〜Fate GoldenMoon〜
〜Another Seven Day〜
「そんじゃ、いってくるねー。いちおう、むこうでお昼を食べてくると思うけど、ひょっとしたら、家に戻るかもしれないから」
「ああ、分かった。藤ねえの分は、計算に入れて作っておく」
今日は、藤ねえは実家の方での会合に出席するそうだ。
朝食をこっちでとって、しばらくまったり過ごした後、実家の方に戻っていった。
今日は、何か用事でもあったのか、桜は朝から家に来ず、そんなわけで、普段は賑やかな朝食も、少し静かに行われた。
ま、もっとも、理由はそれだけでもないんだけど。
「ふう、それにしても……どうするかな」
ため息混じりに、ポツリとそう漏らし、俺は玄関から、居間に引き返した。
「…………」
「…………おい」
「何よ」
「そうやって陣取られては、我のほうに風が届かぬではないか」
また、やってるよ。
足を向けた居間では、この家に一台しかないオンボロ扇風機の争奪戦が、相変わらず行われていた。
ちなみに、その扇風機は去年、資源回収に出されていたものを、持ち帰って直したものである。
「あら、レディーファーストって言葉をしらないの? 英雄王ともあろうお方が」
「淑女優先ね……一体どこに、淑女とやらがおるのやら」
本日何度目かのやり取りを再びし、にらみ合う二人。
基本的に、ギルガメッシュもイリヤも気が強い方だから、そりが合わないんだろうな。
「ほらほら、喧嘩なんてするもんじゃないぞ。冷たいものでも用意するから、おとなしくするように」
「は〜い」
「うむ……少々不本意だが、いたし方あるまい」
俺の言葉に、しぶしぶながら矛を収める二人。なんだか、本当に相性が悪いな、この二人は。
ため息交じりに、俺は冷蔵庫に用意しておいた、冷たいものを取り出した。
「はい、今日のおやつは杏仁豆腐にしたから」
「へぇ……冷たくて、おいしい!」
さっそく、ひとくち口を付けて、イリヤはそんな感想を述べた。
もう一人、ギルガメッシュの方は、なぜか固まっている。
「どうしたんだ? なんだか、顔色が悪いみたいだけど」
「うむ……一つ問うが、杏仁豆腐といったな」
「? ああ。どこをどう見ても、杏仁豆腐だけど」
ガラス容器に入っている、シロップと果物の混じった白い物体を、英雄王は何度かまじまじと見やり――――
「……辛いのか?」
なぜか冷や汗だらだらで、そんな事を述べる金髪のお方。
俺は眉をひそめ、自分の分をひとくち、もうひとくちと口を付けて、返答を返す。
「いや、どう考えても、甘い」
「そうか」
その言葉に、ホッと息をつき、ギルガメッシュは用意してあったスプーンに手を差し伸べ、杏仁豆腐を口に運ぶ。
その表情が、わずかに緩み、ポツリと一言。
「うむ、確かに甘露ではあるな……しかし」
「どうした?」
「なにか、不思議な感がある。我は初めて呼び出されたはずなのに、この街にも、手に触れるものにも何処か懐かしい感がある」
手に持ったスプーンをクルクルと回しながら、ギルガメッシュはそんな事を言う。
彼はさらに、不機嫌そうに眉をしかめながら、俺達の方をじろりと見た。
「それに、伝承すら定かではないのに、我の姿は皆の知るところのようだ。これも不思議であるしな」
「…………」
その言葉に、俺はしばし考えた。昔のことを、話すべきかどうか……。
ふと、イリヤと視線が合う。イリヤは明らかに、気が進まないようだ。だが……、
「そうだな……長い話になるけど、いいか?」
「シロウ!」
「どの道、パートナーになったからには、互いに信頼しなければ生き残れない。だったら、今のうちに歩み寄るべきだろう」
制止の声をあげるイリヤに、俺は静かにそう言う。
過去のことを話した後、ギルガメッシュがどういう行動に出るか、それは分からない。
それでも、今、ここで彼に話しておくことは、必要であると思われた……。
「実は半年前、この街で一度、聖杯戦争が行われたことがある」
「ほぅ」
そのくだりに、ギルガメッシュは興味深そうに目を細め、俺の話に耳を傾けた。
俺は、ゆっくりと思い起こすように、事の詳細をゆっくりと話し始めた。
わけも分からないうちに、巻き込まれることになった聖杯戦争。
