〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



かつて共にに戦った、彼女。
王という責任をかぶり、最後までそれであろうとした、心強き彼女。

それは、最後の別れのときもそうであったように、これからも思い出として生き続けてゆくのだろう。




ほんのわずか、期待が無かったわけではない。ただ、逆に言えば、そこまで期待していたわけではなかった。
自分と彼女の絆、決してそれは弱いわけではなかっただろうけど……。

聖剣の鞘を彼女に返した俺が、再び彼女を呼び戻せるとは、到底思えなかった。



金色の髪、そして……金色の鎧。どこかで見たことあるなーなどと思ったら、そいつは俺のほうを見て、視線が合った。
金色の瞳、彼女の最大の敵だった、そいつの名は――――

「ぎ、ギルガメッシュ――――――――!?」
「確かに我はギルガメッシュだが、そういう貴様は何者だ? 我を呼ぶには、いささか格というものが不足しているようにも見受けられるが」

無遠慮に、だが興味深げに俺のほうを見る。
ふと気づくと、戦っていた少年と亡者達や、少し離れていたエリンと言う男が、皆こっちに視線を向けていた。
ギルガメッシュも、その視線に気づいたのか、そちらに目を向けると――――

ドドドドドドドドドドドドッ!!

問答無用で武具の雨を、亡者達に向けて浴びせかけた。なんだか、少年も巻き添えを食っているように見えたが、今の俺にはそこまで気を回す余裕は無かった。

「ちょ、ちょっとシロウ。よりにもよって、なんて英霊を呼び出したのよっ」
「……あれ? イリヤってこいつとの面識あったっけ」
「コトミネの英霊だったでしょ。この前、さらわれた時に見かけたのよ」

俺とイリヤが、ヒソヒソと話をしていると、

「なるほど、ウルクの王、ギルガメッシュ……武具の使用形態から見て、狙撃手(アーチャー)といったところか」

ただ一人、動じていない様子の、エリンいう大男が、興味深げにそんな事を言った。
その言葉に、興を受けてか、ギルガメッシュが男の方に注目する。

「そういう貴様は、何者だ? 我のマスターと言うのなら、話は早いが」
「残念ながら、違う。君にも分かるだろう、ギルガメッシュ。マスターとサーヴァントの繋がりを持っているのは、君とそこの少年だよ」
「……それは、分かっている。いささか不本意だがな」

などと言い、ギルガメッシュは本当に不本意そうに肩をすくめて見せた。


「痛てて……いきなり、何すんだよ、そこのヤツ!」

と、その時、もうもうたる土煙の向こうから、少年が姿を現した。
ギルガメッシュの武具を降らした跡には、亡者達の骸は残っておらず、少年が一人でたたずんでいた。

槍を持った少年の姿を見て、ギルガメッシュは再びそちらを向くと――――
また、自分の背後の空間より、無数の武具を取り出し始めた。

「そっちがその気なら、こっちだって――――!」

その光景を見ても、少年はまったく怯む様子も無い。両手で槍を構えなおし、低く身を沈める。
一撃にて、雌雄を決する気迫のその構えに――――なぜか、あのサーヴァントの姿が重なって見えた。

先に動いたのは少年の方。明らかに、槍の届かない間合いから、身をひねりつつ、踏み込み、

「貫きし――――」(ブリューナ……)
「そこまでだ!」

その一言が、少年の動きに急停止をかけた。
明らかに、強制的にとめられた少年の身体は、思いっきりつんのめり――――。

こけた。しかも、顔面から地面にダイビング。
あまりと言えばあまりの光景。英霊がずっこけるという光景に、さしもの英雄王も、呆れたように攻撃の手を止めてしまった。


「エリン〜、いきなり何すんだよぉ〜」
「本気の攻撃は駄目だと言っておいたろう。ルーフ」

恨みがましい少年の声に、男は飄々とした表情を崩さずに、そんな事を言った。
彼は、さながら舞台役者のように、芝居がかった仕草で肩をすくめる。

「さて、これで6人目の英霊が召還されたわけだ。しかし、未だあと一人、聖杯戦争を行うには英霊が足りなくてね。今日はここまでにしておこう」
「聖杯戦争のルール、か。生憎だが、我はそんなものに従う気は無い」

