〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



「そう、そんなことがあったの……」

話自体は、五分少々で終わるものだった。しかし、所々で詳細な部分を遠坂が問うため、実際は説明に倍近い時間を必要とした。
話を終えるころには、手に持った紙パックのジュースは、すっかりなくなっていた。
幸い、買ったものの中に、アイスなどの製菓商品はなかったから、時間を気にする必要もなかったのだが。

「それにしても、うかつだったわ。確かに士郎なら、英霊を呼び出した実績もあるし、イリヤのポテンシャルも加えれば、不可能じゃなかったわね」
「まぁ、そんなわけで、聖杯戦争の英霊は、あと一人を呼び出すだけらしいんだが」
「あ、そのことだけど、もうあと一人じゃないわよ」

なにやら考え込んでいた遠坂は、俺の言葉にあっけらかんとした口調でそう返すと――――

「出てきていいわよ」

あらぬ方向を見て、そんな事を言う。俺は、つられてそっちの方を見やり――――そこには、何もいなかった。

「?」
「……あれ?」

何度見返しても、そこには誰もいない。遠坂も、戸惑ったように声をあげる。

「あの、こちらですが」
「うわっ」

声が聞こえたのは、俺の真後ろ。振り返ると、そこには――――小柄な、夏には似合わないローブを羽織った人が立っていた。
俺の驚いた格好が間抜けだったのか、その人は、クスクスと鈴のなるような笑い声をもらした。

「ジャネット……人を驚かすのはマナーに反するわよ」
「すいません、マスター」

遠坂にキッと睨まれ、その人――――名前から察するに女の子は、ぺこりと頭を下げた。

「彼女、ひょっとして……英霊か?」
「そう、キャスターのね。昨日の深夜、召還したの。本当は、別のを呼び出すつもりだったんだけどね」

不本意そうな遠坂の表情。その表情で、遠坂は俺をじろりと見つめた。

「まったく、タッチの差で士郎が金ぴかを呼び出すから、アーチャーが呼べなかったのよ」
「…………あ、そういうことか」

ギルガメッシュのランクはアーチャー。それを先に俺が呼び出したから、遠坂は同じランクのアーチャーを呼び出せなかったのだろう。
確か、聖杯戦争のルールで、七つのランクの英霊を一人ずつ、というのがある。
つまり、イス取りゲームのようなもので、すでに埋まっているランクの英霊は、呼び出すことは出来ないのだろう。

「しかし、前回はセイバーを呼び出せず、今回はアーチャーか……つくづくついてないよな、遠坂」
「ええ、土壇場で失敗なんて、早々起こらないものだけど、それにしたってこうも続くと、呪いでも受けてるみたいに感じるわ」

冗談めかした口調で言うが、それがちっとも笑えないのは、遠坂の土壇場での失敗を何度も見ているからかもしれない。
遠坂は、キャスターの少女がじっと見ているのに気づき、苦笑しながら肩をすくめた。

「ま、だからって全部が全部、失敗したわけじゃないし、いいんだけどね」

遠坂は、ベンチから立ち、数歩歩いたところで、俺を振り返る。
そうして、笑顔を浮かべながら、小首をかしげた。

「で、英霊が七人そろったら、それが聖杯戦争の合図になる。だとしたら、今ここで戦う? アーチャーのマスター」
「……え?」

いわれ、俺はその時、遠坂の目が笑っていないのに気づいた。
それは、いつもの遠坂でもあり、魔術師の遠坂でもある。敵には容赦せず、その喉元を切り裂くのは、冷厳な魔術師の顔。



しかし、どうするか。手元に武器はないし、『創る』様な隙もない。それに、ギルガメッシュも家においてきてしまった。
そこまで考え、俺はその考えをやめた。遠坂と戦うこと自体、創造の範疇外だったからだ。

「やめとく。俺は、遠坂と戦いたくないし、それにすべきこともある」
「すべきこと?」
「ああ、昨日の一件、新都での無差別殺人をやらかすやつら……それを止めなきゃならない」

そう、幸せそうな人を操り、殺人鬼へと変貌させる。
そんな事をしてまで、自らの力を蓄えようとする相手を、許すわけにはいかなかった。俺は、遠坂とにらみ合う。

「…………」
「…………凛」
「!」

思わず言ってしまった彼女のファーストネームに、遠坂は、思わず数歩、後ずさった。
彼女は、俺の顔を穴が開くほどまじまじと見つめ……そうして、呆れたようにため息をついた。

「まぁ、それが一番妥当な線よね。新都方面にいる相手の実力も分からないし、集めた魔力の量もかなりものになるでしょうし」
「じゃあ、遠坂」
「そう、この前の時みたいに、一時同盟ってことにしましょう」