金色の髪を持つ、凛々しい少女との出会い。
憧れだった女子の、魔術師としての側面。つき従う赤い、印象深い騎士の姿。
イリヤとの始めての遭遇。ヘラクレスとセイバーの戦い。
互いに同盟を組み、ヘラクレスとの戦いを進めることを誓った同盟。
校舎内でのライダーとの遭遇。令呪でセイバーを召還し、対抗する。
夜の新都、高層ビルでの戦い。宝具を使い、倒れたセイバー。
柳洞寺での、一件。互いの意見をぶつけ合い、それても引かない俺達。
イリヤに連れ去られ、アインツベルンの城に閉じ込められたこと。助けに来たセイバー達との決死の逃避行。
そして、バーサーカーとの激戦。カリバーンの一撃が、狂戦士の息の根を止めた――――。
「ふぅ、とりあえず、一息つけるか……」
時計を見ると、すべにお昼半ばにまでなっていた。
長々と話したので、ここらで一息つけることにしよう。
「とりあえず、お昼の用意をするよ。まだまだ、話は半ばだし、時間もかかるだろうからな」
「うむ。……それにしても、意外ではあるな。あのヘラクレスを倒すほどの実力とは」
「いや、あれはセイバーや遠坂のおかげだ。俺は、最後の詰めでちょっと働いたに過ぎないよ」
「謙遜すべきではないと思うぞ、経過はどうであれ、お前は偉業を成し遂げたのだ。それは決して偶然と呼べるものでもない」
ギルガメッシュはそんな事を、きっぱりという。確かに、そう言われると、悪い気はしないのだが……。
だけど、そんな気分も、イリヤの姿を見たとき、凍りついた。
「…………」
うつむいて、身を震わせているイリヤ。そう、イリヤにとってのバーサーカーは――――
「その……すまない、イリヤ」
「ううん、シロウが悪いわけじゃないわ。それに、あの時はあれが自然の流れだったのよ」
互いに殺し合い、争った半年前。それから今まで、イリヤは寂しいという表情を出しはしなかった。
でも、それは本当にそうだったのか? バーサーカーを倒した時に、イリヤが発した慟哭が、脳裏によみがえった。
TRRRRRRRRRRRRR…………
「あ、電話だ。私、とってくるね!」
笑顔に戻り、イリヤは今を出て行った。
……すまない、イリヤ。 俺は内心で、イリヤに対し、深々と頭を下げたのだった。
ともかく俺は、昼食の支度に取り掛かった。
こう暑いんじゃ、なかなか食欲もわかないし……食べやすいものにするか、それとも、精のつくものにしようか?
そんな事を考えていた時である。
ピンポーン、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。
「来客のようだな、出迎えてくる」
「ああ、鍵を開けて、玄関で応対してくれ。すぐそっちに行くから、ちょっと待たせてくれればいいから」
「うむ、承知した」
ギルガメッシュの声に、俺はそんな風に返事を返した。
思えば、この時はお昼の献立に注意を向けすぎて、少々、気が散漫になっていたのかもしれない。
そうでなかったら、大事をとって、自分が応対に出ていたのだろうから……。
「さて、どうしようか……?」
再びそう呟き、頭をひねったそのときである。
どむっ! どどどどどどどどどどどどどど!
物騒な音とともに、屋敷が二度、三度揺れた。
「な、なんだっ!?」
慌てて台所から出て、居間を抜け、玄関に向かう。そこで見た光景は――――。
「と、遠坂――――!」
「あっ……こら、士郎、何でこんなのがここにいるのよっ!」
半壊した玄関に置いて、対峙する二人。
遠坂は慌てた様子で、ギルガメッシュを指差し、叫ぶ。対するギルガメッシュはというと。
「いきなり無礼な女だ。人の顔を見るなり、攻勢呪文をぶつけるとはな」
と、こっちはこっちで、ものすごく不機嫌になっている。
「あ〜……」
なんとなく、犬猿の仲という言葉が脳裏をよぎった。
また、厄介ごとが増えたな……という考えとともに、もう一つ、考えることがあった。
昼食、どうしようか……?
それは、現実逃避ではあったが、まぁ、それなりに重要なものでもあった。
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