〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



「…………」
「〜〜〜〜」

さて、どうしようか。黙り込んだギルガメッシュと、ギルガメッシュを睨む遠坂の間で、俺は思考を巡らす。
少なくとも、このまま遠坂を、すんなり家に上げることは出来ないだろう。

ギルガメッシュは、いきなり攻撃されて怒っているし、遠坂の方は、戦闘体勢バリバリである。
だとすると、どうするか……。

「どうしたの? 今、何か凄い音がしたけど……」

と、騒ぎを聞きつけて、イリヤも玄関に飛び込んできた。
仕方ない、ともかく、一度、間を取ることにしよう。このままじゃ、玄関で戦闘が始まりかねないしな。

「イリヤ、ちょっと遠坂と外で話してくる。ギルガメッシュと一緒に、屋敷で待っててくれ」
「…………。なるほど、そういうことね。分かったわ。屋敷で待ってる」

事の次第を察したのか、イリヤは納得したように頷いた。
だが、それで納得の出来ない人が、約二名いた。

「ちょっと待て、まだこちらの問題が解決していないではないか!」
「そうよ、納得のいく説明をしてもらわないと……!」

語気荒く、そんな事を言う、英雄王と赤いあくま。仲悪そうだけど、こういった時には、意見が合うようだ。

「だから、説明するために、出かけるって言ってるんだよ、遠坂」
「む…………分かったわよ。ついて行けばいいんでしょ」

俺の口調から、内心を察したのか、遠坂は数秒考え込み、頷いた。
俺は、玄関に降り、自分用のシューズに履き替えながら、ギルガメッシュを見る。

金色の英雄王は、相変わらず不機嫌そうに、俺と遠坂を交互に見ている。

「彼女のことだけど、帰ってきてから話す。それまで、イリヤとこの屋敷を守ってくれ」
「それで、我が納得できると思うのか?」
「納得してくれるとは思っていない。だけど……これが一番妥当な選択なんだ。頼む」

そう言って、俺は頭を下げ……頭を上げた先には、驚いた表情の英雄王の姿があった。

「どうしたんだ? ギルガメッシュ?」
「いや……意外に思ってな。魔術師というものは元来、誇りと矜持の塊であると相場が決まっているものなのだがな」
「?」
「まぁ良い。マスターがそう言うのだ。従うのが筋というものだな」

面白そうに、そんな事を言うギルガメッシュ。そのやり取りを見ていた遠坂が、隣で肩をすくめるのが見えた。



遠坂を連れて、マウント深山商店街へと足を向けた。時刻はそろそろお昼になろうという頃合である。
暑さのせいか、人通りが少ない反面、店の中はそれなりに賑わっているような感じだった。

「さ、話してもらおうじゃないの」

で、相変わらずの勢いで俺をせっついているお方は、学園のアイドルこと、遠坂凛嬢である。
しかし、この状態だと、話しているうちにガンドの一つや二つ、飛んできそうだよな。

「ともかく、落ち着けよ遠坂。あ、ジュースでも飲むか?」
「充分、落ち着いてるわよ。それはそれとして、なんでこんな所まで連れてくるのよ。話なら、屋敷を出てすぐのところですれば良いじゃないの」
「まぁ、それはそうなんだが……昼飯、食ってくんだろ?」
「は?」

俺の言葉に、遠坂は虚を突かれたように、動きを止めた。
遠坂を連れ出したもう一つの理由は、ちょうど今、食材を切らしていることもあったのだ。

「ちょうど、材料も心もとなくてな。どうせなら、食材の目利きの利く相手と、買い物もしてみたくてな」
「それって、私に荷物持ちをしろってこと?」
「いや、荷物持ちは俺の役目。遠坂なら、俺の知らない買い物テクニックも知ってそうだしな」

呆れきった表情になった遠坂だが、俺のほうは至って真面目である。
どうもここ半年、我が家のエンゲル係数は増加の一途をたどっているのだ。
藤ねえの大食も原因の一つだが、育ち盛りなのか、イリヤの食事の量も最近増えている。
ここは一つ、節約の達人である遠坂の手並みを参考にしたいと、常々思っていたのだ。

