたな……。
「どれどれ?」
ガサガサと、包装を解いてみる。包装の下から現れたのは――――
「そうめん……」
「あ、こっちも同じ箱みたい」
見ると、イリヤの持った箱の表面にも、同じパッケージが記されていた。俺は恐る恐る、箱をあけ……天を仰いだ。
大人が両手で持つサイズの大箱に、そうめんがぎっしり詰まっている。一箱で50食分はありそうだ。
「こんなに買い込んで、どうするつもりなんだよ……」
「なんなの、これ? 食べ物?」
興味深げに箱の中を覗く、イリヤ。そんなイリヤの無垢な質問に、俺は頭をそっとなでて答えた。
「ああ、といっても……さすがにこれだけの量は食べきれるものじゃないんだがなぁ」
「?」
頭をなでられ、くすぐったそうに見上げるイリヤ。腐るものじゃないが、それにしてもこの量は、多すぎだった。
そんなこんなで、今日の夕食から、そうめんを使うことにした。
とりあえず、吸い物の中に入れてみたが、これは意外に好評だった。
「シロウ、おかわりっ!」
「うむ、我にも追加してもらおう」
「ああ、どんどん食べてくれ」
吸い物のおかわりを注ぎながら、俺は頭の中で、そうめんのレパートリーを考えていた。
焼いたり、寒天にくるんだり、飽きない工夫をしないと、到底食べれる量じゃない。
さて……腕の振るいがいもあるが、本当にどうしようか、このそうめん。
明日からの食生活に、不安を感じる今日この頃だった。
遠坂たちと合流し、家を出てから歩を進め、新都に続く海浜公園にたどり着いたときには、宵闇が完全に街を覆っていた。
端を挟んで対岸には、いまだよい闇を照らす新都の光。
しかし、気のせいかいつにも増して、その光は心細く感じられた。
「この橋を渡ったら、すでに向うは敵陣といってもいいわ。気を引き締めていきましょう」
「ああ、そうだな」
遠坂の言葉に、頷き、俺は先頭に立って歩き出した。
イリヤ、ギルガメッシュ、遠坂、キャスター……皆、思い思いの表情であとに続く。
空には、金色の月とともに、燦然と輝く星達。
俺たち五人は、事件の中心部へと足を踏み入れようとしていた。
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