エリンと言う男の言葉に、ギルガメッシュは嘲笑うように腕を組むと――――

「消え去れ」
「ちょ、待て、ギルガメッシュ!」

俺の制止の声をまったく無視し、ギルガメッシュは武具の雨をエリンという男に浴びせかける!
だが、並みのサーヴァントですら、一撃で肉隗に変えるその攻撃は――――ことごとく、エリンの身体をすり抜ける。

「なっ?」
「えっ?」

俺とイリヤが驚きの声をあげた時、すでにその身体の半ばは、ゆっくりと透明になりつつあった。

「ルーフ、戻って来い」
「ちぇっ、分かったよ。そこのヤツ、この借りは必ず返すからなっ」

大胆にもギルガメッシュに対し、そう啖呵をきると、少年はまさに風のように駆け去っていってしまった。
後に残ったのは、状況に乗り切れていない俺とイリヤ。そして――――

「フン……影像遣いと、その従者か。なかなか面白い組み合わせだ」

一人、余裕綽々の態度のギルガメッシュだった。



イリヤの手を引き、歩いて家路に着く。
すでに日は落ち、人通りのまばらな夜の街。

橋を渡り、公園を抜ける俺とイリヤの後ろから、とりわけ、興味もなさそうに金髪の英雄王はついてきていた。
どうやら、召還されるときに、この時代にあった服装というのも選べるようで、ライダースーツに身を包んでいた。

「ねぇ、どうすんのシロウ、あれ……」

イリヤがそうポツリと聞いてきたのは、交差点を抜け、我が家の近くになってのことだった。
あれ、とは……当然ギルガメッシュの事だろう。

「そうだなぁ……とりあえず、細々なものは後で用意するとして、どこか客間にでも寝泊りしてもらうことにするか」
「――――じゃなくて、シロウはあれを、サーヴァントって認めちゃうの!?」
「そうはいってもなぁ……もともと、こっちも向うも選ぶ権利があるわけじゃないし」

ふと、脳裏にセイバーが呼び出せなかったと愚痴をこぼしていた遠坂の姿を思い起こし、俺は苦笑を漏らす。
なんにせよ、ギルガメッシュのおかげで当面の危機は回避できるんだし、仲良くして損は無いだろう。

「〜〜〜〜〜〜」

色々と、言いたいことは有っただろうけど、イリヤもそれ以上はいわず、沈黙をまもった。
ひょっとして、ギルガメッシュを呼び出したのを後悔しているのかもしれない。


「さ、ついたぞ」
「ほう、ここか。なかなか趣のある、良い家ではないか」

武家屋敷である俺の家を見て、ギルガメッシュはそんな事をいった。
ギルガメッシュ本人は、どちらかと言うと洋館とかに住んでるほうが似合ってるよなぁ。などと思い、俺はチャイムを押して中に入った。


「ただいま〜」
「おかえりなさい、先輩。ずいぶん遅いって、藤村先生が心配してましたよ」

玄関に入った俺達を出迎えたのは、エプロン姿の桜だった。どうやら、夕食の準備をしている途中のようである。

「サクラ、ただいま」
「おかえり、イリヤちゃん。どうだった? 先輩とのデート」
「うん、それなんだけど……」

口ごもったイリヤに、桜は怪訝そうに小首をかしげ……俺達の背後にいた人影を見て、表情をこわばらせた。
そこには、周囲を興味深げに見渡している、ギルガメッシュ。

「あの、先輩……そちらの方は?」
「ああ、こいつは俺の友人で……ちょっとわけありで、ここに住むことになった」

俺の言葉に、ギルガメッシュは微妙に不満そうな表情を見せる。こいつ呼ばわりが気にいらなかったらしい。
しかし、それ以上に俺が気になったのは、挙動不審な桜の姿だった。