「まったく、士郎って目敏いんだか、素でボケてるのか、時々分からないのよね」
「いや、俺は至って真剣なんだが」
「……ふぅ、しょうがないわね。昼食が貧相になるのも嫌だし、付き合ってあげる」
「悪いな。 この埋め合わせはまた今度するから」

俺の言葉に、遠坂は笑って可愛らしく肩をすくめた。
そうして、遠坂と一緒に買い物を始めたのだが……。

「重い……」
「いや〜、意外にたくさん買えたわよね。ま、ちょっと数が多かったかもしれないけど」
「重いです、遠坂さん」
「情けない声をあげないでよ。男でしょ?」

いや、男だろうが女だろうが、この量は生半可じゃないと思うのですが……。
両手には、肉に野菜、果物に卵や豆腐、さらに食器類なども含めて五袋。
驚くべきは、これだけの量を買って、普段俺が使う一食分よりも、まだ少ない金額になっているのだ。

遠坂は、なんと言っていいか……目利きだけじゃなく、値引きの達人でもあった。
普段、俺なら普通に買うべき物も、遠坂は店の人と何度か話すだけで、あっさりと値を下げてしまうのだ。

「ほんとに、いい主婦になれるよ、遠坂」
「ふふ……だったら、衛宮君がもらってくれる?」
「考えてもいいから、荷物を持ってください。マジで」
「はいはい、しょうがないわね」

差し出された遠坂の手に、俺は一番小さい袋を握らせた。
もっとも、その一番小さい袋にも、商品がぎっしり詰まってはいたのだが……。

「これでいいの? もっと重いものもあると思うけど」
「いや、それが一番厄介なんだ。卵に食器類。他のと一緒に持ってたら、つぶしかねない」
「なるほど。よく分かってるじゃない」



そんなこんなで、買い物を終えた俺達は、商店街の片隅にある公園で、くつろぐ事にした。
小さな公園の片隅にある、ベンチに遠坂と並んで腰掛ける。

「はい」

遠坂が差し出したのは、紙パックの一リットルのジュースだった。
確かこれも、80円くらいに値引きしていたと思う。遠坂と買い物すると、つくづく自分の買い物が、まだまだ甘いと思ってしまう。

「ああ、さんきゅ」

遠坂から紙パックを受け取り、口をあけると、中身を一気にあおった。
まだ充分に冷たいジュースが、喉越しも爽やかに、身体に吸収される。

「……ありがと、もう、大丈夫だから」
「ん?」

ポツリと言った遠坂の言葉に、そちらを向くと、遠坂は同じように紙パックのジュースを飲んでいた。
パックの口に薄紅色の唇をつけ、細い喉がコクコクと流体を嚥下する様は、どこか色気すら感じられた。

「さっきは、柄になく取り乱してたみたいだから、気晴らしに付き合ってくれたんでしょ」
「まぁ、そうだな。遠坂って予想外のアクシデントに弱いからなぁ。その点を除けば完璧なのに」
「仕方ないわよ。そういうところも含めて、私なんだし」

何処か悟ったような様子で、遠坂は肩をすくめた。
と、遠坂はこっちに向かって手を差し出してきた。

「そっちのジュースも美味しそうね、ちょっとちょうだい」
「いや、だってこれ、飲みかけだぞ?」
「あら、別にいいじゃないの。間接キスなんていまさらな感じだし」
「ばっ、お前なぁ――――」

クスクス笑う遠坂に、俺は改めて思い知った。
正直、この赤いあくまには、勝てません。いや、腕力とか知力とか、そういう次元とは別の意味でなのだが。

「じゃ、そろそろ話してもらいましょうか、あの金ピカのこと」

俺から受け取ったジュースを片手に、遠坂は真剣な表情で、改めてそう切り出してきた。
そこには、気負いも焦りもない。この世でもっとも信頼できる、魔術師の相棒がいた。

「ああ、分かった。昨日のことなんだが――――」

そういって、俺は思い出しながら、遠坂に語りだす。
昨日の一件。夕暮れと宵闇の惨劇と、金色の英雄王の一件を――――


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