〜Fate GoldenMoon〜 

〜Another Seven Day〜



「あれ? にいちゃんじゃん。何やってんのさ、こんなところで」
「き、みは――――」

その場には似つかわしくない、どこか無邪気な声。
自らの背丈ほどもある槍を持ち、黄昏の朱の色の中に立つのは、昨日であったルーと言う少年だった。

「エリン、どう? 近くに気配はする?」
「いや、どうもこの近くにマスターはいないようだな」

そうしてもう一人、少年の声に応じるように現れたのは、長身の大男。
予想外の助けに、俺は混乱し、立ち尽くすしかなかった。

そして、予想外だったのは、俺達だけでは無かったらしい。

「――――――――」
「――――――――」

声なき怨嗟の声が、亡者達から沸き起こる。しかし、それだけである。
俺に対し、余裕すら持ち、包囲をしていた亡者達が、少年には一歩も近寄れないでいる。

それは、まるで一匹の獅子が、猟犬の群れと対峙しているような錯覚を見せていた。

「何なの、この魔力量……まさか?」

イリヤの呟きが聞こえたその刹那――――

「――――――――!!」

亡者達の形相が一変した。どこか、空ろだったその表情に、険しく禍々しい形相が浮かび上がり――――
一斉に、少年に向かい、襲い掛かる!!!

「っは!」

その瞬間、少年に襲い掛かった亡者全てが、弾き飛ばされ、木の幹に叩きつけられる!!!
少年の手には、唸りを上げ、疾風すら凌駕する速さで振るわれた残滓の残る、長槍。

「ほら、こっちこっち!!」

言うが早いか、少年は駆け出す。
その場にいた亡者は、全て少年を追い、包囲を縮めようとするが、少年はその囲みすら易々と突破し、駆け去ってゆく。

亡者達も、逃がさぬとばかり、後を追った……。


「た、助かった……」

俺がそう呟いたのは、亡者達が完全にいなくなってのこと。
最後の、あの亡者達の動きを見る限り、俺はただ単に手を抜かれていたのだろう。

それでも追い詰められたと言うことは、少年達が助けに来なければ、どの道助からなかっただろう。
まさに、間一髪で命拾いをしたという感じだった。


「さて、大丈夫かね?」

そうして、その場に残ったのは俺とイリヤと……声をかけてきた長身の男だった。
どこからどう見ても、普通のサラリーマンだったが、もはや、見た目で判断できる相手でもないようだった。

「あんたら、何者だ?」
「それは、おいおい分かるだろう。衛宮士郎君。それに、イリヤスフィール=フォン=アインツベルン君」

俺の疑問を、見透かしたかのように返答を返す、エリンと言う男。
やはり、只者じゃ――――ない。

「さて、それでは見物に行こうか。観客がいないと、ルーフも手を抜くかもしれないしな」

男は、それだけ言うと、少年の駆け去った方向へと歩いてゆく。
俺は、どうしようかと考え――――結局、イリヤを連れて後を追うことにした。



「――――――――」
「ひゃっほう!」

俺達がそこにつくまでに、どれほど激烈な戦いが行われたのだろう。
亡者の群れが、飲み込もうとするのはただ一人の少年。しかし、そのただ一人こそ、一騎当千の兵であり、ゆえに、戦いは膠着していた。

「きみ達は、ここで見物しているといい。おいおい、話もしなければならないしな」

エリンはそう言うと、林の中より一歩出る。
少年と亡者達は、中央公園の中心、何も無い広場で斬り結んでいた。

と、その包囲の輪を抜け、一体の亡者がこちらに向かってくる!
しかし、長身の男は身じろぎ一つしなかった。

「ふ」

苦笑とも、ため息ともつかぬ声が漏れたその刹那、広大な大きさの魔力の壁が、エリンの前に出現した――――!