「桜?」
「あ、あの、夕ご飯の準備の途中ですから、失礼しますね!」

どこか落ち着かない様子で、そんな事をいって台所の方に戻っていってしまった。

「どうしたんだろうな、桜」
「さぁ、ひょっとして、こいつのせいじゃないの?」

イリヤはそう言って、ビシッとギルガメッシュを指差す。当の本人はと言うと。

「そうかもしれんな」

と、あいまいな返事を返した。そうして、面白そうに笑みを浮かべながら言葉を続ける。

「我は相手のことを知らないというのに、どうも、我の事を知っている者が多い。まったく、奇妙なものだがな」
「あ〜……」

なんと言っていいのか分からず、俺は口ごもった。
何にせよ、短い話というわけでもないので、玄関から上がり、居間へと向かうことにした。


「ただいま〜」
「こらっ、ちょっと遅いぞ、士郎!」

居間に入るなり、がぉー、とちょっと怒った表情の藤ねえが出迎えてきた。
どうも、ずっと待っていたのか、お茶請けのお煎餅の箱が、空になっているのが見えた。

「いくら、年下のロリッ娘が相手でも、門限はきちんと守らないと」
「あら、ひょっとして妬いてるの、タイガ?」

イリヤ、火に油を注ぐようなまねはやめてくれ……。
案の定、藤ねえは真っ赤になって――――

「な、な、そんなわけないじゃないのさ――――!」

どかーん、とトラの咆哮をあげる。が、どうやらすぐに、別のことに気が向いたようだ。
それは即ち――――、

「それはそうと、士郎。その人、誰?」

当然、俺の後ろで事の様子を面白そうに見ているギルガメッシュのことだった。
さて、どう説明したらいいか……。

「あ〜、え〜っと、こいつは俺の友人で」
「外人さん? 日本語話せるの? ナイス・ツ・ミーチュ?」

藤ねえは、興味しんしんでギルガメッシュに話しかける。
しかし、英語担当だろ、藤ねえ。駅前入学じゃないんだから、せめて……もうちょっと英語らしく言ってくれ。

「問題ない。我の名はギルガメッシュ。しばらくここに厄介になることになっている」
「わ〜、意外。日本語うまいんだ。ま、しょうしょう口調が固いけど、愛嬌って所かしらね」

ギルガメッシュの返答を聞き、藤ねえはそんな採点を下した。
どうやら、尊大な口調も、日本語に慣れていないからだと思っているらしい。

「で、さ。藤ねえ……ちょっとわけありで、ここに下宿させようと思ってるんだけど」
「ん? それってホームスティみたいなもの? だったら別に、いいんじゃないの?」

あっさりと、ギルガメッシュの下宿を認める藤ねえ。
しかし、意外だな。もっと色々と揉めると思っていたのに……。

「ひょっとして、タイガ。屋敷に泊まるの、良いのかいけないのかって、男か女かだけで判定してない?」
「う」

冷たいイリヤの言葉に、藤ねえの顔に急に冷や汗が流れる。
まさか、そんな基準で決めてたのか、藤ねえ……たしかに、セイバーや遠坂の時は、力いっぱい反対していたけど。

「い、いいじゃないのよぅ。士郎は高校生なんだし、手を繋ぐまでしか認めません!」

いつの時代の人間だ、藤ねえ。いや、イリヤも勝ち誇った笑いなんて浮かべずに……ん?

「な、なによ、イリヤったら、その勝ち誇った笑みは」
「ふ〜ん、手を繋ぐまで、ねぇ。私、今日。シロウと腕組んで歩いたけどね〜」
「なんと!」
「それにねぇ、今日はシロウとキスまでしちゃって……」

慌てて、イリヤの口をふさぐが、時すでに遅かった。

がしゃ、ぐわき、ぱりーん!

なにやら破滅の音が台所の方から聞こえてきた。
どうやら、イリヤの無方向性音波攻撃は、遠く台所まで届いたようだ。だだだだだ……と足音が聞こえる。

「先輩、それはどういうことですかっ!!」
「って、桜、包丁持ったまま、駆け寄ってくるなっ!」

居間に飛び込んできた桜の手には、出刃包丁が握られていた。
桜自身も鬼のような表情で、危なっかしいことこの上ない。

「え〜と、ともかく、こいつの下宿の件について……」
「それはOK! 即、採用! そんなことより、今のイリヤの発言について釈明願いたい!」

皆まで言わせず、俺の前に立ちはだかったのは藤ねえ。
なぜか剣道スタイルに、ご丁寧に竹刀つきである。

「さぁ、士郎!」
「あ」
「さぁ、先輩!」
「う」

前門の藤ねえ、後門の桜。イリヤを抱えたまま、逃げ場の無い俺は、それから数時間、みっちりとお説教を受けることになった。
ちなみに、その間……興味深そうな表情で、ギルガメッシュが俺を見ていたのに気づいたのは、疲れ果て、眠る寸前のことだった。

しかし、さすがに疲れきっていた俺は、それ以上考えることも出来ず、深い眠りにつく。
長い長い一日は、こうして終わろうとしていた……。


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