その言葉に、俺はホッと肩の力を抜いた。
何だかんだ言っても、遠坂と殺し合いをするのは、正直、避けたかったからだ。

「よろしいのですか、マスター」

その時、口を挟んできたのは、状況を静観していたキャスターだった。

「よろしいも何も、決まったとおりよ、ジャネット。私は彼と手を結ぶ。他にも五人の敵がいるし、妥当な線だと思うけど」
「……この場を取り繕うための、方便というのを考えないのですか?」

キャスターの言葉に、遠坂の柳眉が逆立った。
基本的に、猫かぶりでない遠坂は、異常に気が短いときがある。

「くどいわよ。彼は私を裏切らないし、私は同盟すると言った以上、相手が裏切らないのなら、決して裏切らない」
「……了解しました。マスターの指示に従います」
「分かればいいのよ」

つん、とした表情で遠坂は、頭を下げたキャスターに言い捨てた。
どうも、遠坂の性格はキャスターとは合わないようだ。もともと、超攻撃的な性格だからな。
権謀術数を操るとはいえ、性格上好みはしない遠坂と、知識と魔術の申し子のキャスター。意外に相性の悪いコンビかもしれなかった。


「じゃあ、とりあえず家に寄っていけよ。今後の作戦も考えないといけないし」
「ええ、そうさせてもらうわ。そのかわり、あの金ぴかにちゃんと事情を説明しなさいよ」
「ああ、そのかわり遠坂も……いきなりガンド撃ちなんて、もうするなよな」
「〜〜〜〜しょうがないじゃないの! あの時は本当にびっくりしたんだから!」

俺の言葉に真っ赤になる遠坂。それに笑みを返し、俺は、キャスターの少女に向き直った。

「じゃあ、えーと、彼女も一緒に」
「ジャネットとお呼びください。魔女(キャスター)と呼ばれるのは、非常に不本意ですので」
「あ、そうですか、どうも」

きりっ、とした言葉に、思わず頭を下げる俺。遠坂は、その光景を見て、なんともいえない表情をしていた。
そうして、遠坂とジャネット。二人の少女を連れて、俺は家路についた。

帰る道すがら、遠坂と俺は最近の出来事、今後の予想について話したが、キャスターの少女は、黙って俺の後についてくるだけだった。
一度、彼女の方に目を向けるが、恥ずかしがりやなのか、あからさまに顔を背けられてしまった。

そんなこんなで、二人を連れて、俺は屋敷に戻ったのだが――――



「ただい――――うぉぁ!?」
「待ちかねたぞ」

玄関をくぐったとたん、そこには完全装備の英雄王がいた。ご丁寧に金色の完全装備である。
その様子に、後から入ってきた遠坂たちにも緊張が走る。

「それで、一体どういう了見なのだ?」
「分かった、分かったから、ともかくその完全装備を何とかしてくれ……」

これ以上話をこじらせたくない。その思いが通じたのか、ギルガメッシュはいつもの服装の方に戻ってくれた。
もっとも、視線の方は「とっとと言わぬか」と言いたげに、俺を見つめたままだったが。

「遠坂、居間の方でくつろいでいてくれ。後で、そっちに行くから」
「わかったわ、ジャネット、いきましょう」
「はい、マスター」

遠坂に続いて、キャスターの女の子も玄関を上がり、廊下に向かう。
その後姿を、ギルガメッシュはもの言いたげに見送っていた。





俺はギルガメッシュを連れ、道場の方に足を向けた。
床張りの板に正座し、ギルガメッシュと向かい合う。

「さて、ではどういうことか説明してもらおうか」
「ああ、彼女なんだが……」

そうして、俺は遠坂のこと、キャスターの少女のことを説明した。納得してくれるとは到底思えなかったのだが……。

「なるほど、手駒として使うというのだな」
「いや、同盟として、一緒に戦うんだが」
「謙遜するな。戦いにおいて、敵は少ないほうが良い。卿の判断は、評価されるべきだ」

変な意味で納得してしまったのである。俺が何度言っても、どうやらギルガメッシュは理解できないようだった。
そもそも、昔の王様だしな。友情とか、信頼とかとは無縁の存在なのかもしれない。

「ともかく、遠坂もあの娘も敵じゃないんだし、攻撃をするのはやめろよな」
「そうだな、手駒を傷つける必要もないだろう。そうすることにしようか」
「だから、手駒とかじゃないんだが……」

それでも、敵ではないということは分かったようなので、よしとする事にした。
遠坂と魔術師、俺と英雄王。ちぐはぐな同盟関係は、こうして設立される運びとなった。


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