「生憎と、こちらとしても、むざむざと殺られるわけにも行かないのでね」

どこか、小ばかにした口調の青年。亡者は、諦めたのか、その場を飛び退り、再び少年の包囲の輪に加わる。
その間、ほんの数秒。しかし、視線の先には数十回と切り結ぶ、少年と亡者の群れの姿があった。

まさに、規格外のその戦いは、同時に、どこかで見たような既視感がよぎる……。

「シロウ……」
「?」

ヒソヒソ声でささやかれ、そちらに顔を向けると、そこには険しい顔をしたイリヤの姿があった。
イリヤは小さめな声で、俺に話しかけてくる。

「やっぱり……あの子、英霊よ」
「サーヴァント……ええっ!?」

俺は思わず、叫びそうになるが、あわてて口をつぐんだ。
視線を投じると、どうやら今の声はエリンには聞こえなかったようだ。

その様子に胸をなでおろし、再びイリヤの言葉に耳を傾ける。

「本当なのか、それって」
「ええ、私達を襲ってきたやつらは、魔力が分散して分かりづらかったけど、全部あわせれば、あの少年くらいにはなるわ」

イリヤのその言葉に、しかし俺は首をひねった。

「だけど……英霊って、聖杯が無ければ召還出来ないんじゃなかったのか?」
「そう、つまりそういうことよ」

俺の言葉に、普段では決してしない表情。どこか、怖ささえ感じる表情を見せながら、イリヤは呟く。

「聖杯戦争が、また始まったということでしょうね」


夏の風が、俺の頬をなでる。
半年前、必死の思いで生き抜いた聖杯戦争。あれで、全てが終わったと思っていたのに――――

「ともかく、今はこの場をどうにか脱出するようにしましょう。私達の名前を知ってるって事は、あいつらも私達をただで帰す気は無いって事なんだから」
「あ、ああ。でも、どうやって?」

呆然としていた俺だが、イリヤの言葉を聞き、我に返った。
ともかく、今はこの場を切り抜けないといけない。

「あのね……」
「?」

イリヤに意見を聞くが、なにやらモゴモゴと言って、よく聞き取れない。
俺は、その言葉を聞き取ろうと、イリヤに顔を近づけ――――

ちゅっ

「!?」
「あはは、ひっかかった!」

ぴょん、と俺から離れ、いたずらっぽく微笑むイリヤ。
だけど、俺のほうは全然平静でいられない。何ゆえに、この状況で……イリヤと、マウス・ツー・マウスですか?

「な、なんで――――」
「あ、気にしないで。リンや桜のこともあるし、今のは挨拶代わりって事で」
「いや、そうじゃなくてだな……」
「はい、触って」

なんと言って良いのか分からない俺に、キスをした張本人は、微笑んで右手を差し出してきた。
戸惑いながらも、差し出してきた手を握り返す。人形のような手は、小さくって温かかった。

「この場を切り抜ける方法は簡単よ。今、目の前で二つの勢力が争ってるけど、それだって英霊の力があればこそ――――つまり」
「まさか……この場で英霊を、呼び出そうってのか?」
「ご明察」

どこか芝居めいた口調で、イリヤはニヤリと微笑む。
普段の天真爛漫な表情ではない。アインツベルンの魔術師の表情で、彼女は周囲を見渡した。

「この場所、普通では感じない想念のようなものがあるわ。簡単に言うと、別の世界に近くなってるの」
「そうか、この場所って――――」

十年前行われた、聖杯戦争の終端の地。
あふれ出した聖杯の力で焦土となったこの地は、確かに他の場所とは違う、特筆すべき何かがあった。

「だから、ここなら魔方陣を編み出さなくても、召還は可能のはずよ。それに、二人分の力を合わせれば」
「二人分?」

俺の言葉に、イリヤは握った手に力を込めながら、こくりと頷いた。

「そう。私の魔術回路を、シロウのサポートに回すわ。その力でシロウはセイバーを呼び出しなさい」
「え」

ドクン、と心臓の鼓動が早まった。
金色の髪、凛々しい瞳。そうして、別れのあの風景が頭の中をよぎった。

もう一度、セイバーを呼び出す。それは、果たして可能なのだろうか――――

「とにかく、はじめましょう。今なら、注意は向こうに向いてる」
「あ、ああ。分かった」

イリヤの言葉に、俺は頷き――――そうして、ぶっつけ本番の、英霊の召還が始まった。


「まずは、シロウの手と、私の手の繋がっている部分に意識を集中して」
「あ、ああ」

言われ、イリヤと繋いでいる手の部分に視線を向ける。そこには、俺の手と、一回り小さなイリヤの手があった。

「そう、その部分に集中……溶けて、解けて、梳けて、融けて、熔けて、鎔けて――――」
「な――――」

視線の先、握り合わされた手の部分が、ぼんやりと霞んでいく。どうじに、手の感覚がドンドンと無くなってゆく。
まるでそれは、氷が解けるかのように、バターが溶けるかのように、形を失ってゆく。

「うわっ」
「手を離さないでっ!」

静かに、しかし強めの声に、俺はハッと我に返る。
ところが、意識がはっきりしても、繋がった部分はそのままだった。

「荒療治だけど、うまくいったみたいね」
「そう、なのか……?」

今ひとつ、しっくりこない感覚に、俺はイリヤに問う。イリヤも、苦笑していた。

「本当は、もっと簡単な方法もあるんだけど、時間も手間もかかるから……」
「簡単な方法って……?」
「まぁ、ある意味で簡単なんだけど。よく、魔術の本とかである、房中術の応用というか」

房中術……そう聞いたとき、なんというか、脳裏にあられもない姿のイリヤの姿を想像してしまった。

「あ、今、えっちな想像してたでしょう」
「え、いや、それは……」
「別に、ごまかさなくてもいいのよ、だって」

その、あられもないイリヤの姿、脳裏で想像するその光景が、思っても見ない方向に変化する。
横たわるイリヤを、そっと抱きしめる男の姿……それは、俺……?

「な、これは――――イリヤ」
「怖がらないで、精神の一部が繋がってる証拠。ちょっと、想像の書き換えをしただけ」

その言葉とともに、精神が広がるような狭まるような間隔が、脳内を支配した。
いま、心の中は二人分。二つの身体に二つの心。繋がった手を通して、それを動かす一つの意思として纏まる。


『それじゃあ、いくわよ。召還の技法は送るから、士郎の方で行使して』

その言葉とともに、脳内に情報が流れ込む。
それは、衛宮士郎として生活していた時には、決して手に入らない情報。

「―――――、――――――」(来たれし、応じるべき古代の王)

発音すら分からぬ音階。それでも、その意味は理解できる。
イリヤというサポートに支えてもらい、俺は召還を続ける。

「――――――、――――――――(其は我が剣に、其は我が盾に)
 ――――、―――――――(いづるは血の盟約と、絆の導きによりて)
 ―――――――、――――――――」(ここに今一度、瀬と世の狭間より呼び出さん)


その時、エリンがこちらを向く。
長身の青年と視線が合い、俺の背を冷たい汗が流れた。

『気づかれた!?』

脳裏で、イリヤの焦った声。そして――――

「ふっ」

苦笑のようなものを浮かべ、エリンは前方へと向き直る。
気づかなかったのか、それとも、見逃されたのか……ともかく、召還はあと一息っ……!

「―――――――、―――――――――(命数をともにし、志をともにし謳い上げる)
 ―――――――――、―――――――――――!」(過の者を呼び出して、今こそその盟約を結ばんと欲す!)

十二行の召還譜。それを全て読み上げたその瞬間――――風の音がやんだ。
次の瞬間、閃光と爆音とともに、金色の髪の英霊が呼びかけに応じ、召還される……。


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